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鳳来寺山 [愛知]

2019/11/30(土)

■第419回 : 鳳来寺山(684m)・瑠璃山(695m)


この日は久しぶりに少し遠出をして、愛知の山へ出掛けてきました。
今回の行先は、1300年前に開かれた霊山で、1425段もの石段を登った中腹に古刹・鳳来寺がある鳳来寺山。山中には三大東照宮の1社を名乗っている鳳来山東照宮(※)もあって、信仰の対象として長い歴史を持つ山です。
※三大東照宮に定説はなく、日光・久能山に自社を加えて三大東照宮と称する東照宮は各地に存在します。
鳳来寺の本堂。背後には鏡岩(屏風岩)の大絶壁も見えている。

そんな訳で、標高も低いからと、観光半分くらいの気分で訪れたら、どうしてどうして、登山道は階段状の急な登下降が多くてなかなかハードでした。さらに頂上部を周回するコースに入れば、アップダウンの多い尾根道は歩き応えが十分で、大パノラマが広がる展望地も点在するなど、山歩きの楽しさを存分に味わえています。

(往路)
古淵 05:57-06:21 新横浜 06:46-07:58 豊橋
豊橋 08:11-09:30 三河大野

(登山行程)
三河大野駅  09:35
湯谷峠    10:25
東照宮    11:10-11:15
鷹打場    11:40
天狗岩    12:10-12:20
鳳来寺山   12:35
瑠璃山    12:40-12:45
鳳来寺山   12:50-12:55
鳳来寺    13:20-13:30
鳳来寺バス停 14:15

(復路)
鳳来寺 14:38-14:46 本長篠 15:12-16:16 豊橋
豊橋 16:35-18:07 小田原 18:15-19:11 相模大野
相模大野 19:20-19:30 大沼


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

豊橋で東海道新幹線から飯田線に乗り換えて、三河大野駅で下車します。飯田線は2014年の陣馬形山以来で久々ですが、これまでの利用は北部ばかり(岡谷乗り換え)だったので、南部への乗車は今回が初めてでした。
線路の近くを少し歩いて、踏切の前まで来たところで、東海自然歩道と合わさりました。ここからは、東海自然歩道にもなっているコースで鳳来寺山へと登ります。
踏切を渡ってすぐのT字路で、山の中へと入っていく道が分岐しました。

でもその道は、しばらくは車道のままで、ほとんど勾配のない沢沿いを緩やかに登っていきます。
道路脇にはたびたび丁石が見られたので(上の写真でも右下に)、古くから良く歩かれていた道なのでしょう。
道には舗装された箇所も少なくなく、山道の趣は全くありません。勾配が緩くて楽に歩けるのだけが救いです。
そんな道を20分以上歩いた頃に、やっと車道の終点に達して、いよいよここから山道を歩けるようです。
山道を歩き始めた直後に、十七丁の丁石が現れました。従って最初の十六丁までは車道だったことになります。

ようやく歩けるようになった山道なのに、路面が少々荒れ気味であまり歩きやすくはありません。
おまけに路上に散乱する大小の石には苔生しているものも多く、雨後などには滑りやすくなりそうでした。
山道に変わってから20分ほどで湯谷峠に到着。ここで湯谷温泉から登ってくる裏参道が合わさりました。

湯谷峠の先では、2回ほど車道を歩道橋で跨ぎます。1回目の歩道橋の周囲では見納めの紅葉が見られました。
次第に登山道には、石段などのやや急な登りの箇所が増えていきます。
2回目の歩道橋です。ここでも紅葉が見られたのですが、この写真ではくすんだ発色になってしまいました。
2回目の歩道橋のすぐ先には行者越の標識が。このあたりの岩場が、かつてこの参道の最大の難所だったとか。
でも現在は桟道などが設置されて、難なく通れるようになっていました。道が細くなったり少々険しく感じる箇所も一部にはあったものの、そうした一帯を抜けると再び穏やかな道に戻ります。
鳳来寺山パークウェイの駐車場へ下る分岐がありました。ここまで全く人に会わずに来て、ずっと登山道が静かだったのに対して、駐車場の方角から盛んに人声が聞こえるようになったので、車で来ている人は多そうです。
その後もしばらく登り坂が続いたと思ったら‥‥。
今度はガクンと下り始めました。思いのほか大きく下ります。
結局、道路まで下ってきたので、先程の分岐から駐車場に向かえば、余計なアップダウンを避けられたのかな。

