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南高尾山稜 [高尾・陣馬]

2018/12/30(日)

■第397回 : 南高尾山稜(泰光寺山(470m)・中沢山(494m)・大洞山(536m)


2018年の歩き納めは、南高尾山稜を歩いてきました。
多くのハイカーで賑わう高尾エリアにありながら、人が少なくて静かに山を歩くことができ、アップダウンも緩やかで、割と楽に歩けるコースです。年の瀬も押し迫ったこの日、コース中で見掛けたのは10人ほどでした。

(往路)
古淵 06:43-06:55 橋本 07:03-07:27 峯の薬師入口

(登山行程)
峯の薬師入口バス停 07:30
峯の薬師      07:50
三沢峠       08:10
泰光寺山      08:25
見晴台       08:50
中沢山       09:05
コンピラ山     09:25-09:30
大洞山       09:40
大垂水峠      09:55
4差路       10:50
高尾山口駅     11:35

(復路)
高尾山口 11:36-11:38 高尾 11:46-11:53 八王子
八王子 12:00-12:23 古淵


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

橋本駅から乗ったバスに、登山客は私1人だけ。津久井湖に近付く頃には、私が唯一の乗客になっていました。降りたバス停は「峯の薬師入口」で、自宅の最寄駅から、なんと電車移動15分+バス移動25分という近さです。
津久井湖に面したバス停のあたりは、ちょっとした園地になっていて、湖側に眺望が開けていました。
が、この時間はちょうどその方向に昇ってきたばかりの太陽があって、写真を撮るのは厳しかったです。

バス道路を少しだけ歩くとすぐに、峯の薬師への石段が分かれます。
石段はほんの短いもので、登った先から山道が始まりました。
大きなジグザグを描く山道は、傾斜が緩やかで歩きやすく、道幅もゆったりとした所が大半で、峯の薬師への表参道として昔から良く歩かれていた様子が窺えました。

標高差はほんの100m少々で、道の傾斜も緩やかなので、疲れを感じないうちに事務所がある境内に入ります。
峯の薬師の境内からは、都心方向を眺めることができました。
高層ビル群の先には、スカイツリーもくっきりと見えていました。
登山道は、奥にある薬師堂の横を抜けて続いていきます。
薬師堂の裏手あたりに出たところで、太陽が雲の中に入って一時的に逆光ではなくなったので、津久井湖側の展望も撮っておきました。津久井湖の対岸で、太陽を隠してくれた雲の下にそびえているのは、津久井城山です。
峯の薬師から先は、さらに道幅が広がり、傾斜も一段と緩やかになって、ほぼ林道といった趣に変わります。
途中で右手の石段を登ると、峯の薬師の奥の院があります。いつ来ても人の気配がなくて謎の建物なのですが。

稜線まで上がると、稜線上にはいくつもの電波塔が建ち並んでいて、登山道もそれらの横をすり抜けていきます。このあたりの道がまるで林道のようなのは、電波塔の建設時に工事用の道路だったからでもあるのでしょう。
この日は寒さが厳しくて、この冬初めて厚手のジャケットを着て来ましたが、稜線上に出ると風も冷たく、耳を露出していられなかったので、さほど汗をかいていないのに、ヘッドバンドを着けて耳を覆うことにしました。
電波塔群をやり過ごした先で、草戸山方面への道を右に分けると‥‥。
すぐに、変則的な5差路になっている三沢峠に到着です。ここまでは、近年も含めて何度か歩いている道でしたが、ここから大垂水峠までの区間は2006年以来で、当時の記憶はほとんどなく、初めて歩くような感覚でした。

三沢峠から先、道は何度か尾根通しの道と巻き道とに分かれます。三沢峠の分岐では巻き道に入ってしまったのですが、次の分岐で巻き道を選ぶと泰光寺山を踏んで行かれないので、ここからは尾根通しの道に進みます。
泰光寺山へはやや急な木段が続くものの、まだ登り始めで体力には余裕があって、さほど苦にせず登れました。
泰光寺山の山頂に着くと、そこには3つのベンチが置かれていました。
でも意外なことに公的な山名標はなく、私製の小さな山名板を見掛けただけでした。
泰光寺山からの眺めはこの通り。木々が葉を落としたこの時期でなければ、何も見られないものと思われます。

登山道は一貫して歩きやすい状態が続きます。峯の薬師から大垂水峠までは「関東ふれあいの道」と重なっている区間で、とても良く整備されていたほか、山頂や分岐点をはじめとする随所にベンチが設置されていました。
中には単なるベンチではなく、立派な休憩所のようになって、「語らいのベンチ」と名付けられていた場所も。
「語らいのベンチ」からの眺めです。この写真では、ほぼ中央にあるのが大山で、その右に丹沢の表尾根が続いて右端あたりに丹沢山があり、大山の左には高取山や仏果山などが並んでいる、という具合になっています。

その後は稜線を離れて、南側の山腹を巻き気味に進むようになり、しばらくは平坦に近い道を楽に歩けます。
そんな中、南高尾山稜で最も展望が良いとされる見晴台が現れました。
先程の「語らいのベンチ」でも見掛けましたが、南高尾山稜に設けられた休憩所のいくつかには、ベンチとともに「リュック掛」なるものが設置されていました。雨の日でもザックを地面に置いて汚したりせずに済みますし、ベンチに載せて座れる人数を減らしてしまうこともないので、これはなかなか気が利いた設備だと思います。
見晴台では、富士山をはじめ、丹沢や道志の山々などを眺められました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
さらに右のほうには、白銀に輝く南アルプスの峰々も、その一部が見えていました。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します。

見晴台を過ぎて、次にベンチがある広場まで来ると、登山道が巻いている中沢山への道が右に分かれます。
中沢山へはこの木段で往復します。木段は、最初に見えている範囲で終わって、すぐ上がもう山頂でした。
ひっそりとしていて手狭な山頂には、聖観音菩薩像がぽつんと立っているだけで、展望はほとんどありません。
下の分岐で公的な道標が中沢山だと案内していたのに、ここでも何故か山名標は私製のものがあるだけでした。

