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竜爪山 [静岡]

2018/12/08(土)

■第396回 : 竜爪山(薬師岳(1051m)・文珠岳(1040m)


今回は静岡の竜爪山に登ってきました。古くから山岳信仰の場として修行者に登られていた山で、静岡市内からのアクセスが良く手軽に登れることから、現在も静岡市やその近郊から多くの登山者が訪れる人気の山です。

様々なコースがある竜爪山。登りは平山バス停を起点に、歴史が古く今でも最も一般的な旧道を選んでいます。
一方の下りは途中で一般登山道を外れて、桜峠を経て麻機バス停までの少々長いコースを歩きましたが、こちらはあまり歩かれていないのか、細々とした道が続き道案内も手薄で、バリエーションルートに近い印象でした。

(往路)
古淵 04:45-04:49 町田 05:05-06:06 小田原
小田原 06:22-06:45 熱海 06:49-08:05 静岡
静岡駅前 08:15-08:58 平山

(登山行程)
平山バス停   09:00
旧道登山口   09:45
穂積神社    10:40-10:45
竜爪山(薬師岳) 11:25-11:30
竜爪山(文珠岳) 11:40-11:55
若山北分岐   12:30
632m三角点   12:55
桜峠登山口   14:00
麻機バス停   14:15

(復路)
麻機 14:22-14:46 新静岡(伝馬町)
静岡 15:23-16:41 熱海 16:46-17:08 小田原
小田原 17:16-18:11 相模大野 18:30-18:45 南警察署前


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

静岡駅でバスに乗り換えます。今回は新幹線には乗らず、往復ともに在来線を利用して来ました。
平山バス停からスタート。同じバスからは、私のほかに4~5人の登山者が一緒に降りました。

バス停から歩き始めるとすぐに公衆トイレがあり、有難く利用させて頂きます。道路に面した側の壁には、双耳峰の竜爪山をあしらったイラストがデザインされていました。
数分も歩けば人家はなくなります。それでもしばしば車が抜いていくのは、登山者を乗せた車だからでしょう。
かなり歩いてからも、道の両脇や陽当たりの良さそうな斜面には、茶畑が見られました。
駐車車両を見掛けるようになると、間もなく登山口です。

旧道の登山口に着きました。停められている車の台数からも、この山の人気が窺えます。
穂積神社の鳥居をくぐって登山道に入ります。
案内図と案内文によると、登山道脇には古い丁石が残されているようです。穂積神社の手前が三十丁となっているのに対して、そこまでの距離は2kmにも満たないので、割と短い間隔で丁石を見ることになりそう。

登山道を歩き始めてすぐに現れたこの標柱によると、丁石は三十六丁までが正しいようです。
早速、思っていた通りに次々と、道の脇には丁石が現れるようになります。ただ、どれも比較的新しいものに見えて、想像していたような古めかしいものがなかったのは期待外れでしたけれど。
序盤の登山道は割と急で、露岩帯の通過もしばしばですが、手を添える必要があるような箇所は限られました。
時折、近くにある滝への案内が現れますが、この先が長丁場ということもあり、今回はどれも見送りました。
十七丁を過ぎ、次の十八丁が折り返し点だからと気をつけていたのに見逃してしまい、気付いたら十九丁でした。穂積神社は竜爪山を2/3ほど登った所にあるので、これで全体の1/3ほどを登った勘定でしょうか。
急登が続いた序盤に対して、中盤に入ってからは穏やかな傾斜の箇所も多くなります。二十六丁まで登ったところで、右手から新道が合わさりました。
穂積神社までの道のりの終盤では、ところどころで再び急な登りを交えるようになりました。

穂積神社に着きました。実はここまで車で上がることもできるのです。でもこの時は、地元の方らしい十数名の方々が集まって境内の清掃をしておられたので、停められていた車もその方々のものが多かったのかもしれません。また写真には入っていませんが、社務所の隣には公衆トイレと飲み物の自動販売機がありました。
参拝後、境内のベンチで少し息を整えたら、穂積神社の裏から竜爪山への登山道に入ります。穂積神社から先は東海自然歩道のコースと重なるので、道標なども東海自然歩道のものになりました。

はじめ穏やかだった道は、途中から一転して急階段の連続になります。しかしここで、「静岡県の山」に階段道と山腹道の2つがあると書かれていたのを思い出し、よく見ると直進する踏み跡があったので、それが山腹道に違いありません。道標が鉄階段しか案内していないのが少し不安でしたが、その山腹道を追うことにしました。
その道は、細いながらもきちんと続いていて、倒木も処理されているなど、一応は人の手が入っている様子です。それなりに急にはなったものの、ジグザグ状の登りで、傾斜も鉄階段よりは随分マシだったのではないかと。
しばらくすると鉄階段が見えてきて、合流するのかと思ったら、ここではニアミスしただけで、再び離れます。
ところがこの先は、ジグザグ道もいっそう急になり、道が細いこともあって歩きにくい箇所も現れるなど、少なくとも下り向きの道ではなくなります。道標がこの道を案内していない理由も、このあたりにありそうでした。
次に鉄階段と接近したら、今度はそのまま合流しました。
合流点から鉄階段を見下ろすと、急な階段が延々と続いていて、やはりここは避けて正解だったと思いました。
しかし階段地獄はまだ道半ばだったようで、その先にも木段がずっと続いていました。いくら登っても全然終わらないのでげっそりしますし、丸太2本分くらいの大きな段差がある所も少なくなく、かなり苦しい登りです。
そんな中、唯一励みになったのがこの標識でした。あと50m耐えれば、階段から解放されるのか!

