SSブログ

般若山・釜ノ沢五峰 [奥武蔵・秩父]

2018/12/01(土)

■第395回 : 般若山(410m)・釜ノ沢五峰(565m)


今回は、先週に続いて、ミニ岩峰を巡る山歩きに出掛けてきました。
この日の行先は秩父で、奥の院が岩山の上にある法性寺(奥の院一帯が般若山と呼ばれている)と、露岩の小ピークがいくつか連なる釜ノ沢五峰という、2つの見所を結んだコースを歩いています。

ただ、釜ノ沢五峰へ向かう途中で道を間違え、登山道から大きく外れた上に、登山道への復帰にまで失敗して、予定通りのコースを歩くことを断念。コースの一部を端折ってリカバリーを図った結果、釜ノ沢五峰は予定とは逆のコースでたどることになって、釜ノ沢五峰に連なるいくつかのピークには行けなくなることに。さらにその後も、登山道が壊滅状態で通過困難な峠の強行突破を余儀なくされるなど、トラブル多めの山行となりました。
※元々見所の多かったコースに、トラブルが加わったりして、今回は写真も文章も多めとなっています。

 累積標高差(登り):955m / 距離:13.0km / 歩行時間:4時間50分 (休憩除く) 
標準タイムは不明(登山地図の収録範囲外) 

(往路)
古淵 05:36-05:58 八王子 06:08-06:44 東飯能
東飯能 06:47-06:48 飯能 07:04-07:42 西武秩父
西武秩父 08:20-08:50 般若の丘前

(登山行程)
般若の丘前バス停 08:50
般若の丘公園   08:55-09:00
法性寺      09:50-10:00
法性寺奥の院   10:25-10:30 (般若山)
   (この間、道迷い2回)
565m峰      11:45
五ノ峰      11:45
三ノ峰      12:00-12:10
釜ノ沢五峰登山口 12:40
柴原温泉     13:40
手打そば 水沢  14:15-14:40
武州日野駅    14:50

(復路)
武州日野 15:02-15:15 御花畑 → 西武秩父 15:38-16:24 東飯能
東飯能 16:36-17:12 八王子 17:20-17:43 古淵


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

西武秩父駅で路線バスに乗り換えようとしたら、なんだか駅前の様子がいつもと違います。少し早めに着いたので、駅舎内の待合室で暖を取りながら外の景色を見ていたら、あれよあれよという間にロータリーが柵で封鎖されて、一般車はおろかバスもタクシーも入れなくなったのです。一体どこでバスに乗れば良いのだろう?
バス停には何かしら案内があるものと思って、バス停の近くまで行ってみても、それらしい掲示は見つからず(というか、多くのバス停には、この時すでに近寄れませんでした)、一旦は途方に暮れかけてしまいました。
でも、確か改札口を出て右手にバスの案内所があったはず、とそこへ行ってみて、やっと状況が分かります。明日からの秩父夜祭に伴い、この日からバス乗り場が移設されていたのでした(秩父夜祭の期間中、駅前ロータリーには多くの出店が所狭しと並ぶようで、その開店準備がもう始まるのでしょう)。
臨時のバス乗り場は、西武観光バスの駐車場内でした。案内が不親切でしたし(ロータリーの封鎖直後で案内が間に合っていなかった可能性はありそう)、駅前から少し歩くので、時間に余裕をみておいて良かったです。実はバスの5分前に駅に着く案もあったのですが、それだと慌てているうちに乗り遅れていたかもしれません。


マイクロバスで運行されて立ち客も出ていた小鹿野町営バスを、般若の丘前で下車します。
般若の丘公園の駐車場前に立っていたこの建物、てっきり公園の施設かと思っていたら、全く関係がなさそうでした。当初は温泉施設として建設されたものが、曲折を経て現在は高齢者向け福祉施設になっているようです。
般若の丘公園には展望台があって、階段には古代海獣の化石発掘をPRする巨大横断幕が掲げられていました。
そしてこの公園は、これから向かう法性寺へのハイキングコースの起点にもなっているのでした。
展望台からの眺めはまずまずですが、まだ標高が低いので、見えているのは近くの名も無い山々が中心でした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。
展望台の先には、ここで化石が発掘された古代海獣パレオパラドキシアの復元模型が屋外展示されていました。


