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茨城県北部で初の山行は、日立市の低山4座を巡る [茨城]

2014/12/06(土)

■第295回 : 羽黒山(490m)・神峰山(590m)・高鈴山(623m)・助川山(327m)


今回は、これまで完全な空白区となっていた、茨城県の北部に出掛けてきました。
歩いたのは、日立駅から周回で縦走できるコースです。ただし、本当に駅から駅まで歩き通すと20kmを超える長丁場になってしまうため、行き帰りともにバスを利用して、歩く距離を少し短縮しました。

 累積標高差(登り):1001m / 距離:17.3km / 歩行時間:4時間25分 (休憩除く) 
標準タイムは不明(登山地図の収録範囲外) 

(往路)
古淵 05:15-05:19 町田 05:22-05:56 新宿
新宿 06:05-06:30 上野 07:00-08:33 日立
日立 08:50-09:17 鞍掛山

(登山行程)
鞍掛山バス停 09:20
羽黒山    10:20-10:30
神峰山    11:10-11:20
高鈴山    12:20-12:35
百体観音   13:20
おむすび池  13:40-13:45
助川山    13:55-14:05
城南台バス停 14:35

(復路)
城南台 14:44-14:59 日立 16:00-17:38 上野
上野 17:43-17:48 神田 17:52-18:05 新宿
新宿 18:11-18:51 相模大野 19:05-19:15 南警察署前


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

上野駅から常磐線の特急に乗って1時間半ほど、車窓に初めて海が現れると、間もなく日立駅に到着です。
こちらは中央口。遙か昔に音楽活動で1度だけ来ていますが、駅舎も駅前風景も大きく様変わりしていました。
反対側の海岸口は、その名の通り、目の前がもう太平洋の大海原でした。


日立駅から鞍掛山行きのバスに乗って、終点までやって来ました。
鞍掛山には大きな霊園があって、バス停はその広い駐車場の真ん中にありました。
高台にある霊園なので、駐車場からの眺めは爽快。日立市街を一望し、その先には海が広がっていました。


鞍掛山を選んだのは、羽黒山から縦走を始めようとした時に、最も近くから歩き始められるバス停だったから。
しかし、この場所は一般的な登山口ではありません。地形図には、すぐ近くに羽黒山の登山道へ通じる破線路が存在しますが、ほとんど歩かれていない様子で極めて情報に乏しく、そこが歩けるかどうかがまず不明でした。
しかも、ストリートビューで見る限り、鞍掛山霊園はほぼ全周をフェンスと擁壁で囲まれていて、霊園外の破線路との間を行き来できるかも定かではありません。それでも、霊園北端の斎場脇に、破線路の方向に下る階段の入口らしきものがあるのをストリートビューで見つけていたので、それに全ての望みを掛けていたのです。

その場所(写真右端)に来てみると、期待通りに下る階段があって、霊園外に出られるようになっていました。
階段を下ると、すぐに山道に合流して、霊園の外側を登っていきます。地形図の破線路に間違いないでしょう。
その山道は、意外にも明瞭だったばかりか、木段まで設置されていたことに驚かされました。
その後も、傾斜がある間はずっと木段が続いて、1度はしっかりと整備された道である様子が窺えます。
今では歩く人が少ないのか、草木が茂って木段上を歩けない箇所もある程、荒れているのが勿体ない印象です。
でも、バス利用で羽黒山やその先の縦走路を目指すとき、鞍掛山バス停が距離的に最も近いというだけでなく、高台にあるため標高も稼いでいて、割と楽に登れるということが、もっと知られたら良いのにと思いました。
それで歩く人が増えれば、この道もずっと歩きやすくなるのではないでしょうか。


ひと登りで広場に出ると、その中央にキャンプファイヤーの痕跡が見られて、近くには「日立クリスチャンキャンプ」と書かれた標柱が立っていました。どうやらこの場所は、キャンプ場の一角に当たるようです。
ここまでの道が、荒れつつも明瞭さが保たれていたのは、キャンプ場の利用者に歩かれているからなのかも。
広場から先では、道幅が広がって歩きやすくなります。この写真の分岐は右へ。左の道は、小さく写っている標識に「日立クリスチャンキャンプ」と書かれていたので、下っていくとキャンプ場があるのでしょう。
分岐点のすぐ先で、地形図にも描かれている林道に出たら、もうこの先に不安はありません。
林道を道なりに進み、別の林道に突き当たると、そこが羽黒山への登山口。ここで初めて道標を見ました。
ここから先は、日立市のハイキングマップでも示されているハイキングコースになります。