多くの観光客が行き来していた道路を少しだけ歩いて、鳳来山東照宮への石段まで来ました。
東照宮へのお参りは、このように順番待ちでした。紅葉は見頃を過ぎて終盤だったとはいえ、今週末までが「鳳来寺山もみじまつり」の開催期間なので、たぶん普段よりも賑わっていたのでしょう。
参拝後は、社務所の横を抜けて「自然観察路」へ。東照宮から先は、鳳来寺を経て鳳来寺山へ登る最短コースが東海自然歩道の本線になっているほか、鷹打場や天狗岩なとを経由して遠回りで鳳来寺山へ向かう自然観察路も東海自然歩道のサブコースに設定されていて、その両方を合わせると頂上部の周回コースが組めるのです。

自然観察路を登り始めたあたりから、鳳来山東照宮を振り返りました。さすがに観光客はこちらには入ってこないけれど、ハイカーとはこの先もしばしばすれ違うことになります。
急峻な岩山だけに、登山道も岩混じりの箇所が増えますが、道がうまく付けられて特段の険しさはありません。
急な登りが随所に現れるようになっても、木段などが良く整備されていて、歩きにくいところもなかったです。
ただ、登り一辺倒ではなく、小さなアップダウンを何度かしつつ進むので、体力的には少し余計に消耗が‥‥。

鷹打場への分岐点まで来ました。
ここから展望地である鷹打場への枝道が分かれるので、そこに入ります。
結構下るものと覚悟していたら、軽く下った程度で展望地に着いたので、少しホッとしました。
ここが鷹打場です。露岩の上に立つと180度近い展望があって、さすがにこういう場所は人が多かったですね。
鷹打場の先端はこんな感じ。滑らない岩で足元に不安はないけれど、バッサリ切れ落ちていて高度感たっぷり。
鷹打場から、少し振り返る具合に眺めた鳳来寺山。あと1時間もすれば、あの上に立っていることでしょう。
そして、鷹打場の先に広がる展望がこちら。あまりに馴染みのない山域ですし、知名度の高い山も少ないゆえに、山名を添えるのは省略しますが、左端に見えていたのは南アルプス最南部の黒法師岳などだったようです。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。

元の道に戻ってさらに先へ進むと、引き続き断続的に急な登りが現れます。
その合間には穏やかな道もあったりして、時には少し紅葉を楽しめた箇所も。
小刻みなアップダウンの連続で、次第に疲れが溜まってきたのか、木段の急登がだんだん苦しくなってきます。
南アルプスが望めるらしいので、道を外れて矢印のほうに出てみると‥‥。
南アルプスの最南部あたりが、先程までいた鷹打場からよりも、さらにスッキリと眺められた感じでした。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します。
そして南側には浜松のアクトタワーがしっかりと見えていました。その先には太平洋が広がっているはず。

展望地のすぐ先が、休憩所にもなっている天狗岩でした。
天狗岩に建っていた休憩舎は、良く見てみると荒廃が進んでいて結構ボロボロです。
屋根は崩れかけ、柱も一部欠けていて、中に入れないようロープが張られ、皆さん建物の周りで休憩中でした。
天狗岩からの展望は、目立った山があまりない南側が中心のこんな眺めでした。真ん中あたりに写っているのが、2017年に歩いた湖西連峰で、右のほうで大きく見えているのは本宮山です。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。

天狗岩を過ぎても、まだまだアップダウンは続きます。
そして露岩帯の急登に入ると、そこから鳳来寺山への最後の登りが始まりました。最後の頑張り所です。
鳳来寺山に到着したら、この時は人が多めで、満足に写真も撮れなければ空いているベンチもありません。展望のない地味な場所でもあり、近くにもう少し高い場所もあるので、先にそちらに行ってみることにしました。
ということで、棚山高原への縦走路へ少しだけ足を伸ばします。途中で脇を通るこの岩塔が、この一帯の最高峰だった(このあとに着く瑠璃山よりも高かった)ような気がしましたが、実際のところはどうなのでしょうか。