展望台の奥からハイキングコースが始まります。
少し登ったところに休憩舎があって、そこからも展望を楽しめました。
休憩舎からの展望です。先程の展望台よりは30~40mほど高くなって、結構見える範囲が広がりました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
このあたりでは、終盤ながら紅葉も楽しめています。
はじめは木段主体の道で、割としっかりと登らされましたが、尾根に上がると緩やかな区間が多くなりました。
時折こうした案内板や道標が道案内をしてくれて、コースの整備も行き届いていたと感じています。
道は穏やかで歩きやすいですし、周囲の雑木林の雰囲気も良くて、とても気持ちよく歩けます。
小さなアップダウンの繰り返しがしばらく続いたのち、再び現れた木段を登り詰めて行くと‥‥。
ベンチが置かれた地点を通過します。このあたりが、コースのほぼ中間点付近だったようです。
ベンチの先には三角点がありました。
ベンチを過ぎると道は下りが主体。引き続き、この時期らしい色彩に囲まれて気持ち良く進んでいくと‥‥。
ほどなく車道に出てしまって、この先、法性寺までは車道歩きになります。
法性寺の前の通りに出ると、「巡礼道」の標識を発見。2008年に、秩父札所の34箇所全てを歩いて巡ったことが懐かしく思い出されます。札所32番の法性寺には、その時以来10年ぶりの再訪となるのでした。


法性寺に着いたら、立派な山門をくぐって境内へ。
階段を上がると、すぐ上に本堂があります。
札所巡りの時は、きちんと参拝して御朱印も頂いたのですが、この日は軽くお参りするだけで済ませます。
あまり広さはないけれど、良く整った印象の境内をさらに奥へ。
少し登ると、背後の絶壁に張り付くようにしてそそり立つ観音堂が現れます。
観音堂は中に入れるので、まずは外の階段を登って舞台と同じ高さへ。
観音堂の中は土足厳禁だったので靴を脱ぎ、用意されていたスリッパに履き替えて参拝しました。
観音堂の舞台から、本堂のあたりを振り返りました。


大岩の間をすり抜けて、奥の院への道に進むと、ここから先は、ほぼ登山道といった趣の道になりました。
本格的な登り坂に変わった道は、所々で少し険しくなります。登山道としては月並みな険しさですが、奥の院への道ですから寺社巡りの人も入ると思われるので、山道に不慣れだと少々手強い道に感じるのではと思います。
中には、急な岩壁を登るような場所も。岩壁には足場が刻まれていて、階段のような要領で登れるようになっていますが、傾斜が結構きついので、ここはクサリの手摺りも頼って登りました。
本堂のあたりから登ること約20分、岩窟に並んだ石仏の数々を見ると、奥の院はもう間近です。


稜線に上がる手前に、お船観音と大日如来との分岐があります。まずは、低いほうにあるお船観音へ。
左右が切れ落ちた岩尾根に出ると、下った先の突端付近にお船観音が見えてきました。
岩尾根をそろりそろりと歩いて、お船観音に近付いていきます。
お船観音を正面から。
岩尾根の突端付近が最も展望が開けていたので、そこまで行ってお船観音を振り返りました。
お船観音のあたりからは、秩父の山々を見渡すことができました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。


次は大日如来に向けて、下ってきた岩尾根を引き返します。切れ落ちた岩尾根に手すりがないというところが、岩殿山の近くにある稚児落しに似ていて、稚児落しよりも崖の近くを歩く感じです。滑りやすい岩ではなく、またこの日は普段のトレランシューズではなくファイブテンのアプローチシューズで来ていたので、靴底のグリップには絶大な信頼があり、特に緊張はしませんでしたが、雨が降る日や風が強い時には避けたい場所です。
先程の分岐を過ぎてさらに登ると、目の前に現れた鋭く尖った岩峰に、クサリで登るルートが見えてきました。
そこは足場がしっかりしているとはいえ、かなり急で高度感があり、ちょっとドキドキしながら登ります。
しかも岩のてっぺんは狭く、大日如来の前には1人か2人でもう窮屈になるような狭いスペースしかないのに、そこに先客の参拝者がいらしたことで、岩峰の最上部でその方の撤収を待つことになりました。岩峰の上部ではクサリが手すりに代わっていて、その手すりがまた頼りなく(柔らかめの材質なので、重さをかけるとしなる!)、さらにドキドキして待つことに。この写真も岩峰の最上部からです。
先客の方と入れ違いで、岩頭に上がって大日如来の前へ。これ以上離れると落ちてしまう狭さなので、正面からは上半身を撮るのがやっとでした。なお般若山という名前のピークはありませんが、法性寺奥の院の一帯が般若山と呼ばれている(法性寺の山号が般若山だからなのか?)ことを挙げて、「埼玉県の山」がこの付近を般若山と紹介しているのにならい、ここでは大日如来のピーク(標高約410m)を「般若山」として記録しています。
上部の手すりが頼りないことで、参拝後の下りはちょっとスリルがあって、少し変な汗をかかされました。


