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万六ノ頭・連行峰・茅丸・生藤山・熊倉山 [高尾・陣馬]

2019/11/16(土)

■第418回 : 万六ノ頭(883m)・茅丸(1019m)・生藤山(990m)・熊倉山(966m)


この日の行先は、生藤山とその界隈です。生藤山・茅丸・連行峰という3つのピークを巡るのはもう3回目ですが、登りは万六尾根、下りは軍刀利神社の3社を経る道と、前後にはともに初めて歩くコースを選びました。

ところで、9月~10月にかけての強烈な台風をはじめとする豪雨の影響で、ホームグラウンドとする丹沢・高尾・奥多摩・秩父の各地域では、登山道にも深刻な被害が相当数発生するなど、行先選びが難しくなっています。
今回のコースでは、生藤山周辺の尾根上と軍刀利神社への下りは大丈夫そうだったものの、登る予定の万六尾根は直近の情報に乏しく、唯一得られた情報が倒木や崩壊が複数箇所あるとしていて、コースを変更すべきか少々迷いましたが、現状が的確に記述されていた情報源のお陰で、想定内の対処で無事に歩くことができています。

(往路)
古淵 05:36-05:58 八王子 06:08-06:23 拝島
拝島 06:26-06:44 武蔵五日市 07:10-07:44 柏木野

(登山行程)
柏木野バス停   07:50
万六ノ頭     09:25-09:35
連行峰      10:40-10:50
茅丸       11:05-11:10
生藤山      11:25-11:35
三国山      11:40-12:00
軍刀利神社元社  12:10
熊倉山      12:25-12:40
軍刀利神社元社  12:50
軍刀利神社奥ノ院 13:10
軍刀利神社    13:15-13:40
井戸バス停    14:00

(復路)
井戸 14:31-14:55 上野原 15:06-15:24 高尾
高尾 15:31-15:37 八王子 16:00-16:23 古淵


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

武蔵五日市駅から乗ったバスを柏木野で降りて歩き始めます。駅前ではさほど寒さを感じなかったのに、ここまで来ると空気がかなり冷たくなっていて、今シーズン初めて吐く息が白くなるのを見て少し驚かされました。
柏木野バス停のすぐ先で、民家の間へと下りていく細道の入口に道標が立っていました。
ちょうどこのエリアで、今週の月曜~金曜にシカの捕獲調査が実施されたとのこと。これは良い兆しかも!
冒頭でも書いた通り、今回歩く道の豪雨後の状況を予め確認しようとしても、これから歩く万六尾根については直近の情報に乏しくて、最大手SNSのヤマレコでも新しい記録は1件も見つからないという困った状況でした。
さらに探すと、ヤマケイオンラインに11/4の記録が1件だけ見つかり、それによると、登山口付近に数箇所の倒木や崩壊が集中して存在するものの、通過できる程度のものであるらしい。それを見て決行の判断をしたのですが、山仕事の人が今週毎日のように入っていたのなら、倒木などがすっかり処理されているかもしれません。
民家の間を抜けた道は、すぐに小さな橋を渡って、山の中へと入っていきます。このコースは、バスを降りたらものの2~3分で、すぐさま山道を歩き始められるのでした。

期待もむなしく、山道を登り始めると間もなく、ネット上の写真で見ていた通りの光景が現れました。倒木は未処理のままだったのです。ここは幸いに、道を塞ぐのが割と細い枝ばかりで、それらを乗り越えて突破します。
その直後、畳みかけるように次の倒木が出現。ここは枝と枝の間をかいくぐるようにして抜けていきます。
間髪をいれず、今度は斜面が道ごと崩れた箇所が。でも崩れ方が小規模なので、ここは割と普通に歩けました。
そしてすぐ先には、また次の倒木です。ここは倒木を避けて、斜面の下側をわずかに迂回しました。
結果的に、登山道の被害は立て続けに現れたこの4箇所だけで、11/4の記録にある状況と変わっていない模様。いずれも影響は軽度で、特に難しいことをする必要はなく、また危なっかしい思いもせずに通過できました。

