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天王山・平代山・津久井堂所山・津久井城山 [高尾・陣馬]

2015/12/31(木)

■第316回 : 天王山(321m)・平代山(405m)・津久井堂所山(370m)・津久井城山(375m)


大晦日のこの日、近場をサクッと歩いて昼までに帰ろうと、相模原市内の超マイナーな低山を巡ってきました。
どれだけマイナーかというと、山と高原地図「高尾・陣馬」のエリア内にありながら、登山道が載っていないどころか、そこに山があることさえ書かれていないので、存在自体がほとんど知られていないというレベルです。
それにもかかわらず、地元の人たちに愛されているコースなのか、山道がとても歩きやすく整えられていたほか、意外にもしっかりした道案内まであって、全く不安を感じることなく快適な山歩きを楽しんできました。
※最後に登った津久井城山は例外で、登山地図にコースの記載があって一般的な登山対象とされている山です。

 累積標高差(登り):645m / 距離:9.3km / 歩行時間:2時間50分 (休憩除く) 
標準タイムは不明(登山地図の収録範囲外) 

(往路)
古淵 06:09-06:20 橋本 06:32-07:01 串川グラウンド前

(登山行程)
串川グラウンド前 07:05
天王山(天王宮)  07:20
宮標石      07:40
平代山      07:50-08:00
津久井堂所山   08:10-08:15
監視所山(川和山) 08:30-08:35
聖天堂      08:45
津久井湖城山公園 09:10-09:15
津久井城山    09:50-10:00
津久井湖観光センター前  10:30

(復路)
津久井湖観光センター前 10:35-11:01 橋本 11:04-11:15 古淵


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

橋本駅からバスに乗って、串川グラウンド前で下車します。駅を発車する時点でたった3人だった乗客は、すでに私1人だけになっていて、このあとバスは空気だけを運んで走り去りました。まぁ大晦日の早朝ですからね。
さて、マイナーなコースでネット上にも情報が少ないだけに、コース中のポイントとなる各地点について、今回はいつもよりも少し丁寧に説明することにしました。なんてことのない低い山ですが、その割に見所が結構あって楽しめたこともあり、写真の数もやや多めとなっています。

超マイナーなコースの割に、道案内は行き届いていて、登山口へ至る脇道への入口で、早速最初の道標に導かれます。ここにこの道標が立っていることは、予めGoogleのストリートビューで確認済みでした。
ここが登山口。民家の脇にあるこの階段を登ったら、その先から山道が始まりました。
日の出は30分ほど前でしたが、この時間はまだ山の中まで明るさが届かず、森に入ると少し鬱蒼としています。
低い山だけに、ほんの数分で稜線に上がると、そこでも道標が道案内をしてくれていました。
登り始めは割と急な斜面の直登が続いて、まだ温まっていない身体には少しキツく感じます。
登山道に沿って、モミジの若木がたくさん植えられていたので、何年かすると紅葉の名所になるのかもしれませんね。付けられていたタグによると、相模原市が政令指定都市になったのを記念して植樹が行われたようです。


登り始めてわずか15分で、最初のピークとなる天王山に到着しました。
この登山道では、要所に解説板が設置されていて、歴史探訪をしながら歩けるようになっています。
それによると、ここに八坂神社(天王宮)があることから、この付近を天王山と呼んでいるとのこと、この祠がきっと八坂神社なのでしょう。山名板はありませんでしたが、この記録ではここを天王山の山頂としています。