頂上直下まで来ると薬師岳北展望地があって、ここで俵峰からの道を合わせました。
展望地では、せっかく富士山が見られそうな方角が開けていたのに、見られた景色はご覧の通り。基本的に良く晴れていたこの日も、なぜか登頂前後の時間帯だけは雲が多くて、展望に関しては残念な結果となりました。
木段は展望地までで終わり、最後の最後だけは、すこぶる緩やかな道になりました。

薬師岳に到着しました。樹木に囲まれて全く展望はありませんが、ここが竜爪山の最高点になります。
お団子型の山名標識も、最高点のこちらにありました。
展望がないからか素通りの人が多い中、最高点に敬意を表して、誰もいないベンチで少し過ごしていきました。

薬師岳から文珠岳へは、一度ガクンと下ります。
登り返しはまたしても木段。でもここは、さほど長いものではありませんでした。

薬師岳から10分ほどで、文珠岳に到着です。標高では薬師岳に10mほど劣りますが、展望が良いからなのか、一等三角点はこちらの文珠岳に設置されていました。
頂上の標識は2種類ありました。ネット上では「文殊岳」の表記も良く見ますが、正しくは「文珠岳」ですね。
開けた南東側にはいくつものベンチが置かれ、多くの登山者が休んでいて、その先には海が見えていました。
南東側の展望を少し大きめに。手前に見えているのは清水港と三保松原あたりで、駿河湾を挟んだ先には伊豆半島が確認できます。雲が多かったこの時間、伊豆半島の山並みは、ぼんやりと霞んで不明瞭でしたけれど。
南側の焼津方面は、高草山や花沢山といった山々の奥に、御前崎がうっすらと見えていました(写真右半分)。
ただ、やはり残念だったのは山側の眺めで、富士山も南アルプスもサッパリでした。

文珠岳を後にしたら、引き続き東海自然歩道を南下します。過剰整備された木段がやや鬱陶しく感じましたが、秋の猛烈な台風によると思われる倒木がきれいに処理されていたのも、東海自然歩道だからこそだったのかも。
若山を前にした鞍部まで下ると、ベンチが置かれていたので、そこでひと息つくことができました。
鞍部から登り返していくと、ほどなく標識とベンチがある地点に出ます。ここが「若山北分岐」で、ここで東海自然歩道を離れて、桜峠への道に入ります。
標識には若山北“分岐”と書いてあるのに、指示標は前後方向だけで、一見すると分岐点には見えませんが‥‥
私が進む桜峠への道は、私製の地味な標識が足元で示していました(2つ上の写真の左端にも写っています)。

桜峠への道に入ると、すぐに公的な道標が現れて、一応はちゃんとした道なのだと安心させてくれましたが‥‥
道はか細くて頼りなく、あまり歩かれていない気配が濃厚です。それでも当面は、危なっかしい箇所に補助ロープが設置されていたり、倒木も片付けられていたりと、最小限の整備はされている感じでした。
送電線鉄塔が立つ地点に出ると、送電線越しに再び南東側を見渡すことができました。頂上にいた時よりも青空が広がっていて、伊豆半島の山並みは最高峰の天城山も含めて全部見えていたようです。
下る途中で、登山道からは外れていたけれど、大した距離ではなかったので、632m三角点に立ち寄りました。
三角点付近には林道が上がってきていて、一旦はその林道を進んで行くと、すぐにまた山道の入口があります。そこに道案内は何もなかったのですが、コンパスで方角を確かめると合っていたので、迷わず進んでみました。
すると、その先も細いながらも明瞭な道が続き、時には簡易的な道標も見られて、あまり不安を感じずに進める状況が続きます。そんな中をしばらく下っていくと、今度は舗装された林道に出ました。
林道上に出て振り返ってみました。森の中から砂利道で「立入禁止」のバリケードの所に出てきましたが、標識があったのは奥にある森の入口付近なので、逆コースを進む人には登山道の所在が分かりにくいと思われます。
ここでも、林道を少し進むと、山道への入口がありました。
その先で、山道は森の中を抜けて、茶畑に出ます。ここでは茶畑と森との境界を進みましたが、そこが道なのかどうかが明確ではなかったですし、これ以降は道案内が乏しくなって、不安を感じつつ進むことが増えました。
ほどなく先程の林道に出て、それを横断してまた森の中へ。
その森もまたすぐに抜けて、再び茶畑に出ました。ここでも茶畑と森との境界を進むのですが、その前に‥‥
この日初めて、スッキリとした展望が見られたので、低い山ばかりの眺めでしたがカメラに収めておきました。この頃にはどの方角も良く晴れていて、この時間であれば、頂上からも展望が楽しめたのではないでしょうか。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
その後は道がいよいよ怪しげになります。幸いだったのは、最後まで紛らわしい分岐のない素直な1本道だったらしく、きちんと踏み跡を追えてさえいれば、結果的に目的地まで迷わずにたどり着けたことです。
1箇所だけ、尾根道と巻き道に分岐する地点では、入口側と出口側の両方にこの道案内がありました。
最後のほうになって、転げるような急坂が現れて、慎重に下ります。ここは補助ロープが欲しいところでした。