その後はもう、豪雨の影響が感じられるような箇所が現れることはなく、落ち着いて歩けるようになります。
道はほぼ一定の傾斜が保たれていて、楽に登ることができました。勾配が急に感じる箇所も、段差が生じる箇所もない素直な坂道で、とても歩きやすかったです。景色がずっと植林なのが、ちょっとアレですけれど。
西向きの斜面を進むため、しばらく日陰の道が続いたのち、かなり登って、やっと日が差す高さに達しました。

小1時間ほど、地味に西向きの斜面を登り続けた道は、ここで尾根に上がって左へ進みます。
尾根に上がって左折した直後に振り返りました。逆コースで下る場合は、ここで尾根から外れて右に折れるのですが、そのまま尾根を直進する踏み跡もあったために、そのことが分かりにくくなっていたように思われます。
一応は道標があるものの、「柏木野バス停→」という指示標は外れて地面に落ちている状況。この時は落ちた指示標が、辛うじて右折方向を指していたけれど、いつ来ても同じ向きに置かれているという保証はないしなぁ。
仮に下山時に誤ってここを直進すると、その先で道はわずかながら登り返しとなります。だから一貫して下って来た尾根道が、もし登りに変わってしまったら、その時は下降点を通り過ぎたと思ったほうが良さそう。
尾根上は時折雑木を交えた森になります。でも、もう紅葉は過ぎてしまったのか、それとも天候不順で上手く色付かなかったのか、頭上にはくすんだ色合いの葉が残るばかりで、落ち葉を踏み締めながら登っていきます。
途中には傾斜が緩んで平坦に近い一帯も。植林でなければ気持ち良さそうな景色が広がりそうなのが残念です。

ほどなく、尾根を外れて斜面のトラバースが始まりました。万六ノ頭を巻くあたりに差し掛かったようです。
しばらく続いたトラバースから、ここで尾根に復帰します。登山道は、道標の通り道なりに直進しますが‥‥。
巻いてしまった万六ノ頭を踏んでいこうと、左後方に鋭角に折れて、道標の背後の斜面に入ります。
道標の地点から万六ノ頭までは、薄い踏み跡が続いていました。以前は登山道が万六ノ頭を巻かずに頂上を通っていたので、その頃の名残なのか、それとも、今でもそれなりに歩かれているからでしょうか。

軽く登っていくと、なにやら標識らしい物が見えてきました。万六ノ頭に着いたようです。
万六ノ頭の頂上です。樹木に囲まれて展望はなく、地味な地点ではあるものの、樹木が疎らなおかげで程々の広さを感じられて落ち着いた雰囲気ですし、写っている標識類のほかには人工物もない、好ましい場所でした。
山名標は、いずれも私製のものが2つありました。

元の道に戻って、丈の低いササの中に続く穏やかな道を進みます。
鞍部まで下って登り坂に変わると、万六ノ頭までの登りにはなかった、少し急な箇所も現れるようになります。
湯場ノ頭(927m)の付近を過ぎると、道は再び下り坂に。湯場ノ頭のピークがどの地点だったのかは分からずじまいで、一番高かったあたりを少し行き来してみても、山名標はどこにも見当たらないようでした。
連行峰へ向けての登りが始まると、傾斜はいっそう急になって、少々苦しい区間でした。
道の傾斜が収まってササが深くなると、間もなく連行峰に到着です。

連行峰に着きました。ここも展望のない地味なピークです。ここまで、自分以外に誰もいない中を静かに歩いて来ましたが、さすがに生藤山と陣馬山を結ぶ縦走路上は歩く人も多く、次々に登山者と会うようになりました。
連行峰から先へ進むと、時折ほんのりと色付いた木々を見られるようになりました。
連行峰から三国山までの間は、茅丸と生藤山が鋭く尖っているのを除けば、残りの大半は穏やかな尾根道が占めています。景色もこんなふうにゆったりとした感じなので、とても気持ち良く歩ける区間です。鋭鋒の2座にはともに巻き道もあるので、ピークにこだわらなければ、三国山まで楽に歩くこともできるでしょう。