その後は尾根通しの道が復活して、巻き道と合わせて2本の道が併走する状況の再現となります。ここで尾根通しの道を選ぶと、木段でかなりの急登をさせられた挙げ句、登り詰めたピークはただの地味な無名峰でした。
てっきりこれまでのように、すぐ巻き道が合流するものと思っていたら、ここではしばらく別行動が続きます。
結局、巻き道が合わさったのは、ここを急降下した後でした。これより前の分岐までは、尾根道と巻き道のどちらを選んでも、大きな差がなさそうなことが多かったのに対して、ここでは巻き道のほうが明らかに楽だったようです。とはいえ、山腹道を歩くよりは稜線上を歩くほうが気持ちが良いので、この南高尾山稜のように体力的に余裕があるコースならば、尾根道を歩き通すほうが楽しめるのではと思います。

その先は分岐のない1本道になって、次のピークがコンピラ山でした。
コンピラ山のベンチにも、背後に「リュック掛」があり、ここまでの山と同様、山名標も私製のものだけでした(山名標はこの写真の中にありますが、とても小さなもので、写真を縮小したら埋もれてしまっています)。
コンピラ山からの展望は、落葉した樹木越しでした。中央に富士山が写っているのが分かりますでしょうか。
コンピラ山の直前の尾根道だけは、登り下りとも少々急だったものの、そこを除けば穏やかな道が続いて、さほどの疲労感もなく、ここまでほとんど休憩せずに歩き続けていたので(水分を補給したり靴紐を締め直したりで一旦ベンチに腰掛けることはあっても、そこに長くはとどまりませんでした)、ここでひと息入れていきます。
また、寒さが厳しく風も冷たかったため、ずっとジャケットを着たままでしたが、身体がようやく暖まってきて、ここでジャケットを脱いでフリース姿になりました(以降は最後までフリース姿のままで歩いています)。

コンピラ山の次のピークが大洞山で、ここが南高尾山稜の最高点になります。
大洞山には、南高尾山稜のピークで唯一、公的な山名標が立っていました。
大洞山から大垂水峠へ下る途中では、この冬初めて、シモバシラの氷華が見られました。
シモバシラは、いくつかまとまって見られる場所も。

しばらく下って、右手に国道20号線を見下ろすようになると、間もなく大垂水峠に到着です。
歩道橋の大垂水峠橋で国道20号線を渡ります。
橋のほぼ真下には大垂水バス停があって(※)、1日3本だけバスが通ります。行きに使う分には良いけれど、帰りに使うには時間合わせに工夫がいりそうですね。(※)ただし反対車線のバス停はかなり離れた所にあって要注意

大垂水峠からは、国道20号線でも高尾山口駅に向かえますが、歩道のない国道を歩くのは避けたいので、歩道橋を渡ったら、高尾山への標識に従って再び山道に入ります。とはいえ、本当に高尾山まで登り返すのはしんどいので、まだ歩いたことがなかった大平林道・高尾林道を通って、6号路の途中へと抜けてしまう計画です。
この道は「学習の歩道」と名付けられていて、大平林道に上がるまでの間、緩やかな登りが続きます。
大平林道との合流点です。大垂水峠で「関東ふれあいの道」と別れていたので、しばらくは誰にも会わないかと思っていたら、意外にも単独行の男性を見掛けました(「学習の歩道」で森林ふれあい館へ向かった様子です)。
その地点は、林道と「学習の歩道」のほか、一丁平へ登る道も合わさって、変則的な5差路になっていました。

5差路で大平林道に入ると、そこからは緩やかな下りに変わります。
時折ある分岐点にはきちんと道標が立っていました。この林道、利用者は相当に少なそうなのに、それでもしっかりと整備されているあたりは、高尾山界隈ならではでしょうか。ちなみにここは、2006年に南高尾山稜を歩いた時に高尾山から下ってきた地点なので、ここから先の大平林道は今回初めて歩くことになります。
ここでも道路脇にシモバシラの氷華を発見。このように、多数が密集して見られた場所もありました。
森林ふれあい館への分岐点まで来ました。
右に分かれる道を下った先に森林ふれあい館が見えましたが、普段は中に入れないようなので、スルーします。
分岐点から先は登りに変わります。登り始めのあたりは舗装されていました。
未舗装に戻った後も、登り坂がずっと続いて、これが結構長く感じました。ただ、林道だけに傾斜が極めて緩やかだったので、体力的な負担に感じることがないまま歩き切れています。
景色に変化が乏しく、少々退屈な林道歩きの途中で、富士山が見られる箇所がありました(たぶんここだけ)。
富士山をアップで。かなり風が強かった様子で、東側の斜面では雪煙が舞っていました。
さらに歩き続けていると、路肩に高尾林道起点の標識があって、ここから先は高尾林道になるようです。また、この大平林道と高尾林道の接続点が一番高い所だったらしく、この先で道は下り坂に変わりました。
高尾林道に入るとほどなく、稲荷山コースへの分岐点に出て、長かった林道歩きもここまで。それにしても、林道上では見事に誰にも会わず、あまりの静かさに、高尾山の近くにいることを忘れそうでした。この界隈、山道なら少々マイナーなコースでも誰かしらいるものですが、さすがに林道を歩く人は本当に少ないのでしょう。

稲荷山コースへの連絡路に入って、細い道で急な木段を登り詰めていくと、やがて上のほうから人の声が絶えず聞こえるようになってきて、それまでの静けさとは対照的な場所に向かっていることが実感されました。
稲荷山コースに飛び出すと、さすがにそこは一般登山道、多くの人が途切れることなく行き交っていました。
出てきた所は稲荷山コース上の4差路。稲荷山コースは横切るだけで、6号路への連絡路を下っていきます。
  ※下の写真にマウスを乗せると、各コースの所在と進路を示します。
するとほんの1~2分で、もう6号路が見えてきました。稲荷山コースと6号路って、こんなに近かったのね。
6号路への合流地点は、沢の中を飛び石で歩く、6号路の名物とでも言うべき区間への入口でした。
あとは6号路を下るだけです。稲荷山コースと同様に登山者が多く、道が狭いために、何度となくすれ違いで道を譲りながら進む具合となりました。それから、以前よりも外国人の登山者が目立ったように感じています。
もう何度も歩いているので、6号路では写真も撮らずにさっさと歩いて、ここからは最後の車道歩きです。
ケーブルカーの駅前も賑わっていました(写真は写り込む人が少なくなるタイミングを計って撮っています)。
ケーブルカーの駅舎を見ると、新年を迎える準備が整いつつあるようでした。
昼前にゴールの高尾山口駅に到着。これから歩き始めるらしい人もまだまだ多く見受けられる駅前でした。