割と唐突に開けた地点に出た時、目の前に広がったのは、登山道が新東名によって分断され、大々的に付け替えられた場所として、事前にネットの記事で見ていた光景で、ここまで道を間違えずに来られたと分かりました。
最終盤は道標も少なく、作業小屋脇の狭い空間を抜けたり、農作業用のモノレール脇を歩いたりするなど、登山道らしくない景色が続いて不安だったのですが、なんとか最後まで予定通りに歩けそうでホッとしています。
(ただ、途中の経路まで含めて全てが正しかったのかは不明ですし、次に同じコースを歩いた時に、全く同じ経路で歩ける自信もありません。さらに逆コースの場合には、同じ道を逆にたどれるかが明らかに怪しいと思える箇所が複数ありました。きっと今回も、たまたま順調に歩けただけなのだと思います)

上の写真の階段を下り、その写真の真ん中に写っている道路に出たら、その先にさらに階段が続いていました。
ここでは、新東名が元々あった山を登山道もろとも開削して貫いており、尾根上に付けられていた登山道は、一旦急降下して新東名の下をくぐったのち、同じだけ登り返させられるという、酷い仕打ちを受けていて、そのために長い階段が出現していたのです。せめて、新東名の上を跨ぐ歩道橋を作れなかったものなのでしょうか。
なお、今回は現在の登山道を忠実にたどって、桜峠の登山口まで歩き通したかったので、正直にこの階段を登り下りしましたが、そういう拘りがなければ、この階段を下りずに道路を歩くと楽に麻機バス停に向かえます。
ということで、階段を一番下まで下ったら、新東名の下をくぐります。
くぐった先では長い階段で、元々あった尾根道あたりまで登り返します。すでにかなり長い距離を歩いてきた上での、急で長いこの登り階段は結構きつく、途中でお散歩の親子連れに抜かされました‥‥。
階段のフェンスには、どなたかのお手製の「新東名で寸断された登山道」なる風景のイラストが設置されていました。このイラストの範囲が、新東名によって削られる前までは、全部山だったということなのでしょう。
で、せっかく苦労して階段を登り終えたと思ったら、すぐにまた下ることになるだけという、まさに「徒労」を地で行くような登山道に辟易させられ、桜峠の登山口に到着したらドッと疲れが出ました。

桜峠の登山口で車道に迎えられたら、あとは麻機バス停まで車道を歩いて向かいます。
麻機バス停に到着。何かトラブルがあった訳でもないのに、なんだか色々なことがあった気がする今回の山行でした。バスは12分おきの運行なので、大して待たされることもなく、次のバスに乗れています。
帰りは静岡駅までバスに乗らずに、繁華街に近い新静岡で降りて、軽くお食事をしていきました。

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秋葉山 [静岡]

2018/03/03(土)

■第377回 : 秋葉山(885m)


今回は静岡県西部の秋葉山に行って来ました。全国にある秋葉神社・秋葉権現・秋葉寺の大半の起源とされる秋葉神社があり、東京・秋葉原の地名の由来にもなった山です。頂上の上社では、秋葉神社の総本宮に相応しい立派な社殿が見られて、登山口の下社や中腹の秋葉寺ともども、1度は訪れる価値があると感じられるものでした。

その一方、登山道はといえば、殺風景な植林の中を進むばかりで、変わり映えしない景色には退屈すら覚えてしまったほど。数少ない見所も、古い常夜灯や丁石といった、かつて神社の参道として栄えた頃の名残でした。だから、どうしても山自体の印象は薄くて、「秋葉神社の山に登ってきた」というのが率直な感想となっています。

(往路)
古淵 05:37-05:41 町田 06:01-06:21 新横浜
新横浜 06:52-08:10 掛川 08:19-09:13 西鹿島
西鹿島 09:47-10:28 西川

(登山行程)
西川バス停      10:30
戸倉(登山口)     11:05
秋葉山(秋葉神社上社) 12:55-13:10
秋葉寺        13:25
秋葉神社下社     14:15-14:20
秋葉神社バス停    14:25

(復路)
秋葉神社 15:41-16:29 西鹿島 16:36-17:08 新浜松
浜松 17:21-18:39 小田原 18:42-19:32 相模大野
相模大野 19:45-20:00 南警察署前


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この日は、小田急線の遅延で朝からバタバタしましたが(後注※1)、なんとか予定通りの新幹線に乗れました。
秋葉山への登山に利用できるバスは、遠州鉄道と天竜浜名湖鉄道が接続する西鹿島駅から出ています。折角なので行き帰りでその両方の路線に乗ろうと、まずは掛川で新幹線を降りて、天竜浜名湖鉄道に乗り換えました。
天竜浜名湖鉄道は、1両編成で乗客も少なく、車内はローカル線らしい長閑な雰囲気。でも沿線は思っていた以上に開けていて、車窓から人家などの建物が途切れることがなく、田園風景はほとんど見られませんでした。
西鹿島駅に着いたら、路線バスに乗り換えます。
西鹿島駅のバス乗り場です。この日は良く晴れた上に気温がグングンと上がって(4月下旬並みだったようです)、日向ではもうポカポカ陽気。暑くて着ていられなくなったジャケットを脱いで、バスを待ちました。
西鹿島駅で購入した「遠鉄ぶらりきっぷ」です。遠州鉄道の電車・バス全線が1日乗り放題でお得なのは良いのですが、B5サイズというその大きさには驚きました。こうして二つ折りにしても、服のポケットとかには全然入らず、扱いが少々面倒なのです。ここまで大きなきっぷを見たのは、これが初めてではなかったでしょうか。
大きさの理由は、購入後3ヶ月という有効期間にありました。従って、使用する月と日はスクラッチカードの要領で削って明示する仕組みで、提示時の視認性を考慮してか、スクラッチ面がB5サイズになっていたのです。