茅丸の直下まで来ると、尾根通しに頂上を踏んでいく道と、巻き道とに分かれます。
茅丸はこの日の最高点でもあるので、迷わず尾根道へ進むと、尖ったピークだけに急な木段の連続となります。
木段を登る途中では、この日見た中で発色が一番鮮やかだった紅葉を少し楽しめました。
茅丸の頂上は狭くて、登山者が5~6人も居合わせると窮屈に感じてしまいそうですが、この時は無人でした。
頂上標柱とベンチです。
茅丸は旧藤野町の十五名山だったので、その標柱も。ところで、前に来た時はこの方向に少し展望があったはずなのに、樹木が成長してしまったからか、今となっては見られる景色がほとんどなくなっていました。
茅丸の反対側も急な木段になっていて、そこを下っていきます。
ほどなく巻き道が合わさってきて、ここからは再び穏やかな尾根道に戻りました。

尾根道を少し進むと、道がかなり細くなったあたりの先に‥‥。
今度は生藤山の、頂上へ行く道と巻き道との分岐点で、ここももちろん頂上に向かいます。
生藤山の東側斜面は、頂上直下が急な岩道になっていて、ところどころ手も使って登っていきます。
さほど長くは続きませんが、少し険しい箇所もあるので、もしここを下りに取る時は要注意でしょう。
生藤山に着きました。ここもさほど広い頂上ではなく、2組のグループが先着していたりして、全体の写真はうまく撮れませんでした。しかも、のちに大団体がやってきて、ほとんど追い出されるような形になるのです。
頂上標柱も、もう少し違う角度から撮りたかったのですが、まぁ人気のある山域なのでこれは仕方ないですね。
ここにも旧藤野町十五名山の標柱がありました。手前は本日のコース上で唯一見られた三角点です。
生藤山も、以前はもう少し展望が良かった気がしますが、現在開けているのは富士山の方角だけでした。
富士山をアップにしてみました。富士山の左側の稜線を遮っているのは御正体山で、富士山正面やや右寄りの手前には鹿留山から杓子山への稜線がうっすらと見えています。

生藤山の西側もガクンと下る形になりますが、東側ほど急ではなく、特段の険しさもありません。
巻き道を合わせたら、生藤山と三国山はすぐ隣り合わせなので、あっという間に‥‥。
三国山に到着です。名前が示している通り、ここが東京・神奈川・山梨の3都県の都県境になっています。
三国山にはテーブルとベンチがセットで設置されていて、大人数での休憩にも向いているでしょう。
三国山からは、狭い範囲ながら西側の山々を眺められました。以下の2枚に写っているのは連続したエリアですが、同じ地点から1度に見渡すことはできなかったので、2枚に分かれています。
  ※下の2枚の写真は、マウスを乗せると山名ガイドを表示します。

三国山からは、笹尾根の縦走路に入って熊倉山に向かい、そこから引き返すようにして軍刀利神社の3つの社を巡りながら、バス停のある井戸へと下ります。まず三国山からガクンと下ると、軍刀利神社へ下る道の分岐点に出ました。ここを一旦は直進して、熊倉山まで往復して戻ってきたら、その下山路に入る予定です。
三国山と熊倉山の間は、2つの小ピークを越えて行く道のりで、最初の小ピークの手前は少し長い木段でした。
木段を登り切ったところに、軍刀利神社の元社があります。
元社には小さな社があるだけですが、現在は山麓に本殿がある軍刀利神社の起源がこの地点なのでしょう。
元社の正面からは、奥ノ院へ下る道がありました。あとでここから下れば近道になりそうですが‥‥。
道の様子を窺うと、あまり歩かれてなさそうで怪しげだったので、今回はこの道を見送ることにしました。

