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アプトの道 / 離山 (前編) ~ アプトの道散策編 ~ [上信越]

2013/11/09(土)

■第267回 : アプトの道 / 離山(1256m) (前編) ~ アプトの道散策編 ~


今回はまず廃線探訪からスタートして、めがね橋や旧丸山変電所など、国の重要文化財に指定された明治時代の鉄道遺産が数々残る「アプトの道」へ向かいます。
「アプトの道」は、かつて国鉄の最急勾配区間であった旧信越本線・横川-軽井沢間で、昭和30年代に電化される前までアプト式の鉄道が運行されていた旧線の、横川-熊ノ平間の廃線跡を遊歩道として整備したものです。

「アプトの道」を全線歩いた後は、軽井沢に移動して紅葉狩りをしつつ、離山に軽くひと登りしてきました。
一応、山には登っているので、胸を張って「登山」と言ってもOKなのですが、標高差300mほどのお手軽ハイキングコースですし、行先の軽井沢がバリバリの観光地でしたから、ほぼ「観光」気分で過ごした1日でした。

 累積標高差(登り):640m / 距離:13.7km / 歩行時間:3時間10分 (休憩除く) 
標準タイムは不明(登山地図の収録範囲外) 

(往路)
古淵 04:45-04:49 町田 04:55-05:38 新宿
新宿 05:46-05:55 池袋 06:01-06:09 赤羽
赤羽 06:12-07:46 高崎 08:02-08:36 横川

(散策行程)
横川駅    08:40
峠の湯    09:20-09:30 (峠の森公園)
めがね橋   10:00-10:25
旧熊ノ平駅  10:50-11:10
熊ノ平駐車場 11:15

(交通機関)
熊ノ平駐車場 11:30-11:52 軽井沢駅

(登山行程)
軽井沢駅    12:00
離山登山口   12:30
離山      13:00-13:05
図書館前バス停 13:35

(復路)
図書館前 13:46-13:59 軽井沢 14:10-14:44(早着14:39) 横川
横川 14:43-16:33 赤羽 16:37-16:51 新宿
新宿 17:11-17:49 相模大野 18:08-18:25 南警察署前


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

この日は、長野新幹線の開業とともに信越本線の終点になってしまった横川駅から歩き始めます。
後方に見えている岩山は、妙義山の北のはずれの龍駒山。登山道はありますが、ザイル必携の難コースです。
改札口を出て左を向けば、すぐに大きな看板が目に入って、「アプトの道」を案内していました。
その後方にそびえているのは山急山で、こちらも見るからに厳しそうな岩山です。
すぐに、碓氷峠鉄道文化むらの入口前に出ますが、まだ開園前の時間で閑散としています。
碓氷峠鉄道文化むら入口のすぐ右手側から、「アプトの道」が始まりました。
実は4年前の2009年、同じように横川駅からスタートして、旧中山道の碓氷峠を越えて軽井沢まで歩いた時にも、峠の湯の少し先まではこの道を歩いているので、しばらくは見覚えのある景色が続きます。


歩き始めは普通の道ですが、少し進むと、かつての上り線レールの上を歩く道に変わります。
下り線は、現在も観光用のトロッコ列車が運行されているので、レールや設備は現役として活躍中です。
長い直線区間に入っても、前方に見られる人の姿は数えるほどで、この時間はまだ人出が少ないようです。
なお線路脇でひときわ白く見えているのは、高崎からの距離が30kmであることを示すキロポストでした。
ここからしばらくの間は、キロポストを見れば、自分がどれだけの距離を歩いたのかすぐに計算できます。
遊歩道脇には、カエデの植樹が連なっていました。
現在はまだ幼木ですが、大木に成長した頃には、ここも紅葉の名所になるのかもしれません。
観光用のトロッコ列車に信号設備は必要ないらしく、信号機は錆びるままになっていました。その他の設備が現役で活用され、綺麗に整備されている中で、信号機の錆だけが廃線からの歳月を物語っているようです。