法性寺奥の院を後にしたら、釜ノ沢五峰へ向かいます。来た道を法性寺まで下って車道を移動する手もありますが、そのまま山道で向かうコースもあるので(5枚前の岩峰を前にした写真が分岐点)、その山道に入ります。
その山道は、整備状況は今ひとつのようでした。あまり歩かれていないのか、道形はやや頼りなく、不明瞭に近い箇所も少なくありません。道標も少ないので、テープなどの目印を頼りに歩く区間が多くなります。どうすれば安全に通れるのか少し悩むような、少々危なっかしい箇所もありました。

しばらく尾根上を進んでいた道は、珍しく道標があった最初の鉄塔の前で尾根を外れて、山腹道に入ります。
次に尾根に上がった地点で、左を向くと2番目の鉄塔がありました。正しい道はこの鉄塔をくぐった先に続いていたらしく、左折するのが正解だったことになります。しかし、右折方向の尾根にテープの目印が続いているのが見え、ここまでもテープを頼りに歩いてきていたので、てっきりそれが道の続きだと思ってしまいました。
なので、一旦は左に進んで鉄塔に近づき、送電線越しに武甲山を眺めたりしていたのですが、この写真を撮り終えたら鉄塔まで行かずに引き返し、何の疑いもなく右折方向の尾根に入ったのです。道間違いの始まりでした。


すると、テープが示す道は尾根上にずっと続いていて、特に歩きにくい箇所もなく、道の雰囲気自体には不審な点が何もありません。所々でやや不明瞭にはなるものの、正しい道を歩いているうちからずっとそういう状況だったので、それは疑う理由にはならなかったのです。
ただ、そのうち下り始めるはずの道が、いつまで経っても登り続けてばかりなのが次第に気になって、開放的なピーク(510m圏峰)に出たところでGPSを確認し、コースから大きく外れていることを認識しました。
でもこの時点ではまだお気楽でした。道を間違えたのが鉄塔の前だと分かっていて、そこへ戻れば正しい道に復帰できると思っていたからです。だから、この日初めて両神山が見られたと、展望を楽しんだりしていました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
が、そうして余裕をぶっこいていたのが大きな誤りだったようです。先程の鉄塔まで戻ろうと、来た道を引き返していたつもりが、最初から全然違う尾根に入っていたことに気付いたのは、かなり下ってからのことでした。
言い訳すると、間違って入った尾根にも、テープの目印と明瞭な道形が続いていたのです。登山道から外れた場所に、そんな道が2つもあるとは思いませんし、道の様子がまた良く似ていたことで、気付くのが遅れました。
それでも、なんだか初めて見る景色のような気がする場所が繰り返し現れるに至って、いくらなんでも変だと再度GPSを確認したら、そもそも下り始めからして間違えていたと分かって、もう愕然としてしまいました。

で、あくまで元の道に戻ろうと登り返したところ、ひとまず510m圏峰まで戻ったら結構な疲労感が。本来なら必要ない登りを、しかも2回も繰り返したのですから、そりゃ余計に疲れますし、時間だってかかっています。
改めて地図を見て、この510m圏峰が、次に巡ろうとしている釜ノ沢五峰の最高点にかなり近付いていることが分かり、これ以上の体力や時間の浪費を避けようという思いもあって(この先にもまだ別の難所が控えていたからでもあります)、当初の予定コースに拘るのをここで諦めて、釜ノ沢五峰に向かってしまうことにしました。


ということで、2度目の510m圏峰から、今度は釜ノ沢五峰へ向けて進みます。するとこの写真のように、相変わらずテープの目印と明瞭な道形に導かれて、歩きにくい所もなく、登山地図の破線コースと比べても遜色ないような道が続きます。早々に、この道が釜ノ沢五峰まで続いていると確信しましたし、その後はいたってスムーズに、まるで何事もなかったようにあっけなく、釜ノ沢五峰を巡る一般登山道にポンと飛び出しました。
出てきたのは、釜ノ沢五峰の五ノ峰の少し奥にあって、五ノ峰よりは少し高い565mのピークです(ここがこの日の最高点にもなったので、この記録では釜ノ沢五峰の標高としてこの地点の標高を使うことにしました)。
釜ノ沢五峰を周回するコースの途中に出てきてしまったので、周回コースのどちらか片側は諦めなければなりません。やはり釜ノ沢五峰自体は巡りたいので、このあとは五ノ峰から一ノ峰へと、予定とは逆コースで下ることにして、釜ノ沢五峰に続いて巡る予定だった中ノ沢ノ頭や竜神山は次の機会へ持ち越すことになりました。