瑠璃山に着きました。一般的に、この一帯の最高点とされている地点です。
ここにも何人もの先客がいて、さすがにいいポジションは占有されちゃっていました。それは仕方ないとしても、後から来た人が撮る写真にいちいち写り込むようになることを、全く意に介さないんでしょうか。
瑠璃山では、かなり広角のパノラマを楽しめました。こちらは北東側で、なんだか白く輝くピークが見えていたのに気付きながらも、その時はそれがどの山なのか見当が付かなかったのですが、帰宅後にカシミールで確認したら北岳など南アルプスの北部まで見えていたのでした。現地でもっと感動しておきたかった‥‥。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
続いて、上の写真の右に連なる東側の展望です。こちらは地味な山が多くて、山名を入れるのは省略しました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。
1枚目のパノラマに写っている範囲のうち、南アルプスの北部あたりを少し大きくして撮ってみました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

展望を楽しんで、鳳来寺山に戻ってくると、先程よりも少し人が減って、写真が撮りやすくなっていました。
ベンチにも空きが見つかったので、こちらで少し休んでいます。

休憩を終えて鳳来寺山から下って行くと、ほどなく休憩所の脇を通過していきます。
もう少し下ったところにある奥ノ院は、すでに大半が崩壊し、残っている部分も損傷が酷くて無残な姿でした。
さらにしばらく下り続けて、不動堂の前を通ります。湧き水がチョロチョロと小さな池に落ちていました。
登山道はと言えば、なかなか急な岩道が続きます。岩場の多くが階段状になっているのをはじめ、全体を通して普通に二足歩行できるようになっていて、技術的な難しさはありませんが、特に後半は急降下の連続でした。
途中には何度か急勾配の鉄階段も。下るだけでも結構手強かったので、登るのはさぞかし苦しいことでしょう。

鳳来寺の旧本堂まで降りてくると、急だった山道は終わって参道の石段に迎えられます。
そして間もなく、鳳来寺の本堂前へ。幸運にも、たまたま人が入らないタイミングでシャッターを押せました。
鳳来寺本堂の背後には、鏡岩(屏風岩)の大絶壁が迫ります。先程までそのすぐ近くを下っていたのでした。
本堂の前はちょっとした広場になっていて、大きな休憩舎も建っていました。中で腰掛けて休んでいきます。

鳳来寺を後にしたら、1425段あるという表参道の石段へ。
これだけ石段が続く景色なんて、なかなかないのでは。良くもまぁ人力でこれだけのものを作ったものです。
所々に段数の標識が立っていました。まだ半分も下りていないのか‥‥。
石段もやっと後半戦へ突入です。なお、石段ばかりが連続している訳ではなく、その途中でしばしば平坦な区間が現れたりもするので、少なくとも下るのはそんなに苦ではありませんでした。
推定樹齢800年といわれる傘杉が現れれば、石段も終盤です。
傘杉の高さは約60mあって、かつては樹高日本一とされていました。少し離れても全体が写真に収まりません。
赤い橋が現れると、その先に見えてきたのが仁王門です。
仁王門を正面から。鳳来寺や東照宮への参道にあるだけに、仁王門もそれらに見合った荘厳な構えでした。
ほどなく前方の景色に変化が。森の中を抜けると同時に、石段も終わりになるようです。
石段をすべて下り終えて振り返りました。次に来た時はここを登りたいかというと、ううん‥‥(以下略)。

道は車道に変わって、あとはのんびりと歩くだけです。
麓まで下ってくると、紅葉はまだまだ見頃でした。
土産物店が軒を連ねる、門前町らしい風情が残る町並みを抜けて、広い道に出たところに鳳来寺バス停があります。ちょうど「鳳来寺山もみじまつり」期間中の土休日に運行される、鳳来寺山頂(パークウェイの駐車場)からの便が来る時間でしたが、山頂からの乗客は数えるほどで、ここからも私を含めて3人が乗っただけでした。
バスは「本長篠駅前」行きですが、終点はとても駅前とは呼べない場所にあって、駅まで少し歩かされます。
最後は本長篠駅で、日中は1時間に1本の電車を待ちます。やって来たのは、なんと朝の9時半前に上諏訪駅を発車して、約7時間かけて豊橋までの200km超を走る、今や数少なくなった長距離普通列車でした。

タグ:愛知
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表示されない画像がある時は‥‥ [雑感]