タグ:高尾・陣馬
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竜爪山 [静岡]

2018/12/08(土)

■第396回 : 竜爪山(薬師岳(1051m)・文珠岳(1040m)


今回は静岡の竜爪山に登ってきました。古くから山岳信仰の場として修行者に登られていた山で、静岡市内からのアクセスが良く手軽に登れることから、現在も静岡市やその近郊から多くの登山者が訪れる人気の山です。

様々なコースがある竜爪山。登りは平山バス停を起点に、歴史が古く今でも最も一般的な旧道を選んでいます。
一方の下りは途中で一般登山道を外れて、桜峠を経て麻機バス停までの少々長いコースを歩きましたが、こちらはあまり歩かれていないのか、細々とした道が続き道案内も手薄で、バリエーションルートに近い印象でした。

(往路)
古淵 04:45-04:49 町田 05:05-06:06 小田原
小田原 06:22-06:45 熱海 06:49-08:05 静岡
静岡駅前 08:15-08:58 平山

(登山行程)
平山バス停   09:00
旧道登山口   09:45
穂積神社    10:40-10:45
竜爪山(薬師岳) 11:25-11:30
竜爪山(文珠岳) 11:40-11:55
若山北分岐   12:30
632m三角点   12:55
桜峠登山口   14:00
麻機バス停   14:15

(復路)
麻機 14:22-14:46 新静岡(伝馬町)
静岡 15:23-16:41 熱海 16:46-17:08 小田原
小田原 17:16-18:11 相模大野 18:30-18:45 南警察署前


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静岡駅でバスに乗り換えます。今回は新幹線には乗らず、往復ともに在来線を利用して来ました。
平山バス停からスタート。同じバスからは、私のほかに4~5人の登山者が一緒に降りました。

バス停から歩き始めるとすぐに公衆トイレがあり、有難く利用させて頂きます。道路に面した側の壁には、双耳峰の竜爪山をあしらったイラストがデザインされていました。
数分も歩けば人家はなくなります。それでもしばしば車が抜いていくのは、登山者を乗せた車だからでしょう。
かなり歩いてからも、道の両脇や陽当たりの良さそうな斜面には、茶畑が見られました。
駐車車両を見掛けるようになると、間もなく登山口です。

旧道の登山口に着きました。停められている車の台数からも、この山の人気が窺えます。
穂積神社の鳥居をくぐって登山道に入ります。
案内図と案内文によると、登山道脇には古い丁石が残されているようです。穂積神社の手前が三十丁となっているのに対して、そこまでの距離は2kmにも満たないので、割と短い間隔で丁石を見ることになりそう。

登山道を歩き始めてすぐに現れたこの標柱によると、丁石は三十六丁までが正しいようです。
早速、思っていた通りに次々と、道の脇には丁石が現れるようになります。ただ、どれも比較的新しいものに見えて、想像していたような古めかしいものがなかったのは期待外れでしたけれど。
序盤の登山道は割と急で、露岩帯の通過もしばしばですが、手を添える必要があるような箇所は限られました。
時折、近くにある滝への案内が現れますが、この先が長丁場ということもあり、今回はどれも見送りました。
十七丁を過ぎ、次の十八丁が折り返し点だからと気をつけていたのに見逃してしまい、気付いたら十九丁でした。穂積神社は竜爪山を2/3ほど登った所にあるので、これで全体の1/3ほどを登った勘定でしょうか。
急登が続いた序盤に対して、中盤に入ってからは穏やかな傾斜の箇所も多くなります。二十六丁まで登ったところで、右手から新道が合わさりました。
穂積神社までの道のりの終盤では、ところどころで再び急な登りを交えるようになりました。

穂積神社に着きました。実はここまで車で上がることもできるのです。でもこの時は、地元の方らしい十数名の方々が集まって境内の清掃をしておられたので、停められていた車もその方々のものが多かったのかもしれません。また写真には入っていませんが、社務所の隣には公衆トイレと飲み物の自動販売機がありました。
参拝後、境内のベンチで少し息を整えたら、穂積神社の裏から竜爪山への登山道に入ります。穂積神社から先は東海自然歩道のコースと重なるので、道標なども東海自然歩道のものになりました。

はじめ穏やかだった道は、途中から一転して急階段の連続になります。しかしここで、「静岡県の山」に階段道と山腹道の2つがあると書かれていたのを思い出し、よく見ると直進する踏み跡があったので、それが山腹道に違いありません。道標が鉄階段しか案内していないのが少し不安でしたが、その山腹道を追うことにしました。
その道は、細いながらもきちんと続いていて、倒木も処理されているなど、一応は人の手が入っている様子です。それなりに急にはなったものの、ジグザグ状の登りで、傾斜も鉄階段よりは随分マシだったのではないかと。
しばらくすると鉄階段が見えてきて、合流するのかと思ったら、ここではニアミスしただけで、再び離れます。
ところがこの先は、ジグザグ道もいっそう急になり、道が細いこともあって歩きにくい箇所も現れるなど、少なくとも下り向きの道ではなくなります。道標がこの道を案内していない理由も、このあたりにありそうでした。
次に鉄階段と接近したら、今度はそのまま合流しました。
合流点から鉄階段を見下ろすと、急な階段が延々と続いていて、やはりここは避けて正解だったと思いました。
しかし階段地獄はまだ道半ばだったようで、その先にも木段がずっと続いていました。いくら登っても全然終わらないのでげっそりしますし、丸太2本分くらいの大きな段差がある所も少なくなく、かなり苦しい登りです。
そんな中、唯一励みになったのがこの標識でした。あと50m耐えれば、階段から解放されるのか!