水窪町行きのバスは、西鹿島駅からの乗客は私を含めて2人だけ、途中からの利用者を加えても4人止まりでした。まぁ休日の朝の下りですから、こんなものでしょうか。西川バス停で降りたのも、もちろん私だけでした。
バス道路からは、この細い階段道で1段下の集落へ下りますが、バス停付近には秋葉山への案内が全くなく、事前にGoogleのストリートビューを見て階段の存在を知らなかったら、少し戸惑ったのではないかと思います。
集落に下り小さな橋を渡った先で、東海自然歩道のコースになっている道路に入りますが、そこにも道標はなかったように思うので、秋葉山から西川バス停を目指す逆コースの人にとっても、ここは分かりにくいのではないかと。その後、集落内を緩やかな傾斜の道で上がっていくと、行く手に秋葉ダムが見えてきました。

東海自然歩道は、秋葉ダムのすぐ手前に架かる歩行者専用の竜山橋で天竜川を渡ります。
竜山橋は細い吊り橋ですが、鉄骨で頑丈に造られているようで、これだけ長いのにほとんど揺れませんでした。
竜山橋の上から見た秋葉ダムです。

竜山橋を渡った先に、東海自然歩道の案内図が立っていました。この日歩くコースは、これから秋葉山を越えて秋葉神社バス停に下るまでの全体が、まるまる東海自然歩道と重なっています。
何軒かだけ建っていた人家の間を細い道で抜けた先で、東海自然歩道の道標に従って階段を上がります。
車道に出たら、しばらくの間は車道歩きです。はじめのうち緩やかに上っていた道は、進むにつれてほぼ平坦に近くなって、歩くのに苦はありません。道沿いには人家が時折見られる程度で、景色はやや単調でしたけれど。
東海自然歩道だけに、ところどころにある道の分岐でも道案内は万全で、進路に全く不安はありません。
30分ほどの車道歩きも、正観世音菩薩を納めたお堂がある東福寺の前を通れば、もう終盤です。
「ここは戸倉です」と現在地が併記された東海自然歩道の案内図が現れたら、そのすぐ先で‥‥
車道から山道が分岐していました。案内図や道標等で公式にそう表現されているのは見ていませんが、ここが秋葉山(裏参道)の実質的な登山口になるのでしょう。

車道から外れて、いよいよ登山道に入ります。車道を緩やかに上っている間に、フリース姿でも汗をかいてきたので、ここでフリースも脱いで山シャツ姿に。まだ3月初旬なのに、こんな薄着で山に入ることになろうとは。
上の写真の階段を上がり、畑地などの間を抜けていくと、すぐに山道が始まりました。
登山道は、植林帯の斜面を比較的緩やかな傾斜で登っていきます。
秋葉山はかなり上までずっと植林帯が続いていて、いくら進んでも景色がほとんど変わりません。
道の様子に変化があるのは、時折こうして未舗装の林道と絡むところくらいでした。
道端には時折、丁石を兼ねた古い常夜灯が立っていました。かつては多くの人が歩いた信仰の道なのでしょう。
ほぼ一定の傾斜が保たれて、急坂や大きな段差が全くなく、とても歩きやすいのは良いのですが、とにかく似たような景色ばかりが連続するので少々退屈気味になります。

道の味気なさに耐えて黙々と登っていると、近くに舗装道路が現れました。変化に乏しかった道の中で、かなり登ってきたことが明確に分かる地点なので、ここで少し気持ちを新たにして、さらに上を目指します。
そしてこのあたりから、少し傾斜がきつくなった気がしました(疲労の蓄積の影響もあったと思いますが)。
その後も道は相変わらず植林の中ですが、頻繁に車道と交差したりするようになって、少しは気が紛れました。
そしてついに、車道と交差した先が山道ではなく、石段に変わりました。これを上がると‥‥

秋葉神社の広い第一駐車場に出ました。ここまで来れば、あとはわずかな登りを残すのみです。
第一駐車場にはバス停もあって、毎年11月~1月の特定日にはバスが運行されている模様。もちろん、こんな所までバスで上がってしまっては全く登山にならないので、この路線の運行日は全く気にせずに来ています。
巨大な大鳥居をくぐった先には、きれいに整えられた石段の参道が続いていました。

参道に入ると、常夜灯が短い間隔で並んでいました。今でも大晦日などには明かりが灯されるのでしょうか。
参道の途中で荘厳な神門をくぐります。秋葉神社は戦時中の火災でほとんどの建物を失ったのち、長い年月がかかって近年ようやく再建に至ったため、建物や参道などの多くが比較的新しいのものなのですが、その中でもこの神門は2005年の完成で、境内で最も新しい建造物のようです。
食事処と土産物店を兼ねた秋葉茶屋の前を通れば、登り続けてきた石段も残すところあと少しです。
社務所前の石段を登っていくと、前から気になっていて、実際に見るのが楽しみだったあるモノが現れました。
それがこの、金色に輝いてひときわ異彩を放つ「幸福の鳥居」です。これを立派で神々しいと見るか、悪趣味と見るかは意見が分かれそうですね~(ちなみに私は後者寄りです。もうちょっとネーミングセンスが感じられるような名前だったら、少しは印象が違ったかもしれないけれど)。
幸福の鳥居をくぐると、いよいよ最後の石段と、その上にある本殿が見えてきました。
秋葉神社の本殿です。この時は訪れる人もまばらで、ゆっくりと落ち着いて参拝することができました。