2019/11/22(金)

表示されない画像がある時は‥‥

過去の記事をたまに振り返って見ていると、下図のように、表示されていない画像がある時があります。
  (どの画像がそうなるかは毎回気まぐれで、1つの記事に、このような画像が複数あることもザラです)


このような時は、画像不表示のアイコンにマウスを当てて、右クリックすると下図のようにサブウインドウが出てくるので(Chromeの場合)、一番上の「画像を読み込む」を選ぶと、ちゃんと表示されるようになります。
  ※IEの場合も操作は同様で「画像の表示(H)」を選びます。


ただし、この「画像を読み込む」操作をすれば、必ずすぐに画像が表示されるかというそうでもなくて‥‥
  ・この操作を1回行うだけで表示されるケースが多いのは確か
  ・でも、同じ操作を3~4回繰り返さないと表示されないケースも少なくない
  ・時には、この操作を延々と繰り返さないと(20~30回とか)表示されないこともある
    (それでもいつかは必ず表示され、何十回やっても最後まで表示できなかったことは今のところない)
といった具合です。

基本的に、全ての記事は登録時に画像が漏れなく表示されることを確認しており、一度登録した画像の削除も全く行っていないため、記事中の全ての画像はきちんと表示できる状況にあるはずなのです。
もしもご覧になった記事の中に表示されていない画像があった場合は、お手数ですが上記のような対処を行って頂ければと思います。画像自体はちゃんと登録されていますので。

なお経験的には、
  ・比較的新しい記事では、表示されない画像は少ない
  ・比較的古い記事ほど、表示されない画像が多くなる
という傾向があるようです。

記事登録時に正しく表示されるのを確認している以上(また表示されていない時でも上記の対処で表示されるようになる以上)、記事の書き方に問題があるとは思われず、筆者側でできる対策はちょっと思い付きません。
かといって、ネットを検索しても同じような事象を訴える記事は見当たらないようで、So-netのブログで普遍的に起きている現象というわけでもなさそうなのが謎です。折を見てSo-netに問い合わせてみるしかないのかな。
タグ:雑感
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万六ノ頭・連行峰・茅丸・生藤山・熊倉山 [高尾・陣馬]

2019/11/16(土)

■第418回 : 万六ノ頭(883m)・茅丸(1019m)・生藤山(990m)・熊倉山(966m)


この日の行先は、生藤山とその界隈です。生藤山・茅丸・連行峰という3つのピークを巡るのはもう3回目ですが、登りは万六尾根、下りは軍刀利神社の3社を経る道と、前後にはともに初めて歩くコースを選びました。

ところで、9月~10月にかけての強烈な台風をはじめとする豪雨の影響で、ホームグラウンドとする丹沢・高尾・奥多摩・秩父の各地域では、登山道にも深刻な被害が相当数発生するなど、行先選びが難しくなっています。
今回のコースでは、生藤山周辺の尾根上と軍刀利神社への下りは大丈夫そうだったものの、登る予定の万六尾根は直近の情報に乏しく、唯一得られた情報が倒木や崩壊が複数箇所あるとしていて、コースを変更すべきか少々迷いましたが、現状が的確に記述されていた情報源のお陰で、想定内の対処で無事に歩くことができています。

(往路)
古淵 05:36-05:58 八王子 06:08-06:23 拝島
拝島 06:26-06:44 武蔵五日市 07:10-07:44 柏木野

(登山行程)
柏木野バス停   07:50
万六ノ頭     09:25-09:35
連行峰      10:40-10:50
茅丸       11:05-11:10
生藤山      11:25-11:35
三国山      11:40-12:00
軍刀利神社元社  12:10
熊倉山      12:25-12:40
軍刀利神社元社  12:50
軍刀利神社奥ノ院 13:10
軍刀利神社    13:15-13:40
井戸バス停    14:00