頂上直下まで来ると薬師岳北展望地があって、ここで俵峰からの道を合わせました。
展望地では、せっかく富士山が見られそうな方角が開けていたのに、見られた景色はご覧の通り。基本的に良く晴れていたこの日も、なぜか登頂前後の時間帯だけは雲が多くて、展望に関しては残念な結果となりました。
木段は展望地までで終わり、最後の最後だけは、すこぶる緩やかな道になりました。

薬師岳に到着しました。樹木に囲まれて全く展望はありませんが、ここが竜爪山の最高点になります。
お団子型の山名標識も、最高点のこちらにありました。
展望がないからか素通りの人が多い中、最高点に敬意を表して、誰もいないベンチで少し過ごしていきました。

薬師岳から文珠岳へは、一度ガクンと下ります。
登り返しはまたしても木段。でもここは、さほど長いものではありませんでした。

薬師岳から10分ほどで、文珠岳に到着です。標高では薬師岳に10mほど劣りますが、展望が良いからなのか、一等三角点はこちらの文珠岳に設置されていました。
頂上の標識は2種類ありました。ネット上では「文殊岳」の表記も良く見ますが、正しくは「文珠岳」ですね。
開けた南東側にはいくつものベンチが置かれ、多くの登山者が休んでいて、その先には海が見えていました。
南東側の展望を少し大きめに。手前に見えているのは清水港と三保松原あたりで、駿河湾を挟んだ先には伊豆半島が確認できます。雲が多かったこの時間、伊豆半島の山並みは、ぼんやりと霞んで不明瞭でしたけれど。
南側の焼津方面は、高草山や花沢山といった山々の奥に、御前崎がうっすらと見えていました(写真右半分)。
ただ、やはり残念だったのは山側の眺めで、富士山も南アルプスもサッパリでした。

文珠岳を後にしたら、引き続き東海自然歩道を南下します。過剰整備された木段がやや鬱陶しく感じましたが、秋の猛烈な台風によると思われる倒木がきれいに処理されていたのも、東海自然歩道だからこそだったのかも。
若山を前にした鞍部まで下ると、ベンチが置かれていたので、そこでひと息つくことができました。
鞍部から登り返していくと、ほどなく標識とベンチがある地点に出ます。ここが「若山北分岐」で、ここで東海自然歩道を離れて、桜峠への道に入ります。
標識には若山北“分岐”と書いてあるのに、指示標は前後方向だけで、一見すると分岐点には見えませんが‥‥
私が進む桜峠への道は、私製の地味な標識が足元で示していました(2つ上の写真の左端にも写っています)。

桜峠への道に入ると、すぐに公的な道標が現れて、一応はちゃんとした道なのだと安心させてくれましたが‥‥
道はか細くて頼りなく、あまり歩かれていない気配が濃厚です。それでも当面は、危なっかしい箇所に補助ロープが設置されていたり、倒木も片付けられていたりと、最小限の整備はされている感じでした。
送電線鉄塔が立つ地点に出ると、送電線越しに再び南東側を見渡すことができました。頂上にいた時よりも青空が広がっていて、伊豆半島の山並みは最高峰の天城山も含めて全部見えていたようです。
下る途中で、登山道からは外れていたけれど、大した距離ではなかったので、632m三角点に立ち寄りました。
三角点付近には林道が上がってきていて、一旦はその林道を進んで行くと、すぐにまた山道の入口があります。そこに道案内は何もなかったのですが、コンパスで方角を確かめると合っていたので、迷わず進んでみました。
すると、その先も細いながらも明瞭な道が続き、時には簡易的な道標も見られて、あまり不安を感じずに進める状況が続きます。そんな中をしばらく下っていくと、今度は舗装された林道に出ました。
林道上に出て振り返ってみました。森の中から砂利道で「立入禁止」のバリケードの所に出てきましたが、標識があったのは奥にある森の入口付近なので、逆コースを進む人には登山道の所在が分かりにくいと思われます。
ここでも、林道を少し進むと、山道への入口がありました。
その先で、山道は森の中を抜けて、茶畑に出ます。ここでは茶畑と森との境界を進みましたが、そこが道なのかどうかが明確ではなかったですし、これ以降は道案内が乏しくなって、不安を感じつつ進むことが増えました。
ほどなく先程の林道に出て、それを横断してまた森の中へ。
その森もまたすぐに抜けて、再び茶畑に出ました。ここでも茶畑と森との境界を進むのですが、その前に‥‥
この日初めて、スッキリとした展望が見られたので、低い山ばかりの眺めでしたがカメラに収めておきました。この頃にはどの方角も良く晴れていて、この時間であれば、頂上からも展望が楽しめたのではないでしょうか。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
その後は道がいよいよ怪しげになります。幸いだったのは、最後まで紛らわしい分岐のない素直な1本道だったらしく、きちんと踏み跡を追えてさえいれば、結果的に目的地まで迷わずにたどり着けたことです。
1箇所だけ、尾根道と巻き道に分岐する地点では、入口側と出口側の両方にこの道案内がありました。
最後のほうになって、転げるような急坂が現れて、慎重に下ります。ここは補助ロープが欲しいところでした。

割と唐突に開けた地点に出た時、目の前に広がったのは、登山道が新東名によって分断され、大々的に付け替えられた場所として、事前にネットの記事で見ていた光景で、ここまで道を間違えずに来られたと分かりました。
最終盤は道標も少なく、作業小屋脇の狭い空間を抜けたり、農作業用のモノレール脇を歩いたりするなど、登山道らしくない景色が続いて不安だったのですが、なんとか最後まで予定通りに歩けそうでホッとしています。
(ただ、途中の経路まで含めて全てが正しかったのかは不明ですし、次に同じコースを歩いた時に、全く同じ経路で歩ける自信もありません。さらに逆コースの場合には、同じ道を逆にたどれるかが明らかに怪しいと思える箇所が複数ありました。きっと今回も、たまたま順調に歩けただけなのだと思います)