見えてきた建物は丸山変電所跡。国指定の重要文化財ですが、閉鎖されていて中には入れません。
その後も遊歩道脇の紅葉を楽しみながら進みます。
次第に上り線と下り線が離れてきました。
中には綺麗に色付いたカエデも。これが大木となり、大きく枝葉を広げる将来の姿を想像するのも楽しいです。


横川駅からゆっくり歩いて40分ほどで、峠の湯の建物が見えてきました。
峠の湯の手前で、電化後の信越本線が直進していくのに対して、アプト式鉄道の旧線は左に分かれていき、遊歩道もそれに寄り添って左に曲がります。このあと、両者はしばらく大きく離れたまま進み、次に電化後の信越本線を見るのは、「めがね橋」の上から遠くを眺めた時です。
峠の湯は、今年7月の火災後は閉鎖が続いていて、前回訪れた時の活気は見る影もありません。
良く見れば、建物の中央上部が焦げたり煤けたりしたままで、痛々しい姿を晒していました。
痛々しい峠の湯の建物に背を向ければ、そこには小さな池を配した峠の森公園があって、居心地の良い雰囲気が対照的。ここでベンチに腰掛けて、少し休んでいきました。
峠の森公園からは、妙義山の特徴的なギザギザが手に取るように眺められました。


「アプトの道」に戻ると、すぐに第一号トンネルがあって、ここから先はトンネルに出たり入ったりを繰り返しながら進む道のりとなります。
トンネル内部は照明完備です。でも、この写真はカメラが明るく写してしまいましたが、実際にはずっと暗く、歩くのに必要最小限の明るさとなっていて、すれ違う人の姿は見えても表情とかまでは分からない程度です。
第一号トンネルを出るとすぐに、旧中山道への道が左に分岐しました。
2009年に来た時は、ここで「アプトの道」と分かれているので、ここから先を歩くのは初めてとなります。


「めがね橋」までの間は、トンネルになっている区間が短いので、まだまだ外の景色を見ながら歩けます。
このあたりの紅葉は、見事というほどではありませんでしたが、ほどほどに楽しむことができました。
第二号トンネルも、さほど長いものではありませんでした。
第二号トンネルを出るとすぐ、左手に碓氷湖が間近に見られて、湖畔の紅葉が見頃を迎えていたような。
寄り道はしませんでしたか、「アプトの道」との間を行き来する道もありました。


さらに進むと、短い間にトンネルが3つ連続する区間に入ります。
それらがすべて直線上に連なるため、第三号トンネルの入口に立てば、第四号トンネルを出た先には第五号トンネルの入口まで見えていて、トンネル好き(?)には堪らない眺めなのではないでしょうか。
第五号トンネルは少々長い上に、中でカーブしていることもあって、なかなか出口の明かりが見えてきません。
第五号トンネルの出口の明かりが近付いてくるにつれて、なんだか外が少し騒がしい様子が感じられていたのですが、なるほど、トンネルを出たすぐ先が「めがね橋」だったのでした。


第五号トンネルを出ると、もうそこは「めがね橋」の上。周囲の山肌もいい感じに染まっています。
橋を渡る前に、たもとから全体を見てみました。こちらも国指定の重要文化財です。
きれいなアーチがなんとも魅力的で、橋梁上からの景色も素晴らしく、人気スポットとなるのも頷けます。
「めがね橋」の上から見る上流側の景色。錦秋の山肌の中には、久しぶりに見る電化後の信越本線の姿がありました。良く見ると、上り線・下り線それぞれ別に鉄橋が架かっているのが分かります。
橋を渡り終えた所からは、橋の下を通っている国道との間を行き来できる階段道が分かれています。
階段道を下る途中から見上げた「めがね橋」です。
国道上から見る「めがね橋」の姿。どこから見ても絵になります。
バス停と一緒に撮った1枚。ここを通るバスは、現在は夏と秋それぞれ1ヶ月間ずつの季節運行(しかも1日1往復のみ)となっていて、今年は翌日が最終運行日。ここでは乗りませんが、あとで熊ノ平から利用します。