登山道に入ると、傾斜は穏やかですが、道が深く抉れて歩きにくい箇所が散見されました。
写真では落ち葉に隠されていますが、道の中央が流水溝になっていて、結構深く掘れていたりするのです。
しばらくは樹林帯を進むため、景色はほとんど見られませんが、伐採地に出ると前方が大きく開けました。
現地では確信が持てていなかったのですが、左奥の一番高い山が、このとき目指していた羽黒山です。
低山とはいえ北関東だけあって、少し標高を上げてからは、霜柱を踏みながら歩く道のりとなりました。
深く抉れた道は断続的に続いて、羽黒山の手前になると、やや傾斜が増して少し苦しくなります。


羽黒山の頂上は、登山道の道幅が少し広がった程度の、あまり「らしくない」場所でした。
登山道脇にあったのも、この道標とベンチ代わりに置かれたの2本の丸太だけ。
周囲の樹木のために展望もなく、南側の木々の隙間から辛うじて海が見られる程度でした。


羽黒山を過ぎると、少しの間は、右手の樹木の間から海を眺めて歩くことができました。
 (写真では分かりにくいですが、空の下で青色が濃く見える部分がすべて海です)
羽黒山と神峰山の間は、何度もアップダウンを繰り返す道で、時折穏やかな区間に出るとホッとしました。
この道標の地点から、神峰山への近道が分岐するので迷わず入ってみると、傾斜が急で歩きにくい細い道に変わりました。登る分には問題ありませんでしたが、安全に下るには路面の状況が良い日を選ぶ必要がありそう。
神峰山の三角点は、近道の途中にありました。この近道が下りに向かないことは管理者も認識しているのか、道標は登る人向けのものしかなかったので、逆回りをすると、この三角点を見ないで終わることになりそうです。


神峰山の頂上には神峰神社がありました。比較的最近に改修された様子で、とてもきれいです。
神峰神社の奥には気象観測施設があり、その手前に少しだけスペースがあって、左側が開けていました。
開けているのは南東側で、日立市街と太平洋が眺められます。
前の写真とほぼ同じアングルです。
反対側は、樹木の間からごく限られた角度を見渡せるだけでした。
南西側には次に向かう高鈴山があって、冬木立の隙間からどうにか確認できました。
高鈴山は頂上に電波塔が林立しているので、それが目印になって分かりやすいのでした。


神峰山から高鈴山への道は、途中にこのような穏やかな区間を挟みつつ、段階的にグングンと下っていきます。
一番下り切ったあたりで、少しだけ林道を歩きます。
そこからの登り返しは、はじめは穏やかでしたが、中には傾斜のキツイ箇所もありますし、その後も小刻みにアップダウンが繰り返されます。そろそろ縦走の疲れも溜まってきていて、少し苦しくなってきました。
御岩山はその手前をトラバースして登頂せずにやり過ごし、さらに登っていきます。
古びた休憩舎が建つ地点まで来ると、いよいよ高鈴山の電波塔群が大きく見えるようになってきました。
登山道が舗装道路に合わされば、この日の最高峰・高鈴山に間もなく到着です。


高鈴山で何よりも目立つのが、この巨大な雨量観測所と電波塔です。この様子を見て、こちら側は何もないと思い込んでスルーしてしまったのですが、実は奥に行けば海が眺められたりしたようです。
三角点のある最高点は、想像していたよりも狭いスペースでした。
高鈴山の頂上には展望デッキがあって、北側を中心とした180度近い範囲を見渡すことができます。
こちらは展望の左半分です(次の写真と合わせて1枚にするはずが、うまく合成できませんでした)。
この時、北東側は八溝山や男体山までしか見えていなかったのですが、居合わせた人たちの会話によれば、朝のうちならば那須連山や日光連山も見えていたとか。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
続いて展望の右半分です(※前の写真の右側と、この写真の左側は、かなりの部分が重なっています)。
北側には、なだらかな地形が続く阿武隈高地が広がっていました。馴染みのないエリアである上に、顕著なピークもないので、山座同定は省略しましたが、右端は先ほどまでいた神峰山です。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。