2つ目の小ピークを越えて、穏やかな景色の中を心地良く歩いていくと、前方に熊倉山が見えてきました。
熊倉山の頂上は、樹木に囲まれてこぢんまりとしていながら、上空が大きく開けた明るく開放的な場所です。
山名標はなく、山名といえば道標の標柱下部に現在地名として書かれていたものだけでした。
熊倉山では、樹木越しに南側を眺められて、見えていたのは丹沢の山々でした。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します。

熊倉山を後にしたら、来た道を引き返します。軍刀利神社元社の前では、奥ノ院へ直接下る道を見送りました。
三国山手前の分岐点まで戻ってきたら、ここから奥ノ院へと下ります。
この小さな道標は、上の写真の真ん中に一応写っているものの、陰になっていて判別不能だったので、改めて。
奥ノ院への道は、トラバース状の細い道で、路面が不安定な箇所も少なくなく、足元に注意が必要でした。
このあたりなどは、落ち葉が完全に道を覆い隠していて、路面の様子が良く分かりません。しかも、全般的にか細い道に終始するため、もし対向者が現れたらすれ違いに困りそうな状況が続きました。
三国山の南側から下ってきた道を合わせると、以降はトラバース道ではなくなって歩きやすくなりました。

ジグザグ道を快調に下ると、ほどなく沢沿いに出て、さらに少し下ったところが軍刀利神社の奥ノ院です。
奥ノ院の前ではカツラの巨木が荘厳な空気感を醸し出していました。
とにかく、この立派すぎる幹周りには目を見張るものがあります。推定樹齢は約500年だとか。
奥ノ院の前の橋を渡り、その先にあった鳥居をくぐると‥‥。
そこからは車道のような道に変わってしまって、もう山歩きの趣はなくなりました。

車道のような道をしばらく下っていくと、次の鳥居が現れる頃には、もうその建物が見えてきていました。
軍刀利神社の拝殿です。日本武尊を祭神とし、500年の歴史をもつ神社として、良く知られているらしい。
手水舎と境内入口付近の様子です。
額殿には大きな木刀が掛けられていました。
車道へと下る石段は、長くてなかなかの急勾配です。普段から山道を歩き慣れている人がひるむほどではないけれど、一般の参拝者には結構手強いのではないでしょうか。
下ってきた石段を振り返りました。

軍刀利神社の石段前までは舗装された車道が延びてきていて、あとは車道歩きになります。
やがて道は集落の中へと入り、2車線の道路に出ると、生藤山から見て以来の富士山が見えてきました。
再び富士山をアップで。午後なのでやや霞んでいた上、雲も出ていてスッキリした見え方ではなかったけれど。
集落内の車道からは、富士山とともに、西側の山々を眺められました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
最後は井戸バス停で、上野原駅行きのバスを待ちます。
井戸バス停は待合所付き。てっきりここで、のんびり座って待っていられるものとばかり思っていたら、生藤山で鉢合わせした大団体がここでもほぼ同着となり(この写真の右端に姿が小さく写っている)、落ち着かない雰囲気になるのが目に見えていたので、ザックを置いたら少し離れた場所に移動して時間を潰しています。

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高畑山・倉岳山 [高尾・陣馬]

2019/10/09(水)

■第414回 : 高畑山(981m)・倉岳山(990m)


この日の行先は、中央線の駅から登り下りできて、手軽な日帰りの山として人気のある高畑山と倉岳山です。どちらもそれぞれ10年ほど前に別々に登頂済みですが、久々の再訪となる今回は、2つの山を縦走してきました。

秋晴れのさわやかな陽気に恵まれて、登山には快適なコンディションだったのに、残念ながらスッキリとした青空が広がっていたのは朝のうちだけ。ともに大月市から「秀麗富嶽十二景」に選定された、富士山を美しく望める山々だけに、展望を楽しみにしていましたが、登頂する頃には富士山はすっかり雲の中に隠れていました。