上の写真の階段を下り、その写真の真ん中に写っている道路に出たら、その先にさらに階段が続いていました。
ここでは、新東名が元々あった山を登山道もろとも開削して貫いており、尾根上に付けられていた登山道は、一旦急降下して新東名の下をくぐったのち、同じだけ登り返させられるという、酷い仕打ちを受けていて、そのために長い階段が出現していたのです。せめて、新東名の上を跨ぐ歩道橋を作れなかったものなのでしょうか。
なお、今回は現在の登山道を忠実にたどって、桜峠の登山口まで歩き通したかったので、正直にこの階段を登り下りしましたが、そういう拘りがなければ、この階段を下りずに道路を歩くと楽に麻機バス停に向かえます。
ということで、階段を一番下まで下ったら、新東名の下をくぐります。
くぐった先では長い階段で、元々あった尾根道あたりまで登り返します。すでにかなり長い距離を歩いてきた上での、急で長いこの登り階段は結構きつく、途中でお散歩の親子連れに抜かされました‥‥。
階段のフェンスには、どなたかのお手製の「新東名で寸断された登山道」なる風景のイラストが設置されていました。このイラストの範囲が、新東名によって削られる前までは、全部山だったということなのでしょう。
で、せっかく苦労して階段を登り終えたと思ったら、すぐにまた下ることになるだけという、まさに「徒労」を地で行くような登山道に辟易させられ、桜峠の登山口に到着したらドッと疲れが出ました。

桜峠の登山口で車道に迎えられたら、あとは麻機バス停まで車道を歩いて向かいます。
麻機バス停に到着。何かトラブルがあった訳でもないのに、なんだか色々なことがあった気がする今回の山行でした。バスは12分おきの運行なので、大して待たされることもなく、次のバスに乗れています。
帰りは静岡駅までバスに乗らずに、繁華街に近い新静岡で降りて、軽くお食事をしていきました。

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般若山・釜ノ沢五峰 [奥武蔵・秩父]

2018/12/01(土)

■第395回 : 般若山(410m)・釜ノ沢五峰(565m)


今回は、先週に続いて、ミニ岩峰を巡る山歩きに出掛けてきました。
この日の行先は秩父で、奥の院が岩山の上にある法性寺(奥の院一帯が般若山と呼ばれている)と、露岩の小ピークがいくつか連なる釜ノ沢五峰という、2つの見所を結んだコースを歩いています。

ただ、釜ノ沢五峰へ向かう途中で道を間違え、登山道から大きく外れた上に、登山道への復帰にまで失敗して、予定通りのコースを歩くことを断念。コースの一部を端折ってリカバリーを図った結果、釜ノ沢五峰は予定とは逆のコースでたどることになって、釜ノ沢五峰に連なるいくつかのピークには行けなくなることに。さらにその後も、登山道が壊滅状態で通過困難な峠の強行突破を余儀なくされるなど、トラブル多めの山行となりました。
※元々見所の多かったコースに、トラブルが加わったりして、今回は写真も文章も多めとなっています。

(往路)
古淵 05:36-05:58 八王子 06:08-06:44 東飯能
東飯能 06:47-06:48 飯能 07:04-07:42 西武秩父
西武秩父 08:20-08:50 般若の丘前

(登山行程)
般若の丘前バス停 08:50
般若の丘公園   08:55-09:00
法性寺      09:50-10:00
法性寺奥の院   10:25-10:30 (般若山)
   (この間、道迷い2回)
565m峰      11:45
五ノ峰      11:45
三ノ峰      12:00-12:10
釜ノ沢五峰登山口 12:40
柴原温泉     13:40
手打そば 水沢  14:15-14:40
武州日野駅    14:50

(復路)
武州日野 15:02-15:15 御花畑 → 西武秩父 15:38-16:24 東飯能
東飯能 16:36-17:12 八王子 17:20-17:43 古淵


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西武秩父駅で路線バスに乗り換えようとしたら、なんだか駅前の様子がいつもと違います。少し早めに着いたので、駅舎内の待合室で暖を取りながら外の景色を見ていたら、あれよあれよという間にロータリーが柵で封鎖されて、一般車はおろかバスもタクシーも入れなくなったのです。一体どこでバスに乗れば良いのだろう?
バス停には何かしら案内があるものと思って、バス停の近くまで行ってみても、それらしい掲示は見つからず(というか、多くのバス停には、この時すでに近寄れませんでした)、一旦は途方に暮れかけてしまいました。
でも、確か改札口を出て右手にバスの案内所があったはず、とそこへ行ってみて、やっと状況が分かります。明日からの秩父夜祭に伴い、この日からバス乗り場が移設されていたのでした(秩父夜祭の期間中、駅前ロータリーには多くの出店が所狭しと並ぶようで、その開店準備がもう始まるのでしょう)。
臨時のバス乗り場は、西武観光バスの駐車場内でした。案内が不親切でしたし(ロータリーの封鎖直後で案内が間に合っていなかった可能性はありそう)、駅前から少し歩くので、時間に余裕をみておいて良かったです。実はバスの5分前に駅に着く案もあったのですが、それだと慌てているうちに乗り遅れていたかもしれません。

マイクロバスで運行されて立ち客も出ていた小鹿野町営バスを、般若の丘前で下車します。
般若の丘公園の駐車場前に立っていたこの建物、てっきり公園の施設かと思っていたら、全く関係がなさそうでした。当初は温泉施設として建設されたものが、曲折を経て現在は高齢者向け福祉施設になっているようです。
般若の丘公園には展望台があって、階段には古代海獣の化石発掘をPRする巨大横断幕が掲げられていました。
そしてこの公園は、これから向かう法性寺へのハイキングコースの起点にもなっているのでした。
展望台からの眺めはまずまずですが、まだ標高が低いので、見えているのは近くの名も無い山々が中心でした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。
展望台の先には、ここで化石が発掘された古代海獣パレオパラドキシアの復元模型が屋外展示されていました。