(復路)
井戸 14:31-14:55 上野原 15:06-15:24 高尾
高尾 15:31-15:37 八王子 16:00-16:23 古淵


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

武蔵五日市駅から乗ったバスを柏木野で降りて歩き始めます。駅前ではさほど寒さを感じなかったのに、ここまで来ると空気がかなり冷たくなっていて、今シーズン初めて吐く息が白くなるのを見て少し驚かされました。
柏木野バス停のすぐ先で、民家の間へと下りていく細道の入口に道標が立っていました。
ちょうどこのエリアで、今週の月曜~金曜にシカの捕獲調査が実施されたとのこと。これは良い兆しかも!
冒頭でも書いた通り、今回歩く道の豪雨後の状況を予め確認しようとしても、これから歩く万六尾根については直近の情報に乏しくて、最大手SNSのヤマレコでも新しい記録は1件も見つからないという困った状況でした。
さらに探すと、ヤマケイオンラインに11/4の記録が1件だけ見つかり、それによると、登山口付近に数箇所の倒木や崩壊が集中して存在するものの、通過できる程度のものであるらしい。それを見て決行の判断をしたのですが、山仕事の人が今週毎日のように入っていたのなら、倒木などがすっかり処理されているかもしれません。
民家の間を抜けた道は、すぐに小さな橋を渡って、山の中へと入っていきます。このコースは、バスを降りたらものの2~3分で、すぐさま山道を歩き始められるのでした。

期待もむなしく、山道を登り始めると間もなく、ネット上の写真で見ていた通りの光景が現れました。倒木は未処理のままだったのです。ここは幸いに、道を塞ぐのが割と細い枝ばかりで、それらを乗り越えて突破します。
その直後、畳みかけるように次の倒木が出現。ここは枝と枝の間をかいくぐるようにして抜けていきます。
間髪をいれず、今度は斜面が道ごと崩れた箇所が。でも崩れ方が小規模なので、ここは割と普通に歩けました。
そしてすぐ先には、また次の倒木です。ここは倒木を避けて、斜面の下側をわずかに迂回しました。
結果的に、登山道の被害は立て続けに現れたこの4箇所だけで、11/4の記録にある状況と変わっていない模様。いずれも影響は軽度で、特に難しいことをする必要はなく、また危なっかしい思いもせずに通過できました。

その後はもう、豪雨の影響が感じられるような箇所が現れることはなく、落ち着いて歩けるようになります。
道はほぼ一定の傾斜が保たれていて、楽に登ることができました。勾配が急に感じる箇所も、段差が生じる箇所もない素直な坂道で、とても歩きやすかったです。景色がずっと植林なのが、ちょっとアレですけれど。
西向きの斜面を進むため、しばらく日陰の道が続いたのち、かなり登って、やっと日が差す高さに達しました。

小1時間ほど、地味に西向きの斜面を登り続けた道は、ここで尾根に上がって左へ進みます。
尾根に上がって左折した直後に振り返りました。逆コースで下る場合は、ここで尾根から外れて右に折れるのですが、そのまま尾根を直進する踏み跡もあったために、そのことが分かりにくくなっていたように思われます。
一応は道標があるものの、「柏木野バス停→」という指示標は外れて地面に落ちている状況。この時は落ちた指示標が、辛うじて右折方向を指していたけれど、いつ来ても同じ向きに置かれているという保証はないしなぁ。
仮に下山時に誤ってここを直進すると、その先で道はわずかながら登り返しとなります。だから一貫して下って来た尾根道が、もし登りに変わってしまったら、その時は下降点を通り過ぎたと思ったほうが良さそう。
尾根上は時折雑木を交えた森になります。でも、もう紅葉は過ぎてしまったのか、それとも天候不順で上手く色付かなかったのか、頭上にはくすんだ色合いの葉が残るばかりで、落ち葉を踏み締めながら登っていきます。
途中には傾斜が緩んで平坦に近い一帯も。植林でなければ気持ち良さそうな景色が広がりそうなのが残念です。

ほどなく、尾根を外れて斜面のトラバースが始まりました。万六ノ頭を巻くあたりに差し掛かったようです。
しばらく続いたトラバースから、ここで尾根に復帰します。登山道は、道標の通り道なりに直進しますが‥‥。
巻いてしまった万六ノ頭を踏んでいこうと、左後方に鋭角に折れて、道標の背後の斜面に入ります。
道標の地点から万六ノ頭までは、薄い踏み跡が続いていました。以前は登山道が万六ノ頭を巻かずに頂上を通っていたので、その頃の名残なのか、それとも、今でもそれなりに歩かれているからでしょうか。