本殿の左手側には「展望台」という標識が立っていて、その奥にはこの写真で分かる段差の分だけわずかに高くなった場所がありました。ここが境内で一番高い所に当たるようです。
南側が開けた展望台には、望遠鏡が設置されていたほか、こうした展望写真も掲げられていました。
が、この日はいかんせん気温が高すぎたらしく、空気が淀んでいて実際の展望はこの通り。浜松アクトタワーや浜名湖は、一応肉眼では確認できたものの、縮小写真にしたらほとんど識別できない写り方になってしまったので、いつものようなパノラマ写真への文字入れは諦めました
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。
ところで、この展望台が秋葉神社の境内で一番高いと書きましたが、秋葉山の頂上はさらに20mほど登った地点にあります。普段なら最高点には拘ることが多いのですが、ここでは本殿のさらに奥を歩き回ることが好ましそうには思われなかったので、頂上探索は自粛しました。このため、秋葉山自体の標高は885mとされていますが、今回私が登ったのは、それよりも20mほど低い865mあたりまでとなっています。

社務所の前にあった、ベンチが設置された場所で少し足を休めたら、引き続き東海自然歩道の標識に従って、秋葉神社バス停へ向かいます。登ってきた道は秋葉神社の裏参道でしたが、こちらは表参道になります。
下り始めるとすぐに神門が現れます(くぐった後で振り返りました)。火事の類焼を免れたこの門は、唯一の江戸時代の建造物で、傍らに立つ石柱碑には「文政十三庚寅年 再建嘉永三庚戌五月」と彫られていました。
表参道も穏やかで歩きやすい道です。登ってきた裏参道よりも道幅が広く、いかにもメインルートという感じ。
15分ほど下ったところに秋葉寺があるので寄っていきました。
頂上の秋葉神社が、とても立派ではあったものの建造物がどれも真新しくて垢抜けた印象を受けてしまったのに対して、この秋葉寺はこぢんまりとした境内ながらも、古びた堂宇には長い歳月を経た重みが感じられて、過去の歴史に思いを馳せるには相応しい雰囲気でした。
表参道を下っているだけに、秋葉寺には奥のほうから先に境内に入ってしまい、あとで山門の裏側から出てくることになりました。なので山門の写真も、先程の秋葉神社の神門と同様、くぐってから振り返って撮ることに。
ちなみに秋葉山は江戸時代までは、秋葉権現社(現在の秋葉神社)と秋葉寺とが同じ境内にある神仏混淆の山だったようです。それが明治時代に入ると政府の方針で神仏分離が行われ、それが引き金となって(直接の原因ではないらしい)秋葉寺は一旦廃寺となってしまい、現在の場所に改めて創建されたという歴史を持っています。

歩きやすい道ではあるけれど、こちらも裏参道と同じく、ほぼずっと植林の中を進む感じで、景色は単調です。
表参道だけに、時折すごく立派な丁石が見られました。
常夜灯も、裏参道で見たものよりもひと回り大きなサイズでした。
富士見茶屋跡を通過します。このあと、1箇所だけ東側の景色が開けた場所を通りましたが、この日はそこからの展望も今ひとつで、条件が良ければ見られるらしい富士山は影も形もありませんでした。
常夜灯についての解説版がありました。それによると、表参道に残る常夜灯の多くは、嘉永5年(1850年)に奉納されたものだとか。もう150年以上、こうして立っているものなんですね。

その後は下るにつれてやや傾斜が増したので、逆コースで表参道を登る場合は、序盤のほうがきつく感じられるのではないかと思います。終盤で九十九折りになった山道は、石畳に迎えられたところで終了となりました。
あとは楽に歩けるかと思いきや、この石畳区間がかなりの急坂で、最後まで気が抜けませんでした。
赤い橋が見えてきたあたりで、ようやく傾斜が収まって、そこからは普通の車道歩きになりました。
2車線の道路に出て10分ほど歩けば、ゴール地点に到着です。すでにバスを待つバス停も見えていますが‥‥

そこは秋葉神社の下社の門前です。折角ですから、頂上の上社だけでなく、下社もセットで参拝することに。
下社の境内へは、石段を20mほど登ります。大した長さではないのに、この石段ときたら、やたら段差が大きくて、すでにひと山登り下りしてきた足にはちょっと堪えました。
下社の境内に上がりました。火災に遭った上社が再建されるまでの間、この下社が本社として機能していたことを事前に知った上で訪れたのですが、その情報から想像していたよりは、ずっとささやかな感じの境内でした。
それでも、今もこちらにも社務所があって、お札や祈祷などを受けられるようになっていました。

下社から戻ったら、秋葉神社バス停で西鹿島駅行きのバスを待ちます。
この日はすでに朝イチで1度バタバタさせられていたのに、最後にももうひとつ思い通りにいかないことがあって、このあたりで小1時間ボーっとして過ごす羽目になってしまいました。(後注※2)
冒頭に書いた通り、往路は天竜浜名湖鉄道を利用したので、復路は浜松経由にして遠州鉄道を利用しました。
遠州鉄道は、車両こそ2両編成と短いものですが、ほぼ全線を通して住宅街や商業地域など人の多いエリアを走っているためか、12分間隔で次々と電車が来るにもかかわらず、途中からは立ち客が出るほどの盛況です。走りもとてもテキパキとしていて小気味良く、利用感はいつも乗り慣れている首都圏の鉄道と変わりませんでした。