(往路)
古淵 06:46-07:08 八王子 07:17-07:24 高尾
高尾 07:43-08:00 上野原 08:35-09:24 無生野

(登山行程)
無生野バス停 09:25
雛鶴峠    10:15
高岩     10:40
楢峠付近   11:10-11:15
高畑山    11:35-11:50
穴路峠    12:15
倉岳山    12:40-13:00
立野峠    13:20
登山口    14:05
梁川駅    14:25

(復路)
梁川 14:27-14:52 高尾 14:53-14:59 八王子
八王子 15:22-15:45 古淵


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上野原駅で無生野行きのバスに乗り換えます。平日は朝に1往復があるだけのこの路線、駅から乗った3人のうち、2人がまだ市街地内を走っているうちに早々に降りてしまうと、以降の乗客は私ひとりだけになりました。
バスに小1時間揺られて下車した終点の無生野は、秋山川に沿って点在する集落の最奥部で、ちょっと寂れた雰囲気です。バス停の横にある石塔は、無生野という地名の由来に関わるとされる雛鶴姫の伝承にちなんだもの。
※この写真ではバス停名が分かりませんが、それはちょうどバス停名を隠すようにして、ダイヤ改正に関する注意書きが貼られていたからです。なお、ここから上野原駅に向かう便は、乗ってきたバスが間もなく折り返す便だけなので、このあと途中で何かトラブルがあってここに戻ってきたとしても、もう乗れるバスはありません(ただし土休日は午後にもう1便あります)。

バス停から5分ほど歩いた所にはバスの転回所があって、そこにはさっきまで乗っていたバスが。だったらここにもバス停を設けて、ここまで乗せてくれても良かったのに‥‥。
さらに5分ほど歩くと、雛鶴姫を祀った雛鶴神社があるので、立ち寄って行きました。
本殿と拝殿は平成元年の再建とあって、建物は立派ですし、境内もきれいに整えられていました。ところで、雛鶴峠を越えた反対側にも同名の雛鶴神社があって、雛鶴姫の終焉の地はそちらだという説も(詳細は不明)。

元の道に戻ると、間もなく差し掛かるヘアピンカーブの所で旧道が分岐するので、そちらに入ります。
その後はしばらくの間、旧道を歩きます。そこそこの傾斜で坂道が続くので、ここでひと汗かかされることに。なお、旧道はこの先のトンネルが封鎖されていて通り抜けできないので、人も車も通らず静かでした。
雛鶴トンネルが見えてきたら、その手前が登山口。ここまでバス停から35分ほどでした。
登山道に入る前にトンネルの様子を見てみると、一応封鎖はされているものの、柵の中央部には人が入れるほどの隙間がありますし、通行止めや立入禁止などの標識もなく、通ろうとする者を拒絶する雰囲気は感じられません。中を覗いてみても、入口から見る限りでは大きな損傷は見られず、歩きならば問題なく通れそうでした。

トンネルの前から戻ってきたら、ここから登山開始。まずは、トンネルのほぼ真上にある雛鶴峠を目指します。
登山道の一部には石垣が見られました。車道ができる前は、きっとこの道で人々が往来していたのでしょう。
その後も古来の峠越えの道らしい、ジグザグで傾斜を抑えた優しい道が続きます。中には路面が荒れている箇所もありましたが、昔から生活路として使われていたことが感じられる、歩きやすい道でした。
雛鶴峠には、登り始めてから15分ほどで到着。反対側へ下る道も、峠から見られる範囲では道形は明瞭でした。