そんな訳で、東へ緩やかに下っていくと、ほどなく五ノ峰に到着です。が、多少盛り上がっている程度で、ピークと呼ぶほどの地形ではなく、すぐ隣の565mピークのほうが五ノ峰で良かったのでは、と感じてしまうような場所でした(でもこの先でガクンと下り始めたので、逆側から登ってくると印象は違ったのかもしれません)。
それに対して、次の四ノ峰は顕著なピークでしたが、険しさはなく普通に歩いて登り下りできています。
三ノ峰へは、ちょっと長いクサリを登り詰めます。傾斜があまりきつくなかったので、登るのは簡単でした。
三ノ峰は展望の良い岩峰でした。岩峰ながら、頂上部には険しさがなく広々としていて、休憩向きの場所です。
釜ノ沢五峰にいる間はほとんど人と会わず、しばらく展望を楽しんでいる間、三ノ峰もずっと私ひとりでした。
三ノ峰では南側が大きく開けていて、奥多摩方面を広く見渡すことができました。標高がさほど高くないため、前の山が重なってしまって、雲取山などの核心部の山々があまり見られなかったのが残念でしたけれど。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
一方、東側の武甲山は樹木の間から覗く具合で、樹木が葉を茂らせている時期だと見られないかもしれません。
五ノ峰の方向を振り返ると、割といい感じに色付いて見えましたが、その中にいるとそうでもなかったような。
さらに下って行くと、再び前方に急な岩壁が立ちはだかりました。三ノ峰から次の二ノ峰にかけてが、クサリ場を伝った岩峰の登り下りがあり、開けた岩峰上から見る景色も爽快で、釜ノ沢五峰の核心部だったようです。
二ノ峰へもクサリを登ります。さほど長くはないものの、途中で進み方に少し悩む箇所があって、ここは登りで良かったと思いました。そう、道を間違えたこと自体は大失敗でしたが、当初の予定とは巡る方向が逆になったことで、2ヶ所あったクサリ場がいずれも登りになったのは、怪我の功名と言えるでしょうか。どちらのクサリ場も、下るのは私にとって決して簡単ではなさそうでした(二ノ峰のクサリ場は迂回路もあったようです)。
二ノ峰の頂上部は三ノ峰よりは手狭で、それなりに楽しめた展望も三ノ峰ほどではなかったようです。ところで、ここにあった石柱が「三ノ峰」となっていたのは、「二ノ峰」の間違いでは?
さらに下ると一ノ峰。ここは明らかにピークではないので、単に岩稜ということで選ばれたのでしょうか?
一ノ峰を少し離れた場所から。「一ノ峰」の石柱が立っているのは、どう見ても斜面の途中でした。
  ※下の写真にマウスを乗せると、石柱の位置を示します。
一ノ峰を過ぎると、あとは下るだけですが、しばらく尾根を進んだのち、右に折れて尾根を外れる地点で、少し進路に迷いました。右折方向の道は明瞭ながら、樹木に付けられた目印の色がそれまでと違っていたのと、直進方向も不明瞭とはいえ、道形があるようにも見えたからです。そこでは先に直進を試み、その先が正しいコースではなさそうなのを確認してから、右の道に入っています。


釜ノ沢五峰の登山口まで下ってきました。あとは武州日野駅までの大半が車道歩きですが、車道が繋がっていない一部区間には山道での峠越えがあり、事前に得ていた情報だと、そこが少々ヤバそうなのが不安でした‥‥。
登山口には長若山荘があり、釜ノ沢五峰のコースは、山荘のご主人が個人で整備をされたものだとのことです。
武州日野駅へ向けて、長い長い車道歩きの始まりです。
しばらく歩いて、釜ノ沢五峰の反対側の登山口を通過します。当初の計画では、ここに下ってくる予定でした。
川の上流方向を目指すため、一貫して登りが続くので、傾斜が緩い車道とはいえ、決して楽には歩けません。