展望台の奥からハイキングコースが始まります。
少し登ったところに休憩舎があって、そこからも展望を楽しめました。
休憩舎からの展望です。先程の展望台よりは30~40mほど高くなって、結構見える範囲が広がりました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
このあたりでは、終盤ながら紅葉も楽しめています。
はじめは木段主体の道で、割としっかりと登らされましたが、尾根に上がると緩やかな区間が多くなりました。
時折こうした案内板や道標が道案内をしてくれて、コースの整備も行き届いていたと感じています。
道は穏やかで歩きやすいですし、周囲の雑木林の雰囲気も良くて、とても気持ちよく歩けます。
小さなアップダウンの繰り返しがしばらく続いたのち、再び現れた木段を登り詰めて行くと‥‥。
ベンチが置かれた地点を通過します。このあたりが、コースのほぼ中間点付近だったようです。
ベンチの先には三角点がありました。
ベンチを過ぎると道は下りが主体。引き続き、この時期らしい色彩に囲まれて気持ち良く進んでいくと‥‥。
ほどなく車道に出てしまって、この先、法性寺までは車道歩きになります。
法性寺の前の通りに出ると、「巡礼道」の標識を発見。2008年に、秩父札所の34箇所全てを歩いて巡ったことが懐かしく思い出されます。札所32番の法性寺には、その時以来10年ぶりの再訪となるのでした。

法性寺に着いたら、立派な山門をくぐって境内へ。
階段を上がると、すぐ上に本堂があります。
札所巡りの時は、きちんと参拝して御朱印も頂いたのですが、この日は軽くお参りするだけで済ませます。
あまり広さはないけれど、良く整った印象の境内をさらに奥へ。
少し登ると、背後の絶壁に張り付くようにしてそそり立つ観音堂が現れます。
観音堂は中に入れるので、まずは外の階段を登って舞台と同じ高さへ。
観音堂の中は土足厳禁だったので靴を脱ぎ、用意されていたスリッパに履き替えて参拝しました。
観音堂の舞台から、本堂のあたりを振り返りました。

大岩の間をすり抜けて、奥の院への道に進むと、ここから先は、ほぼ登山道といった趣の道になりました。
本格的な登り坂に変わった道は、所々で少し険しくなります。登山道としては月並みな険しさですが、奥の院への道ですから寺社巡りの人も入ると思われるので、山道に不慣れだと少々手強い道に感じるのではと思います。
中には、急な岩壁を登るような場所も。岩壁には足場が刻まれていて、階段のような要領で登れるようになっていますが、傾斜が結構きついので、ここはクサリの手摺りも頼って登りました。
本堂のあたりから登ること約20分、岩窟に並んだ石仏の数々を見ると、奥の院はもう間近です。

稜線に上がる手前に、お船観音と大日如来との分岐があります。まずは、低いほうにあるお船観音へ。
左右が切れ落ちた岩尾根に出ると、下った先の突端付近にお船観音が見えてきました。
岩尾根をそろりそろりと歩いて、お船観音に近付いていきます。
お船観音を正面から。
岩尾根の突端付近が最も展望が開けていたので、そこまで行ってお船観音を振り返りました。
お船観音のあたりからは、秩父の山々を見渡すことができました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

お次は大日如来に向けて、下ってきた岩尾根を引き返します。切れ落ちた岩尾根に手すりがないというところが、岩殿山の近くにある稚児落しに似ていて、稚児落しよりも崖の近くを歩く感じです。滑りやすい岩ではなく、またこの日は普段のトレランシューズではなくファイブテンのアプローチシューズで来ていたので、靴底のグリップには絶大な信頼があり、特に緊張はしませんでしたが、雨が降る日や風が強い時には避けたい場所です。
先程の分岐を過ぎてさらに登ると、目の前に現れた鋭く尖った岩峰に、クサリで登るルートが見えてきました。
そこは足場がしっかりしているとはいえ、かなり急で高度感があり、ちょっとドキドキしながら登ります。
しかも岩のてっぺんは狭く、大日如来の前には1人か2人でもう窮屈になるような狭いスペースしかないのに、そこに先客の参拝者がいらしたことで、岩峰の最上部でその方の撤収を待つことになりました。岩峰の上部ではクサリが手すりに代わっていて、その手すりがまた頼りなく(柔らかめの材質なので、重さをかけるとしなる!)、さらにドキドキして待つことに。この写真も岩峰の最上部からです。
先客の方と入れ違いで、岩頭に上がって大日如来の前へ。これ以上離れると落ちてしまう狭さなので、正面からは上半身を撮るのがやっとでした。なお般若山という名前のピークはありませんが、法性寺奥の院の一帯が般若山と呼ばれている(法性寺の山号が般若山だからでしょうか)ことを挙げて、「埼玉県の山」がこの付近を般若山と紹介しているのにならい、ここでは大日如来のピーク(標高約410m)を「般若山」として記録しています。
上部の手すりが頼りないことで、参拝後の下りはちょっとスリルがあって、少し変な汗をかかされました。

法性寺奥の院を後にしたら、釜ノ沢五峰へ向かいます。来た道を法性寺まで下って車道を移動する手もありますが、そのまま山道で向かうコースもあるので(5枚前の岩峰を前にした写真が分岐点)、その山道に入ります。
その山道は、整備状況は今ひとつのようでした。あまり歩かれていないのか、道形はやや頼りなく、不明瞭に近い箇所も少なくありません。道標も少ないので、テープなどの目印を頼りに歩く区間が多くなります。どうすれば安全に通れるのか少し悩むような、少々危なっかしい箇所もありました。

しばらく尾根上を進んでいた道は、珍しく道標があった最初の鉄塔の前で尾根を外れて、山腹道に入ります。
次に尾根に上がった地点で、左を向くと2番目の鉄塔がありました。正しい道はこの鉄塔をくぐった先に続いていたようなので、左折するのが正解だったことになります。しかし、右折方向の尾根にテープの目印が続いているのが見え、そこまでもテープを頼りに歩いてきていたので、てっきりそれが道の続きだと思ってしまいました。
なので、一旦は左に進んで鉄塔に近づき、送電線越しに武甲山を眺めたりしていたのですが、この写真を撮り終えたら鉄塔まで行かずに引き返し、何の疑いもなく右折方向の尾根に入ったのです。道間違いの始まりでした。