天王山を過ぎると、尾根道は小さなアップダウンの連続となって、いくつかのコブを越えていきます。
供養観音が立っていたこの地点も、そんなコブの中のひとつで、ここにも解説板が設置されていました。
引き続き登山道は良く踏まれていて明瞭ですし、要所では道標も道案内をしてくれます。
つい最近までは存在すら知らなかったコースで、遠方からわざわざ訪れる人がいるようなコースだとも思えないので、余程日頃から地元の方々に良く歩かれて、かつ熱心に整備もされているのではという印象を受けました。
大晦日の早朝なんてタイミングに来てしまったので、この日は下山するまで全く人と会わなかったのですが、もっと普通の日に来ていれば、もしかするとそういった方々の姿を見掛けることができたのかもしれません。
太陽が昇るとともに、ようやく稜線上に日が差してきました(谷間は相変わらず日陰のままでしたが)。
このあたり、落ち葉でフカフカの感触がとても心地良かったです。


宮標石のピークに近付く頃には、かなり人家から離れて、生活雑音なども届かなくなっています。
こんな季節だけに、葉を落とした木々が多くて森の雰囲気は明るく、見通しも良かったのですが、もっと緑が濃い時期に来ていれば、標高は低いながらもそれなりの山深さが味わえるのではと感じました。
宮標石が設置された地点に来ました。ここもピークになっていますが、山名は特に付けられていないようです。
これが明治時代に設置された宮標石で、宮内省の「宮」という字を丸くデザインした印が刻まれています。
同時にこの標石は、当時の青山村・長竹村・根小屋村・中野村の境界と方向も示していて、写した側の面にも「青山村」「中野村」の字が確認できます(後年の補修らしい痕跡も見られますが)。


宮標石のピークを過ぎて反対側に少し下った地点は、各方面からの道が集まる四差路となっていました。
重要な分岐点なのに、なぜかここでは公的な道標による道案内が手薄だったのですが、その代わりに私製の案内図が2つも立てられて、道行く人たちの手助けをしてくれていました。
私製の案内図その1。 ※このサイズでは見にくいと思いますので、 こちら で大きな写真をご覧下さい。
私製の案内図その2。 ※このサイズでは見にくいと思いますので、 こちら で大きな写真をご覧下さい。


分岐点からは、平代山への道を往復します。
この区間は、ハイキングコースとして整備された区間から外れるようで、道が細くなった上に、こんな時期でも下草が少しうるさかったです。暖かい時期になると、ヤブに阻まれたりする可能性もありそう。
しかも、かなりの急斜面をジグザグも描かずに強引に直登します。大して長く続くわけではなく、標高差が100m足らずなので10分もあれば登り切れるのですが、それでも今回のコースの中ではここが一番の急坂でした。
平代山の山頂に到着しました。標高は405mで、ここがこの日の最高点になります。
標識の側面に、道案内として有用な書き込みがびっしり。地元の方々の親切さが良く伝わってくるようでした。
展望はほとんどありません。この日は西側の樹木の間から、高塚山(中央の突起)と不老山(その少し右あたり)が見られましたが、木々が葉を茂らせてしまうと、何も見られなくなってしまいそうです。
平代山の山頂で少し休んだら、来た道を引き返して宮標石下の分岐点まで戻り、そこを直進します。


すると間もなく、津久井堂所山の山頂に着きました。標高で見てしまうと一番の座を平代山に譲りますが、この山塊のほぼ中央にあって、地図上では山塊の主峰と言っても良さそうな構えでそびえています。
津久井堂所山は、今回のコースで唯一の三角点峰で、設置されていたのは二等三角点でした。これほど文字がクッキリと刻まれた、良好な状態の三角点も、そうそう見ない気がします。
山頂には大きな案内図が設置されていましたが、ここまで来られた人に見せてもあまり意味がない気が‥‥。
それよりも、ネット上とかで見られた方が事前に計画を立てる際に役立つと思うので、大きな写真を こちら に載せておきます。
ピントが少しズレていて、文字が読み取りにくいことはご愛嬌ということで(現地でデジカメの小さなモニタで確認した時は、そのことは分からなかったのです)。
津久井堂所山では、西側に展望が開けていました。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
そして反対側は、樹木の間から覗く形にはなりましたが、この日の最後に向かう津久井城山が見られたほか、その左下では津久井湖の湖面が青く輝いている様子も確認できました。