【後注】
※1:町田で小田急線に乗り換えて小田原に向かおうとしたら、乗る予定の電車は10分程度遅れて来るとのこと。10分までの遅れならギリギリセーフですが、もう1~2分でも遅れが大きくなると、小田原で新幹線に乗り継げなくなり、その時点でこの日の計画が全部パーになります。それを回避するべく、今からでも余裕で間に合う新横浜乗り換えに変更したので、乗車券などをコマ切れで買うことになり、少しばかり余計に高く付いてしまいました。
※2:実は最後に食事でもと考えていて、バス停から歩いて5分程の秋葉橋の近くにお蕎麦やさんを見つけてあったのです。ところが店の前まで行ってみると、なんと営業していません。事前にウェブで営業時間を調べた際に、昼は~15:00という情報が見つかったのでそれを信じていたのですが、帰宅後に改めて調べたら~14:00という情報も見つかって、どうやら後者のほうが正しかったようなのです。近くにはほかにお店がなさそうなので、仕方なく持参していた行動食で繋ぐことにしたところ、幸いバス停の目の前にある気田川の河原に落ち着ける場所が見つかったので、残りの時間をそこで潰しています。

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八高山 [静岡]

2018/01/13(土)

■第372回 : 八高山(832m)


この日は、先週に続いて静岡県西部の山へ出掛けてきました。前回はかなりマイナーな山でしたが、今回登った八高山はそれなりに人気があって、このエリアのガイドブックには結構載っている、割とポピュラーな山です。
とはいえ、この時期としても厳しい寒さに見舞われたこの日、さすがに登山者は少なかったですが、空気の澄んだ真冬ならではの、富士山や南アルプスの展望を楽しんできました。

(往路)
古淵 05:37-05:41 町田 05:51-06:10 本厚木
本厚木 06:12-06:54 小田原 07:08-08:10 掛川
掛川 08:25-09:10 泉

(登山行程)
泉バス停  09:15
川近神社  09:25
小天狗の峰 10:35
バランダ  10:50-10:55  (原の平)
八高山   11:05-11:35
馬王平   12:00
五輪段   12:25     (なだらかコース・急斜面コースの分岐点)
福用駅   13:05

(復路)
福用 13:35-13:57 金谷 14:09-14:41 静岡
静岡 15:23-16:41 熱海 16:46-17:08 小田原
小田原 17:23-18:13 相模大野 18:30-18:45 南警察署前


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

掛川駅を訪れるのは、粟ヶ岳に登った昨年5月以来2度目になりました。駅前で掛川市のバスに乗り換えます。
今回乗った掛川市の自主運行バスは、なんと乗車時間が45分に及びました。しかも、道のりの前半で早くもひと山越えたあとは、時折ポツリポツリと点在する小さな集落を見送りながら、山あいの細い道を走り続け、途中からは対向車もほとんど見掛けなくなった中を、八高山の麓にある最奥の集落まで運んでくれます。
終点の泉バス停で降りた時は、よくぞこんな山奥まで定時運行の路線バスが走っていてくれたと感動すら覚えましたし(全区間を通して乗客が私だけだったのは、朝早い下りの便だからでしょうか)、そのおかげで、いつも長くなりがちな登山口までの車道歩きも、今回はほとんどしなくて済みました。
バス停のポストは、バス転回所の向かいに立っていました。休日も1日6往復(ほぼ2時間に1本、平日なら8往復)あるダイヤに、45分乗って300円という料金設定、掛川市は市民サービスが充実しているという印象です。

歩き始めてすぐに小さな橋を渡ると、その先のT字路にコースの案内図があって、ここからのコースが3本載っていました。今回登るのは、そのうち川近神社の手前から登るコースで、ここは左折になります。
すると、すぐに山道が分かれます。これも先程の案内図にしっかり載っていたコースの1本なのですが‥‥。
「コース荒れ危険」という標識が立ち、八高山への矢印もこの道を見送る向きに書かれていました。一旦は整備したものの、何か問題が生じたのでしょうか。でも、元々ここを歩く予定ではないので、構わずスルーします。

もう少し車道を進んで、登る予定のコースの入口まで来ました。しかし、ここも敢えてスルーしてしまいます。
というのも、ほんのわずか先に川近神社への石段があるのを、予めGoogleのストリートビューで見て知っていたからです。石段の入口を見ると、両脇に門松が供えられて、お正月らしい装いになっていました。
川近神社の石段はさほど長いものではなく、すぐに境内まで登れてしまいます。
登山の無事を祈願していきます。先程の登山道だと、少し離れた所を進んでしまい、境内を通らないのでした。
本殿・拝殿のほかには、小さな社務所があるだけで、境内もさほど広くない、質素な佇まいの神社でした。

社務所の脇から微かな踏み跡をたどると、すぐに登山道に出ました。良く踏まれた感じの明瞭な道です。
紛らわしい箇所にはきちんと道標が設置されていて、道案内もしっかりしていました。
が、勾配はきつめで、地面がザレ気味の箇所も多く、登りは大丈夫でしたが、下りでは足元に要注意でしょう。
先程の案内図によると、登山道は日当山を通るはずなのに、実際は巻いていたようで、頂上に立たないうちに下りに変わります。下り切ったあたりでは、下で見送ってきたもう1つのコースが合わさるらしい地点がありましたが、そちら側のコースは入口を塞ぐように木の枝が並べて置かれ、分岐を示す標識等もありませんでした。