すると、テープが示す道は尾根上にずっと続いていて、特に歩きにくい箇所もなく、道の雰囲気自体には不審な点が何もありません。所々でやや不明瞭にはなるものの、正しい道を歩いているうちからずっとそういう状況だったので、それは疑う理由にはならなかったのです。
ただ、そのうち下り始めるはずの道が、いつまで経っても登り続けてばかりなのが次第に気になって、開放的なピーク(510m圏峰)に出たところでGPSを確認し、コースから大きく外れていることを認識しました。
でもこの時点ではまだお気楽でした。道を間違えたのが鉄塔の前だと分かっていて、そこへ戻れば正しい道に復帰できると思っていたからです。だから、この日初めて両神山が見られたと、展望を楽しんだりしていました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
が、そうして余裕をぶっこいていたのが大きな誤りだったようです。先程の鉄塔まで戻ろうと、来た道を引き返していたつもりが、最初から全然違う尾根に入っていたことに気付いたのは、かなり下ってからのことでした。
言い訳すると、間違って入った尾根にも、テープの目印と明瞭な道形が続いていたのです。登山道から外れた場所に、そんな道が2つもあるとは思いませんし、道の様子がまた良く似ていたことで、気付くのが遅れました。
それでも、なんだか初めて見る景色のような気がする場所が繰り返し現れるに至って、いくらなんでも変だと再度GPSを確認したら、そもそも下り始めからして間違えていたと分かって、もう愕然としてしまいました。

で、あくまで元の道に戻ろうと登り返したところ、ひとまず510m圏峰まで戻ったら結構な疲労感が。本来なら必要のない登りを、しかも2回も繰り返したのですから、そりゃ余計に疲れますし、時間だってかかっています。
改めて地図を見て、この510m圏峰が、次に巡ろうとしている釜ノ沢五峰の最高点にかなり近付いていることが分かり、これ以上の体力や時間の浪費を避けようという思いもあって(この先にもまだ別の難所が控えていたからでもあります)、当初の予定コースに拘るのをここで諦めて、釜ノ沢五峰に向かってしまうことにしました。

ということで、2度目の510m圏峰から、今度は釜ノ沢五峰へ向けて進みます。するとこの写真のように、相変わらずテープの目印と明瞭な道形に導かれて、歩きにくい所もなく、登山地図の破線コースと比べても遜色ないような道が続きます。早々に、この道が釜ノ沢五峰まで続いていると確信しましたし、その後はいたってスムーズに、まるで何事もなかったようにあっけなく、釜ノ沢五峰を巡る一般登山道にポンと飛び出しました。
出てきたのは、釜ノ沢五峰の五ノ峰の少し奥にあって、五ノ峰よりは少し高い565mのピークです(ここがこの日の最高点にもなったので、この記録では釜ノ沢五峰の標高としてこの地点の標高を使うことにしました)。
釜ノ沢五峰を周回するコースの途中に出てきてしまったので、周回コースのどちらか片側は諦めなければなりません。やはり釜ノ沢五峰自体は巡りたいので、このあとは五ノ峰から一ノ峰へと、予定とは逆コースで下ることにして、釜ノ沢五峰に続いて巡る予定だった中ノ沢ノ頭や竜神山は次の機会へ持ち越すことになりました。

ということで、東へ緩やかに下っていくと、ほどなく五ノ峰に到着です。が、多少盛り上がっている程度で、ピークと呼ぶほどの地形ではなく、すぐ隣の565mピークのほうが五ノ峰で良かったのでは、と感じてしまうような場所でした(でもこの先でガクンと下り始めたので、逆側から登ってくると印象は違ったのかもしれません)。
それに対して、次の四ノ峰は顕著なピークでしたが、険しさはなく普通に歩いて登り下りできています。
三ノ峰へは、ちょっと長いクサリを登り詰めます。傾斜があまりきつくなかったので、登るのは簡単でした。
三ノ峰は展望の良い岩峰でした。岩峰ながら、頂上部には険しさがなく広々としていて、休憩向きの場所です。
釜ノ沢五峰にいる間はほとんど人と会わず、しばらく展望を楽しんでいる間、三ノ峰もずっと私ひとりでした。
三ノ峰では南側が大きく開けていて、奥多摩方面を広く見渡すことができました。標高がさほど高くないため、前の山が重なってしまって、雲取山などの核心部の山々があまり見られなかったのが残念でしたけれど。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
一方、東側の武甲山は樹木の間から覗く具合で、樹木が葉を茂らせている時期だと見られないかもしれません。
五ノ峰の方向を振り返ると、割といい感じに色付いて見えましたが、その中にいるとそうでもなかったような。
さらに下って行くと、再び前方に急な岩壁が立ちはだかりました。三ノ峰から次の二ノ峰にかけてが、クサリ場を伝った岩峰の登り下りがあり、開けた岩峰上から見る景色も爽快で、釜ノ沢五峰の核心部だったようです。
二ノ峰へもクサリを登ります。さほど長くはないものの、途中で進み方に少し悩む箇所があって、ここは登りで良かったと思いました。そう、道を間違えたこと自体は大失敗でしたが、当初の予定とは巡る方向が逆になったことで、2ヶ所あったクサリ場がいずれも登りになったのは、怪我の功名と言えるでしょうか。どちらのクサリ場も、下るのは私にとって決して簡単ではなさそうでした(二ノ峰のクサリ場は迂回路もあったようです)。
二ノ峰の頂上部は三ノ峰よりは手狭で、それなりに楽しめた展望も三ノ峰ほどではなかったようです。ところで、ここにあった石柱が「三ノ峰」となっていたのは、「二ノ峰」の間違いでは?
さらに下ると一ノ峰。ここは明らかにピークではないので、単に岩稜ということで選ばれたのでしょうか?
一ノ峰を少し離れた場所から。「一ノ峰」の石柱が立っているのは、どう見ても斜面の途中でした。
  ※下の写真にマウスを乗せると、石柱の位置を示します。
一ノ峰を過ぎると、あとは下るだけですが、しばらく尾根を進んだのち、右に折れて尾根を外れる地点で、少し進路に迷いました。右折方向の道は明瞭ながら、樹木に付けられた目印の色がそれまでと違っていたのと、直進方向も不明瞭とはいえ、道形があるようにも見えたからです。そこでは先に直進を試み、その先が正しいコースではなさそうなのを確認してから、右の道に入っています。