津久井堂所山から北に下って行くと、送電線鉄塔と同時に展望図が目に入りました。
きっと、送電線を通すために樹木を伐採したことで、ここだけ見通しが良くなっていたのでしょう。
スッキリと晴れ渡った空ではないのでどうかと思いましたが、都心の高層ビル群もスカイツリーも、ちゃんと見えていました。これはラッキーかな。
デジカメの望遠ズームを最大にして撮影。スカイツリーは、肉眼ではもっとハッキリ見えていたんですけどね。


その後も、分岐点ごとに道標がしっかり道案内をしてくれます。さらに、歩き始めた頃からずっと感じていたことですが、ちょっとした地点ごとに丸太のベンチが設置されているのも有り難いです。
前の写真の道標を正面から写しました。次に向かうピークは「監視所」と表記されています。
この山塊で最後のピークに到着しました。建っている小屋は、第二次世界大戦中、米軍のB29爆撃機の飛来を早期発見するために設けられた「防空監視哨」。ちなみにそう記した解説板の設置は今年の3月となっていたので、こうした案内類が整って、より楽しめるようになった頃合を図らずも選んで来た形になっていたようです。
監視小屋の後方が最高点で、ここにもベンチが置かれています。山名標は見当たりませんでしたが、道標はここを「監視所」としていましたし、何枚か前の写真にある私製の案内図でもこの山を「監視所山」としていたので、地元ではその地名で通っているのでしょう。ネット上にはここを「川和山」とする記録が見つかりますが、地元では浸透していない様子なので、この記録でも「監視所山」という地名を採用することにしました。


監視所山の先は、情報が少なくて道の様子が良く分からず、不安を感じていた区間です。だから明瞭な道に導かれて労せずに東側の鞍部まで下り、そこでベンチと私製の道標に出迎えられた時は、ちょっと拍子抜けでした。
ネット上の情報では、テープが目印になる程度のはずだったのですが、道案内が進化している様子で、やはりいい時期に来たんでしょうね。道を探す楽しみはありませんが、サクッと帰りたいこの日はこれでもOKでした。
もちろんその先にも、明瞭な道が続いています。
山道が終わった地点にも、「監視哨方面入口」と書かれた親切な標識が立っていました。
この山域がある程度整備されている様子はネット上の情報から窺えたものの、少しは道が不明瞭だったり案内が不十分で迷わされる箇所もあるだろうと思っていたのに、結局そういった箇所はどこにもありませんでした。


1つ前の写真の地点で振り返れば、もう住宅地や道路がすぐ下まで迫ってきていますが、少し右手を見ると、道路へ下る斜面の途中にこの聖天堂がありました。こちら側から登る際には、これが目印になりそうです。
聖天堂の石段を下りてきて、車道上から振り返りました。この鳥居はGoogleのストリートビューで見られます。


一旦、山からは完全に下ってしまいましたが、この日はもうひと登りする計画なので、しばらく車道を歩いて、最後に登る津久井城山の南麓を目指します。
津久井レイクタウンの分譲地内に入ったら、そのほぼ真ん中を突っ切るようにして進みます。
津久井レイクタウンの東端あたりまで来ると、前方に目指している津久井城山が見えてきました。


津久井湖城山公園の入口まで来ました。門松が飾られて、新年を迎える装いになっています。
パークセンターは年末年始の休業中でしたが、公園は普通に開放されていて、トイレも利用できました。
建物の上がこれから登る津久井城山で、前に1度登っていますが、今回はその時とは違う道で登り下りします。
舗装された周回路を道なりに奥へ進むと、この城坂橋を渡ったすぐ先に、登山口があります。
この周回路は手頃な散策コースとなっているようで、大晦日の早朝にもかかわらず何人もの人たちが歩いていましたが、いずれも軽装で散策だけを楽しんでいる風でしかなく、山頂を目指しているのは私くらいのようです。