軽く登っていくと、なにやら標識らしい物が見えてきました。万六ノ頭に着いたようです。
万六ノ頭の頂上です。樹木に囲まれて展望はなく、地味な地点ではあるものの、樹木が疎らなおかげで程々の広さを感じられて落ち着いた雰囲気ですし、写っている標識類のほかには人工物もない、好ましい場所でした。
山名標は、いずれも私製のものが2つありました。

元の道に戻って、丈の低いササの中に続く穏やかな道を進みます。
鞍部まで下って登り坂に変わると、万六ノ頭までの登りにはなかった、少し急な箇所も現れるようになります。
湯場ノ頭(927m)の付近を過ぎると、道は再び下り坂に。湯場ノ頭のピークがどの地点だったのかは分からずじまいで、一番高かったあたりを少し行き来してみても、山名標はどこにも見当たらないようでした。
連行峰へ向けての登りが始まると、傾斜はいっそう急になって、少々苦しい区間でした。
道の傾斜が収まってササが深くなると、間もなく連行峰に到着です。

連行峰に着きました。ここも展望のない地味なピークです。ここまで、自分以外に誰もいない中を静かに歩いて来ましたが、さすがに生藤山と陣馬山を結ぶ縦走路上は歩く人も多く、次々に登山者と会うようになりました。
連行峰から先へ進むと、時折ほんのりと色付いた木々を見られるようになりました。
連行峰から三国山までの間は、茅丸と生藤山が鋭く尖っているのを除けば、残りの大半は穏やかな尾根道が占めています。景色もこんなふうにゆったりとした感じなので、とても気持ち良く歩ける区間です。鋭鋒の2座にはともに巻き道もあるので、ピークにこだわらなければ、三国山まで楽に歩くこともできるでしょう。

茅丸の直下まで来ると、尾根通しに頂上を踏んでいく道と、巻き道とに分かれます。
茅丸はこの日の最高点でもあるので、迷わず尾根道へ進むと、尖ったピークだけに急な木段の連続となります。
木段を登る途中では、この日見た中で発色が一番鮮やかだった紅葉を少し楽しめました。
茅丸の頂上は狭くて、登山者が5~6人も居合わせると窮屈に感じてしまいそうですが、この時は無人でした。
頂上標柱とベンチです。
茅丸は旧藤野町の十五名山だったので、その標柱も。ところで、前に来た時はこの方向に少し展望があったはずなのに、樹木が成長してしまったからか、今となっては見られる景色がほとんどなくなっていました。
茅丸の反対側も急な木段になっていて、そこを下っていきます。
ほどなく巻き道が合わさってきて、ここからは再び穏やかな尾根道に戻りました。

尾根道を少し進むと、道がかなり細くなったあたりの先に‥‥。
今度は生藤山の、頂上へ行く道と巻き道との分岐点で、ここももちろん頂上に向かいます。
生藤山の東側斜面は、頂上直下が急な岩道になっていて、ところどころ手も使って登っていきます。
さほど長くは続きませんが、少し険しい箇所もあるので、もしここを下りに取る時は要注意でしょう。
生藤山に着きました。ここもさほど広い頂上ではなく、2組のグループが先着していたりして、全体の写真はうまく撮れませんでした。しかも、のちに大団体がやってきて、ほとんど追い出されるような形になるのです。
頂上標柱も、もう少し違う角度から撮りたかったのですが、まぁ人気のある山域なのでこれは仕方ないですね。
ここにも旧藤野町十五名山の標柱がありました。手前は本日のコース上で唯一見られた三角点です。
生藤山も、以前はもう少し展望が良かった気がしますが、現在開けているのは富士山の方角だけでした。
富士山をアップにしてみました。富士山の左側の稜線を遮っているのは御正体山で、富士山正面やや右寄りの手前には鹿留山から杓子山への稜線がうっすらと見えています。

生藤山の西側もガクンと下る形になりますが、東側ほど急ではなく、特段の険しさもありません。
巻き道を合わせたら、生藤山と三国山はすぐ隣り合わせなので、あっという間に‥‥。
三国山に到着です。名前が示している通り、ここが東京・神奈川・山梨の3都県の都県境になっています。
三国山にはテーブルとベンチがセットで設置されていて、大人数での休憩にも向いているでしょう。
三国山からは、狭い範囲ながら西側の山々を眺められました。以下の2枚に写っているのは連続したエリアですが、同じ地点から1度に見渡すことはできなかったので、2枚に分かれています。
  ※下の2枚の写真は、マウスを乗せると山名ガイドを表示します。