車道から、峠越えの山道に入る地点まで来ました。無事に反対側へ抜けることができるのでしょうか。
ガードレールの端には古い道標があって、かつては問題なく歩かれていた道であることが窺えます。しかし今ではほとんど歩く人もなく、大いに荒れている、というのが事前に得ていた情報でした。果たしてその実態は?
並走する車道で遡ってきた川は、ここまで来ると伏流となっていました。水のない河原を横切って枝沢に入ると、枝沢に沿ってピンクテープの目印が続いていたので、稀には通る人がいるようです。
とはいえ明瞭な道はなく、当面は、落ち枝の散乱などで荒れた沢の中と、脆くて崩れやすい斜面とを見比べて、どちらか少しでも歩きやすいほうを選んで進むのですが、場所ごとに状況が変わるので、沢底と近くの斜面とを何度か行き来しながら進む具合になります。ただ、行く手には越えていくべき峠付近も見えていて、そんなに高そうではないので、多少時間はかかるとしても登るのは問題なさそうだ、と思っていました。
ところがその峠を目前にして、現れた光景に愕然としました。夥しい量の倒木が峠の手前の広範囲に散乱していて、通れそうな場所をどこにも見つけられないのです。ピンクテープが沢の左岸に続いていたから、それを追ってずっと左岸側を登ってきたのに、左岸側から峠を目指すのが到底無理だなんて‥‥。
大量の倒木が峠を埋め尽くした景色は、以前に静岡の日本坂峠でも見たことがありますが、それは台風による自然災害でした。しかしこちらは、伐採した樹木を乱雑に倒したまま放置したもので、明らかに人災です。通る人が稀な登山道は、その存在が認識されていないのかもしれませんが、だとしてもこれは酷い!

それでも全体を俯瞰したところ、右岸側を大きく高巻けば、倒木帯を通らずに峠に出られそうでした。
そこで、少し戻って対岸に渡ってみると、右岸側はただでさえかなりの急斜面なのに、地面はどこもかしこも極めて脆く、足を置いた途端にボロボロ崩れてしまって、高巻きしようにも立ち木など掴まる物がないと身体を引き上げられない状況です。立ち木にしても、そう都合の良い場所にある訳がないので、掴める物がない所で一か八かで動かざるを得ないような局面もあり、一瞬も気が抜けませんでしたが、なんとか峠にたどり着けました。
峠の反対側は、下り始めると間もなく明瞭な道が現れました。
おかげで、下りは難なく進むことができて、ほどなく車道に迎えられました。これでもう安心です。


長い車道歩きを再開すると、10分少々で柴原温泉付近を通過します。
秩父七湯に数えられ、2軒の温泉宿がある柴原温泉は、秘湯という表現が相応しい静かな佇まいでした。
柴原温泉の先には、またも峠っぽい箇所があって登り坂に。最後まで楽には歩かせてもらえません。


このままずっと車道を歩き続けても構いませんが、ここから山道に入ると、少しだけ近道になります。
その山道は「通行止」となっていますが、問題なく通れるという情報があり、あまり心配していませんでした。
いざ入ってみると、荒れている箇所もなく、むしろ歩きやすい道で、そこそこ歩かれている様子に見えました。
山道区間については、何の問題もなく快適に歩けて、ほどなく舗装された車道に合わさります。
通行止めの根拠はその先にありました。ガードレールが大きく山側に傾くなど、大きな崩落があったようです。
反対側の通行止めの標識は、崩落現場を過ぎたすぐ先にありました。添えられた文面によると、通行止めの措置が3年前(2015年)の7月なので、崩落が起きたのもその頃なのでしょう。それから3年半が経過した今、崩落面は安定しているように見えていて、通過する際に時に危険は感じませんでした。


崩落箇所を過ぎれば、間もなく荒川に架かる日野鷺橋の袂へ。これを渡れば武州日野駅はすぐなのですが‥‥。
その前に近くにある「手打そば 水沢」へちょっと寄り道。この手前で山道を通ってきたのは、単に近道をするだけが目的ではなくて、ここに寄りたかったからなのでした。
半透明のきれいな蕎麦は、コシがしっかりして香り高く、とても美味でした。中途半端な時間だったからか、自分以外に客がいなかったけれど、静かな店内で寛いで食事ができたことも良かったです。


食事を終えたら、今度こそ日野鷺橋を渡ります。橋の上から下流側を眺めると、武甲山が見えていました。
国道140号線に出ます。このあたりも、2008年の札所巡りの時に、ちょうど歩いていたのでした。
ゴールの武州日野駅です。今回はいろいろありましたけれど、無事に歩き終えることができてなによりでした。
次の電車を待つのは私ひとりだけ。ローカル線らしい旅情溢れるホームで、静かに山歩きの余韻に浸りました。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:スポーツ