高鈴山を後にして、登る時に少しだけ歩いた舗装道路を、しばらくはそのまま下っていきます。
舗装道路上から、高鈴山を振り返ってみました。
「四辻」と名付けられたこの地点で舗装道路と分かれて、林道を横断する形で山道に入ります。
山道はまたすぐ林道に合わさって、以降は傾斜が穏やかで歩きやすい道がしばらく続きました。
林道の続きを左に見送って、再度山道が始まると、次第に急な下り坂が現れるようになります。道も所々で枝分かれするようになり、中にはこんな行き止まりに入ることもあって、少々分かりにくい区間でした。


緩急のある下りを繰り返した末に、百体観音が現れました。西国・板東・秩父を合わせた百箇所の札所を巡拝するのと同じ御利益があるとして全国各地に見られるもので、ここには約七十基ほどの石仏が置かれています。
百体観音を過ぎれば急な坂道はなくなって、穏やかな道を気持ち良く歩けるようになりました。
おむすび池まで来れば、残る行程もあとわずか。帰りの時間も計算できてきたので、ベンチに腰掛けてひと息入れていきます。ちなみにこの先は、1991年に起きた山林火災の跡地を整備した「助川山市民の森」エリアです。
おむすび池から車道を進んでいくと、正面に休憩舎が建つ助川山が見えてきます。
山林火災後、助川山は展望台として整備されたようで、植樹されていない草原状のピークとなっていました。
ここが車道側からの助川山への入口で、頂上まではほんのひと登りでした。


こんもりと盛り上がった丸いピークを登り詰めていくと、頂上の先にある展望台と海が見えてきました。
右手に見切れている丘の上が、助川山の頂上です。
ここが頂上です。草原のピークだけに、どの方向にも展望を遮るものが何もなく、周囲を360度ぐるりと見渡せます。300mそこそこの標高しかありませんが、そこからの眺めは実に爽快なものでした。
目を見張るのは、やはり海側の景色でした。これだけ広範囲に海を見渡せる頂上というのも、なかなかないのではと思います。北は小名浜付近、南は那珂湊付近まで見えていて、水平線には地球の丸さが感じられたような。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。
振り返れば、縦走してきた3つの山をはじめ、日立市をとり囲むように連なる山々を一望できて壮観でした。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。


見事な展望に立ち去りがたい助川山でしたが、バスの時間も迫っているので、車道に戻ってさらに下ります。
時間はまだ2時過ぎですが、冬の太陽はすでに大きく傾いて、自分の影が長く伸びてきました。
さらに進むと、日立セメントの索道の下を、土管のトンネルで抜けていきます。
この索道について帰宅後に調べてみると、遙か南西部の山間にある鉱山から工場まで石灰石を運搬するもので、長さは4km以上に及ぶ模様。土曜日もしっかり稼働していて、短い間隔でゴンドラが次々と送られていました。
いよいよ、市街地が眼下に迫ってきました。もうゴールは間近です。
この分岐点でハイキングコースと分かれ、小平会館を示す道標に従って右の道路に入ります。
この道路を道なりに進めば城南台バス停に出られることは、予めストリートビューで確認済みでした。
城南台バス停に着いたら、すぐに写真を撮れば良かったのですが、先に荷物の整理を始めたのが失敗でした。
直後に折り返しとなるバスがやってきて、バス停の前に居座ってしまい、バス停の写真を取り損ねることに。
なんとかバス停の裏側だけカメラに収めました。城南台バス停も、助川山から最も近いバス停のひとつだと思われるのですが、ヤマレコでここからアクセスした記録がまだ1件も登録されていないことからも、ほとんど知られていない様子が窺えます。そこそこ本数のあるバス路線ですし、うまく使えば便利だと思うんだけどなぁ。

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