この日は冷え込みが厳しく、登り始めて小1時間ほど経っても、寒さが勝って全然身体が暖まりません。でも中腹あたりまでは、登山道が東側の斜面に付いていることが多くて、風の影響をあまり受けずに済んでいました。
ところが登るにつれて、道は尾根上に出ることが多くなります。すると西からの季節風に晒されるようになって、それがもう冷たいのなんの。このまま標高を上げ続けたらどんな寒さになるのかと、少し不安になりました。
林道に出る手前の596mピーク付近には、小さな祠がありました。つい最近のものと見られる真新しいお札が供えてあったので、今でもきちんと面倒を見ている人がいるようです。
そのすぐ先で、右側が大きく開けました。下で見た案内図で「東側展望良し」と書かれていた地点のようです。逆光の写真になってしまいましたが、中央で光っているのは太平洋、左側の一番高いピークが経塚山です。

そのまたすぐ先で、林道がU字にカーブしている地点に突き当たりました。
そこから少しの間は、その林道を進みます。
林道を歩く距離は短くて、林道が次にカーブする地点に、山道の入口がありました。

その先はさらに急勾配になって、中には地面に手を添えたくなるような箇所もあったほど。道もこのように、引き続きガレたりザレたりしている区間が多いので、下る時は大いに足元に気を遣わされそうです。
それでも、ササの中に入ると、ようやく傾斜が緩んできました。
小天狗の峰に到着。標高770m圏のピークですから、八高山との標高差はあと60mほどで、先が見えてきました。
展望は全くなく、上の写真の範囲がほぼ全てという、狭くて地味なピークですが、私製の山名標がありました。

先が見えてきたとはいえ、八高山までの間に越えていくピークはまだこの先にもあり、そのたびに下ってから登り返すので、もう少し登りを頑張らなくてはなりません。次のピークに近付くと、照葉樹が目立ってきました。
バランダ(原の平)に到着しました。ここからは北西側の稜線にも道が付いていて、分岐点になっています。
ここも展望のない地味な地点ですが、色々な標識が賑やかで、「天狗の座敷」という標識も。別名でしょうか。

バランダからは、ひと登りで八高山に到着です。登ってきたコースは比較的最近に整備されたもので、まだ知名度は低いらしく、ここまで全く人に会いませんでしたが、それは登山口あたりの閑散とした様子を見た時点で確定していたようなものでした。この山は反対側にある福用駅からのコースが断然メジャーなので、そこから登ってきた人が誰かしらいるものと思っていたら、まさかの無人。展望の良い頂上を、しばらく独り占めです。
山名を記した標識だけで4種類も。もう少し過ごしやすい季節ならば、きっと多くの人で賑わうのでしょうね。
お団子型の山名標を久々に見ました。この山域では、それなりの高さの山に長らく登っていなかったようです。
そして地面には、ひときわサイズの大きい一等三角点が。展望に恵まれた地点だという証でもあります。
八高山では、北東側と南側が開けていて、北東側には富士山のほか南アルプス南部の峰々を広く見渡せました。残念ながら、南アルプスの核心部(聖岳あたり)には雲がかかっていて、スッキリと眺められませんでしたが。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
南アルプス南部をアップにしてみました。さすがに3000m近いあたりは真っ白ですね。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
富士山とその周辺も少し大きく。  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
富士山もアップで。小笠山から見た先週と比べると結構雪が増えて、ようやくこの時期らしい姿になりました。
一方の南側は相変わらず逆光でしたが、太平洋の大海原と、昨年5月に登った粟ヶ岳などが見えていました。
  ※下の写真にマウスを乗せると粟ヶ岳の位置を表示します。
見事な眺めで気分の良い頂上ですし、下山後に乗る予定の電車の時間にも相当の余裕があります。そして、ずっと風が冷たくて寒い思いをしながら登ってきたのに、この頂上では風が穏やかで、タップリの日差しを浴びるとポカポカと暖かさすら感じられて、居心地も上々。そこで、私には珍しく少し長居をしていくことに。すると、独占していた頂上にもやがて単独行の男性が現れて、これまた私には珍しく、しばらくお話しさせて頂きました。

八高山から福用駅方面に下り始めると、すぐに白光神社の前に出ます。福用駅の近くには里宮があって、ここはその奥宮。ちなみに読みは、山名と同じ「はっこう」ですが、どちらが先かなど詳しい由来は不明のようです。
トタンで修繕されていた壁が、なんとも安っぽく見えてしまいます。でもこれだけ高い場所にあると、維持するだけでも大変でしょうし、仕方のないことかもしれませんね。
鳥居も元々のものではなさそうです。里宮がある福用駅付近も大きな集落ではないので、何をするにも人手も財政も苦しい所ではないかと思われますが、もうちょっとどうにかならなかったのかなと思ってしまいました。

さらに下ると、樹木が一部伐採されて見通しが良くなっている地点があり、東側のかなり広い範囲を見渡せました。高草山や高山の上に、天城山をはじめとする伊豆半島の山々が連なって見えていたほか、その右の洋上ではるか遠くに霞んでいたのは、天上山がある神津島だったようです。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
下に視線を移すと、馬王平がもう近くに見えていました。少し開けた場所になっているのが良く分かります。
ただ、馬王平までの下りは、段差の大きな箇所も多い道で、あまり歩きやすくはありませんでした。