「めがね橋」の上に戻ると、反対側と同じく、こちら側もすぐに第六号トンネルの中に入ります。
アプト式鉄道の線路跡が2001年に遊歩道として整備されて以来、長らくこの「めがね橋」が終点だったのですが、2012年4月に整備区間が延長されて、今では熊ノ平まで歩くことができるようになったのでした。
「めがね橋」から先では、トンネルの中を歩く区間が多くなるのですが、特にこの第六号トンネルは遊歩道区間にあるものの中では最長で、熊ノ平までの距離の実に半分近くを占めています。
その長い第六号トンネルを出ると、またすぐ先には第七号トンネルが控えていました。
トンネルとトンネルの間の、束の間の明かり区間。黄葉がきれいです。
第七号トンネルは短くて、入る前からもう出口が見えていました。
第七号トンネルと、その次の第八号トンネルは、ほとんど隣り合わせでした。
実は、この2つのトンネルが越えているのは同じ山。工期短縮のために、山の途中を崩してトンネルを2つに分けた上で、それぞれのトンネルを両側から掘り進めたとのこと(近くにあった解説資料より)。


第八号トンネルを出ても、そのすぐ先はまたトンネルです。
次の第九号トンネルも短くて、入る前からもう、その先にある第十号トンネルの入口が見えていました。
第十号トンネルは内部でカーブしていて、入口からは出口が見えません。
そして第十号トンネルを抜けた先には線路がありました。
峠の湯でアプト式の旧線から分かれていた電化後の本線が、ここで再び合流したのです。


第十号トンネルを出ると、久しぶりに景色が開けて、そこにあったのは旧熊ノ平駅。
歩いて来た道を振り返ると、どれももう電車が通ることのない、新旧両世代のトンネルが並んでいました。
旧熊ノ平駅の構内の様子です。
残っていた建物はこの変電所跡だけですが、それもほぼ廃墟のようになっていました。
旧熊ノ平駅構内を端まで歩いてから振り返りました。
新旧両世代の線路跡は、さらに軽井沢方面へと続いていきますが、ここから先は立入禁止。
一番左に見える、線路がないトンネルがアプト線の続きですが、この先がさらに遊歩道として整備されることはあるのだろうか(現時点ではその計画はないらしいが・・・)。


旧熊ノ平駅の先まで歩いたら、この階段道で下を通る国道に下ります。
すぐ下にある熊ノ平駐車場が、ひとまずゴールになります。
ここから横川駅へ向かうのは、ただ下るだけで楽に歩けるので、バスツアーなどではそうすることが多い模様。
でも今回横川駅から歩いて来て分かったのは、なにしろ今よりもずっと馬力がなかった頃に鉄道が通されたルートだけに、上り勾配は極めて緩やかで、登り坂であることを意識させられた場所などほとんどないということ。
少しでもキツイと感じたのは、「めがね橋」から国道へ下りた階段道の登り返しくらいでしたから、ゆっくりと歩きさえすれば、どちらの方向に進んでも楽に歩き通せることと思います。
次に軽井沢駅へと向かうべく、駐車場のバス停でバスを待ちます。
「めがね橋」の所でも触れましたが、夏と秋の各1ヶ月間に限り、1日1往復だけ運行される貴重な路線です。
ここでバスを待ったのは私ひとりだけでしたが、やって来たバスには乗客の姿が結構あって、その多くがここで降りていきました。きっと、ここから横川駅を目指して「アプトの道」を歩く人たちだったのでしょう。
駐車場の周辺でも、紅葉が見頃を迎えていました。

でも実は、紅葉が最も美しくなるのは、バスに乗った後なのでした。
熊ノ平から碓氷峠までの間にかけて、車窓から見られた沿道の紅葉が、それはそれは素晴らしかったのです。
谷側の座席に座っていれば、写真を撮るチャンスもあったと思いますが、あいにく山側の座席だったため、目に焼き付けることしかできないのが残念でした。

後編:離山登山編へ

タグ:上信越
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