雛鶴峠からは尾根道に変わります。はじめのうちは、歩きやすくて気持ちの良い道でした。
すぐに通過する送電線鉄塔の脇からは、富士山の頂上部がきれいに眺められました。この日は朝からスッキリとした秋晴れで、頂上に着いてからの展望が楽しみでしたし、まさか、この富士山が見納めになるなんて‥‥。
送電線鉄塔の先にはなんとヤブが! このあたりは、普段もあまり歩かれていないんでしょうね。ほんの20~30mでしたが、ここだけ道が見えないほどの草藪で、背丈よりも高く伸びた草を掻き分けて進むようでした。
ヤブの先に待っていたのは急な登り。登山地図に実線で記載される一般登山道にしては、歩く人が少ないからか歩きやすい道にはなっておらず、急斜面でもジグザグを描かずに直登するので、少々骨が折れます。
急登の途中には、リニア実験線の車両基地を見下ろせる場所もありました。
高岩の手前で傾斜はさらに急に。登るのも辛かったけれど、下りだと滑落に注意して慎重に歩く必要ありです。
高岩は展望のない地味なピーク。ここで西へ分岐する破線路も、道形は不明瞭に見えました。

高岩からは、一旦少し下ります。ここの下りは比較的穏やかな道でした。
下り切ったところがイヤゲ峠らしいのですが、標識等に現在地名の表記はありませんでした。
イヤゲ峠からの登り返しは、何箇所かで露岩が現れる道で、ここまでと比べると傾斜は落ち着いていました。
登り詰めたところが大タビ山です。ここも展望はなく、尾根上のちょっとしたコブに過ぎない印象でした。
大タビ山の標識。これ以外にももう1つ別の標識があって、いずれも私製の物でした。

大タビ山からの下りはかなりの急降下で、しかもそれが少々長く続きます。程よい間隔である立ち木に掴まりながら下れるので、そこまで困難な下りではなかったけれど、このような道に慣れていないと少し戸惑うかも。
急降下を終えると、鞍部のあたりが楢峠のはず。しかし付近のどこにも標識はなく、地形図の破線路も東西ともに不確かで、峠の位置は不明だったのですが、次なる登り返しに備えて、ここで最初の小休憩を取りました。
その後は高畑山までずっと、容赦ない急登が続きます。結局、雛鶴峠と高畑山の間は、急登と急降下が大半を占めていて、歩きやすい箇所は少なく、道形も薄くて時として不明瞭になることもあるなど、あまり一般登山道らしくないという印象を持ちました。この区間は、山慣れした人でないと厳しく感じるのではないでしょうか。
どうにか急登を登り詰めて、高畑山と倉岳山を結ぶ稜線に上がりました。もう高畑山は目と鼻の先です。

高畑山に到着しました。思っていたよりもこぢんまりとした山頂です。
冒頭で触れた通り、「秀麗富嶽十二景」の1座です。が、「秀麗」を拝めるとばかり思っていた富士山は‥‥。
なんと、全く見えていませんでした。唯一開けている南の空には、いつの間にか雲が増えていて、富士山を完全に隠してしまっていたのです。上空が良く晴れているので期待していただけに、これにはガッカリでした。
さて、ややマイナーなコースを平日に歩いているので、ここまでは鹿2頭を見掛けただけで、この山頂も無人でしたが、休憩中にやっと自分以外のハイカーと会っています。その単独行の女性は、倉岳山方面から現れたと思ったら、今はほとんど展望のないこの山頂ではほんの一瞬立ち止まった程度で、ほぼスルーするように鳥沢駅への道を下って行かれました。だからある程度の展望は、倉岳山ですでに楽しまれていたのかもしれませんね。

高畑山からは、来た道を少し戻るように歩いて、先程右から上がってきた分岐を直進し、倉岳山に向かいます。
すると、ここからは一般登山道の中でもメジャーで良く歩かれているコースになります。斜面にはきちんとジグザグが描かれて勾配が緩和されているなど、雛鶴峠からのコースとは全く別格の歩きやすい道に変わりました。
しばらくは急な登り下りが現れることがなく、本当に気持ち良く歩ける尾根道が続いていきます。
軽く登り返したところが天神山。
天神山も小さなコブといった感じですが、ちゃんとした山頂標識がありました。
さらに、北面が大きく開けていて、この日初めて、展望らしい展望を楽しめています。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。