三国山からは、笹尾根の縦走路に入って熊倉山に向かい、そこから引き返すようにして軍刀利神社の3つの社を巡りながら、バス停のある井戸へと下ります。まず三国山からガクンと下ると、軍刀利神社へ下る道の分岐点に出ました。ここを一旦は直進して、熊倉山まで往復して戻ってきたら、その下山路に入る予定です。
三国山と熊倉山の間は、2つの小ピークを越えて行く道のりで、最初の小ピークの手前は少し長い木段でした。
木段を登り切ったところに、軍刀利神社の元社があります。
元社には小さな社があるだけですが、現在は山麓に本殿がある軍刀利神社の起源がこの地点なのでしょう。
元社の正面からは、奥ノ院へ下る道がありました。あとでここから下れば近道になりそうですが‥‥。
道の様子を窺うと、あまり歩かれてなさそうで怪しげだったので、今回はこの道を見送ることにしました。

2つ目の小ピークを越えて、穏やかな景色の中を心地良く歩いていくと、前方に熊倉山が見えてきました。
熊倉山の頂上は、樹木に囲まれてこぢんまりとしていながら、上空が大きく開けた明るく開放的な場所です。
山名標はなく、山名といえば道標の標柱下部に現在地名として書かれていたものだけでした。
熊倉山では、樹木越しに南側を眺められて、見えていたのは丹沢の山々でした。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します。

熊倉山を後にしたら、来た道を引き返します。軍刀利神社元社の前では、奥ノ院へ直接下る道を見送りました。
三国山手前の分岐点まで戻ってきたら、ここから奥ノ院へと下ります。
この小さな道標は、上の写真の真ん中に一応写っているものの、陰になっていて判別不能だったので、改めて。
奥ノ院への道は、トラバース状の細い道で、路面が不安定な箇所も少なくなく、足元に注意が必要でした。
このあたりなどは、落ち葉が完全に道を覆い隠していて、路面の様子が良く分かりません。しかも、全般的にか細い道に終始するため、もし対向者が現れたらすれ違いに困りそうな状況が続きました。
三国山の南側から下ってきた道を合わせると、以降はトラバース道ではなくなって歩きやすくなりました。

ジグザグ道を快調に下ると、ほどなく沢沿いに出て、さらに少し下ったところが軍刀利神社の奥ノ院です。
奥ノ院の前ではカツラの巨木が荘厳な空気感を醸し出していました。
とにかく、この立派すぎる幹周りには目を見張るものがあります。推定樹齢は約500年だとか。
奥ノ院の前の橋を渡り、その先にあった鳥居をくぐると‥‥。
そこからは車道のような道に変わってしまって、もう山歩きの趣はなくなりました。

車道のような道をしばらく下っていくと、次の鳥居が現れる頃には、もうその建物が見えてきていました。
軍刀利神社の拝殿です。日本武尊を祭神とし、500年の歴史をもつ神社として、良く知られているらしい。
手水舎と境内入口付近の様子です。
額殿には大きな木刀が掛けられていました。
車道へと下る石段は、長くてなかなかの急勾配です。普段から山道を歩き慣れている人がひるむほどではないけれど、一般の参拝者には結構手強いのではないでしょうか。
下ってきた石段を振り返りました。

軍刀利神社の石段前までは舗装された車道が延びてきていて、あとは車道歩きになります。
やがて道は集落の中へと入り、2車線の道路に出ると、生藤山から見て以来の富士山が見えてきました。
再び富士山をアップで。午後なのでやや霞んでいた上、雲も出ていてスッキリした見え方ではなかったけれど。
集落内の車道からは、富士山とともに、西側の山々を眺められました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
最後は井戸バス停で、上野原駅行きのバスを待ちます。
井戸バス停は待合所付き。てっきりここで、のんびり座って待っていられるものとばかり思っていたら、生藤山で鉢合わせした大団体がここでもほぼ同着となり(この写真の右端に姿が小さく写っている)、落ち着かない雰囲気になるのが目に見えていたので、ザックを置いたら少し離れた場所に移動して時間を潰しています。

タグ:高尾・陣馬
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