馬王平まで下ってきました。ここは林道が四方から集まり、少し広めの平坦地になっています。林道はいずれも一般車が入れない筈ですが、この時は工事車両が2台も入ってきて、本来の平穏な景色ではなかったのが残念。
ベンチに腰掛けると、ちょうど正面に富士山が見えるという、なかなかのロケーションです。
富士山には、頂上にいた頃と違って雲が出ていたので、やはり展望を楽しむには早い時間に登るに限りますね。
ところで、馬王平に立つ道標が福用駅を指している方向には、林道が2本並んで出ていて、そのどちらが正しいコースなのかが明確には示されていませんでした(補助的な道標類も見られなかったと思います)。
2本の林道は、左は登り、右が下りとなって分かれていきます。下山途中なので当然右に下るのだろうと確信しつつ、念のため一応確認してからと地図を見てみたら、なんと左に登るのが正解で、少し危ないところでした。
八高山はほとんどが福用駅から往復する形で登られていて、ここは大半の人たちにとって登ってきた道を引き返すだけなので問題ないのでしょうが、私のように下りだけこのコースを使う人には少々不親切に感じています。

そんな訳で、左の林道を登っていくと、登り坂は最初に見えていた範囲くらいで、すぐに平坦な道となり、やがて緩やかに下り始めます。この一帯では新しい林道が建設中で、今後は登山コースの様子も変わりそうでした。
林道を進むことしばし、この地点で右に登山道が分かれました。
林道を左に見送り、道標に従って再び山道に入ります。
少し進むと、予期しない分岐が現れました。右に「福用川コース」が分かれていたのですが、私が参考にしていたガイドブックが古いために載っていなかったようです。少しそそられましたが、ここは予定通り直進します。

その後、登山道は広く伐採された斜面に入って、すこぶる見通しが良くなります。
伐採地内を通っている間は、再び南アルプスを含む広範な展望が楽しめました。
ただ、南アルプスも富士山と同様に、頂上から見ていた時と比べて雲が増えてしまっていました。
  ※下の写真にマウスを乗せると山名ガイドを表示します。
背後には、八高山が端正な形で見えていました。登った道は結構急だったのに、こちら側は穏やかな表情です。

その後は穏やかな道が少し続きます。
さらに進んで、「なだらかコース」と「急斜面コース」との分岐点まで来ました。
分岐点には「五輪段」という地名が付けられていました。これも私が持っているガイドブックにはないので、割と新しい名前なのでしょう。さて、登りはどんなに急でも別に構わないけれど、下りはできる限り緩やかなほうが足腰への負担が軽く、それゆえにトラブルも少ないので、迷うことなく「なだらかコース」に入ります。

「なだらかコース」に入るとほどなく、「木立トンネル」と名付けられた区間が現れます。
なるほど、その名前からイメージできる通りの景色の中に入りました。そんなに長い区間ではなかったけれど。
さらに進むと、今度は「茶の木トンネル」なる区間の登場です。
ここもそのまんまの景色ですが、先程の「木立トンネル」の景色が山の中では割とありふれているのに対して、こちらは珍しいと思います(同じような景色は、満観峰に登った時に日本坂付近で見たことがあるだけかと)。
その後の登山道の様子です。「なだらかコース」の名前通り、確かに道の傾斜は緩やかだったものの、道が抉れていたり石がゴロゴロしていたりで足下に気を遣うことも多く、下りで歩きやすいとは言えなかったような。
さらに下って、登山道脇に石垣が現れたのが、集落に近付いてきたサインになりました。

間もなく車道に迎えられて、登山道はおしまいです。寒さが厳しかったこの日は、この冬初めてジャケットを着たままで山を登り下りしましたが、東側の山麓に下りてくると、西からの季節風が山に遮られていて穏やかです。日中になって少しは気温も上がり、標高も落としたので、ようやく暑さのほうが勝って、ここでジャケットを脱ぎました(でも駅まで行くと風が冷たくて、電車を待つ間にまたすぐジャケットを羽織ったのでしたが)。
車道はすぐに集落の中へと入っていき‥‥
このあとで初めて乗るのを楽しみにしている大井川鐵道の線路に突き当たったら、線路沿いを進みます。

本日のゴール、大井川鐵道の福用駅に到着です。
福用駅は無人駅ですが、駅前にある金谷福用簡易郵便局で、乗車券の委託販売が行われています。
郵便局なので、てっきり休日はお休みだろうと思って諦めていたところ、屋内には煌々と照明が点っています。「大鉄売札所」の文字も見られる入口の前に立ってみたら、なんと自動ドアが開いてくれました。
外観は単なる郵便局でしかなさそうだったのに、局内に入ると、食料品や日用品のほか土産物なども並んだショーウインドウが多くのスペースを占めていて、ほとんど商店のような雰囲気というギャップに驚かされます。
さらに、建物自体は住宅とも兼ねているようで、奥の部屋から出てきた、ここにお住まいとみられる年配のご婦人に対応して頂いて、欲しかったものを手に入れることができました。
それがこの乗車券です。記念切符など購入自体を目的としたものを除いて、実際に使用する目的で手にした硬券なんて、いつ以来だったでしょうか。このあと、終点の金谷駅で駅員さんの許可を頂いて持ち帰りました。
福用駅のホームで電車を待つ間、長閑な雰囲気の中で、ゆったりとした時間が流れていました。
やって来たのは、かつて南海電鉄を走っていた21000系でした。

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