釜ノ沢五峰の登山口まで下ってきました。あとは武州日野駅までの大半が車道歩きですが、車道が繋がっていない一部区間には山道での峠越えがあり、事前に得ていた情報だと、そこが少々ヤバそうなのが不安でした‥‥。
登山口には長若山荘があり、釜ノ沢五峰のコースは、山荘のご主人が個人で整備をされたものだとのことです。
武州日野駅へ向けて、長い長い車道歩きの始まりです。
しばらく歩いて、釜ノ沢五峰の反対側の登山口を通過します。当初の計画では、ここに下ってくる予定でした。
川の上流方向を目指すため、一貫して登りが続くので、傾斜が緩い車道とはいえ、決して楽には歩けません。

車道から、峠越えの山道に入る地点まで来ました。無事に反対側へ抜けることができるのでしょうか。
ガードレールの端には古い道標があって、かつては問題なく歩かれていた道であることが窺えます。しかし今ではほとんど歩く人もなく、大いに荒れている、というのが事前に得ていた情報でした。果たしてその実態は?
並走する車道で遡ってきた川は、ここまで来ると伏流となっていました。水のない河原を横切って枝沢に入ると、枝沢に沿ってピンクテープの目印が続いていたので、稀には通る人がいるようです。
とはいえ明瞭な道はなく、当面は、落ち枝の散乱などで荒れた沢の中と、脆くて崩れやすい斜面とを見比べて、どちらか少しでも歩きやすいほうを選んで進むのですが、場所ごとに状況が変わるので、沢底と近くの斜面とを何度か行き来しながら進む具合になります。ただ、行く手には越えていくべき峠付近も見えていて、そんなに高そうではないので、多少時間はかかるとしても登るのは問題なさそうだ、と思っていました。
ところがその峠を目前にして、現れた光景に愕然としました。夥しい量の倒木が峠の手前の広範囲に散乱していて、通れそうな場所をどこにも見つけられないのです。ピンクテープが沢の左岸に続いていたから、それを追ってずっと左岸側を登ってきたのに、左岸側から峠を目指すのが到底無理だなんて‥‥。
大量の倒木が峠を埋め尽くした景色は、以前に静岡の日本坂峠でも見たことがありますが、それは台風による自然災害でした。しかしこちらは、伐採した樹木を乱雑に倒したまま放置したもので、明らかに人災です。通る人が稀な登山道は、その存在が認識されていないのかもしれませんが、だとしてもこれは酷い!

それでも全体を俯瞰したところ、右岸側を大きく高巻けば、倒木帯を通らずに峠に出られそうでした。
そこで、少し戻って対岸に渡ってみると、右岸側はただでさえかなりの急斜面なのに、地面はどこもかしこも極めて脆く、足を置いた途端にボロボロ崩れてしまって、高巻きしようにも立ち木など掴まる物がないと身体を引き上げられない状況です。立ち木にしても、そう都合の良い場所にある訳ではないので、掴める物がない所で一か八かで動かざるを得ないような局面もあり、一瞬も気が抜けませんでしたが、なんとか峠にたどり着けました。
峠の反対側は、下り始めると間もなく明瞭な道が現れました。
おかげで、下りは難なく進むことができて、ほどなく車道に迎えられました。これでもう安心です。

長い車道歩きを再開すると、10分少々で柴原温泉付近を通過します。
秩父七湯に数えられ、2軒の温泉宿がある柴原温泉は、秘湯という表現が相応しい静かな佇まいでした。
柴原温泉の先には、またも峠っぽい箇所があって登り坂に。最後まで楽には歩かせてもらえません。

このままずっと車道を歩き続けても構いませんが、ここから山道に入ると、少しだけ近道になります。
その山道は「通行止」となっていますが、問題なく通れるという情報があり、あまり心配していませんでした。
いざ入ってみると、荒れている箇所もなく、むしろ歩きやすい道で、そこそこ歩かれている様子に見えました。
山道区間については、何の問題もなく快適に歩けて、ほどなく舗装された車道に合わさります。
通行止めの根拠はその先にありました。ガードレールが大きく山側に傾くなど、大きな崩落があったようです。
反対側の通行止めの標識は、崩落現場を過ぎたすぐ先にありました。添えられた文面によると、通行止めの措置が3年前(2015年)の7月なので、崩落が起きたのもその頃なのでしょう。それから3年半が経過した今、崩落面は安定しているように見えていて、通過する際に時に危険は感じませんでした。

崩落箇所を過ぎれば、間もなく荒川に架かる日野鷺橋の袂へ。これを渡れば武州日野駅はすぐなのですが‥‥。
その前に近くにある「手打そば 水沢」へちょっと寄り道。この手前で山道を通ってきたのは、単に近道をするだけが目的ではなくて、ここに寄りたかったからなのでした。
半透明のきれいな蕎麦は、コシがしっかりして香り高く、とても美味でした。中途半端な時間だったからか、自分以外に客がいなかったけれど、静かな店内で寛いで食事ができたことも良かったです。

食事を終えたら、今度こそ日野鷺橋を渡ります。橋の上から下流側を眺めると、武甲山が見えていました。
国道140号線に出ます。このあたりも、2008年の札所巡りの時に、ちょうど歩いていたのでした。
ゴールの武州日野駅です。今回はいろいろありましたけれど、無事に歩き終えることができてなによりでした。
次の電車を待つのは私ひとりだけ。ローカル線らしい旅情溢れるホームで、静かに山歩きの余韻に浸りました。

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