ここから登山再開です。
はじめは緩やかな傾斜でしたが、ほどなく周回路を横断すると、その先は次第に傾斜が増していきます。
男坂と女坂の分岐点。前回(2009年)は男坂を下っているので、まだ歩いたことがない女坂に入りました。
すると本当になだらかな道が続いて、登り坂であることをほとんど意識しないで歩けるほどでした。
楽な登りなのでさほど汗もかかないうちに、頂上直下の分岐点まで来てしまいます。
ここでこの日初めて登山者を見ていますが、大晦日に登山する人など少ないのか、下山するまでに見掛けた登山者の合計も4人だけでした(もっとも下山が10時半と早かったので、その後に登った人もいるのでしょうが)。


分岐点からはひと登りで津久井城山の山頂に到着。この時はほかに人の姿がなくて独占状態でした。
その名が示す通り、かつて山城が存在していた山頂は、現在は単なる平坦地になってますが、近くには堀切などといった素人目にも分かりやすい遺構もいくつか見られます。写真右上で石碑が立っているあたりが最高点。
最高点にあった石碑は、津久井城の沿革や建碑の由来などを記した「築井古城記」というものでした。
津久井城山から北西方向を望むと、津久井湖の先に南高尾あたりの山並みが見られました。
南西方向も少し開けていましたが、丹沢前衛の低い山々が見えているにとどまりました。そろそろ雲が増え始めていて、南山の奥に見えるはずの丹沢の核心部が隠れてしまったのが残念です。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名を示します。


今回は津久井湖畔の「花の苑地」を目指して下山することにしました。山頂を後にして、先程の分岐点まで戻ったら、そこから登り返して、この飯縄神社が建つピークを越えていきます。
飯縄神社のピークの南側からは、小倉山(写真中央やや左寄りのピーク)が見えていたほか、そのはるか先では相模湾が光っていたのですが、写真をこのサイズに縮小したら、海はほとんど分からなくなってしまいました。
山頂部の東端にあった「宝ヶ池」。山城において水の確保は至上命題だったはずですが、何百年という歳月を経た今も水を湛えているあたり、さぞかし当時から安定した水源だったのでしょう。
津久井湖畔へ下る登山道は、傾斜が緩やかでとても歩きやすく整備されていました。
唯一急だった箇所にも、クサリの手すりが設置されていて、安全に通過できます。
 (案内図ではここが「くさり場」と書かれているのですが、それは何か違うような‥‥)


「花の苑地」の手前まで下ってきました。右手方向には、バス停へ直行する道が見えていますが、バスが頻繁に運行されていて時間を気にする必要はないので、写っている橋を渡って「花の苑地」を見ていこうと思います。
「花の苑地」に入りましたが、季節的にちょっと寂しい景色なのは否めませんでした。津久井湖の対岸に見えているのは南高尾あたりの稜線です。
この時期きれいに見られたのは、ガーデンテラスの花壇くらいだったでしょうか。
この苑地では、つい先日のクリスマスまで「津久井湖城山イルミネーション」が連日開催されていたからか、そのウェルカムボードがまだ残っていました。
津久井湖観光センターでは、普段ならば津久井地域の地元野菜や特産品・名産品の販売が行われているのですが、さすがにこの日はここもお休み。もっと違う日に来れば良かったかな。
「津久井湖観光センター前」バス停でバスを待ちます。というか、ほとんど待つ間もなく、すぐにバスがやって来るのが見えたので、周囲の写真を撮るのもそこそこに、慌てて乗り込むような具合になりました。
今回、「花の苑地」に寄るために、バス停には遠回りをする形になりましたが、すぐ向かい側(反対方向のバス停=写真左端=なら降りてすぐ)に登山口があって、苑地に用がない場合はここからすぐ登山道に入れます。

タグ:高尾・陣馬
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