天神山からは少し急な下りで穴路峠へ。南北に峠越えする道はいずれも登ってきたことがあって(南の無生野から登った時は高畑山へ(2007)、北の鳥沢駅から登った時は倉岳山へ(2009))、訪れるのが3回目になりました。
穴路峠から倉岳山への登りは、穏やかで気持ち良く歩けるところがあるかと思えば‥‥。
倉岳山に近付くと急坂の連続となりますが、道はジグザグになっていたりして、歩きにくい箇所はありません。

倉岳山に到着すると、そこは割とゆったりとした広さのある頂上で、ベンチもあって腰を下ろして休憩ができます。また到着時は単独行の男性が先着していて、この日見掛けた2人目の(そして結果的に最後の)ハイカーとなりました。10分ほどでその方が先発されると、山頂には私だけが残されています。
ここも「秀麗富嶽十二景」の1座ではありますが‥‥、富士山の方向は先程までよりも雲が増えていたような。
そして倉岳山は山梨百名山でもあるので、その標柱も設置されていました。手前に写っているのは三角点です。
雲が多い南側に比べると、北側は雲が少なくて割とスッキリとした展望を得られていました。樹木がやや邪魔で大きくは開けていないのが残念なものの、北西側を眺めてみるとこんな具合です。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します。
そして真北の方角には奥多摩の山々を眺められています。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します。
雲が多かった南側も一応は写していますが、道志の稜線が見られた程度であまりパッとしない眺めでした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。

倉岳山での休憩後は、立野峠を経由して梁川駅へと向かいます。倉岳山の直下は少し急な下りでしたが、その後は穏やかな道に変わって、何度か小さなアップダウンを繰り返しつつ高度を落としていきます。
立野峠で尾根道を離れて、左へ下る梁川駅への道に入ります。
はじめのうちは緩やかな坂道を、快調に下って行きます。
植林の中に入る上、北向きの斜面になるからか、中には少し薄暗くなる場所も(写真は明るく写りましたが)。
沢筋まで下った所は水場になっていて(ただし飲用不適とのこと)、そこからは沢沿いに下って行きます。
沢筋の道はダラダラと下っていく具合で、景色にあまり変化が無いこともあり、やや単調な歩きになるのが長く感じたりした一方で、沢沿いの道にしてはあまり石がゴロゴロしておらず、歩きにくくなかったのが幸いです。
また沢筋を下る途中で、何度も対岸に渡ったりしますが、涸れ沢になっているか橋が架けられている箇所が大半でした。数回あった飛び石を伝って徒渉するこのような箇所も、流量は僅かで靴を濡らすことはなかったです。
終盤になって、小さな登り返しが何度か現れるのが少々煩わしかったものの、最後は穏やかな道になりました。

ようやく登山口まで下ってきました。ここで車道に合わさります。
登山口を振り返りました。
あとは車道を歩くだけ。途中にあった迂回箇所も、幸い歩く距離は大きくは変わらず、影響は最小限でした。
ゴールの梁川駅に到着です。この駅に来るのは2006年以来で、新しくなった駅舎を見るのは初めてでした。

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高尾山・小仏城山 [高尾・陣馬]

2019/08/12(月・祝)

■第411回 : 高尾山(599m)・小仏城山(670m)


今年の夏は記録的な猛暑に加えて雷雨が連日のように続き、なかなか山に行かれないままお盆休みに突入。
こうなると、遠出なんてしようものなら帰省ラッシュに巻き込まれるのが必至なので、この日は行先を近場の高尾山にして、暑さが厳しくなる前の早朝のうちに歩き終えてしまうことにしました。

(往路)
古淵 04:59-05:21 八王子 05:26-05:34 高尾
高尾 05:38-05:41 高尾山口

(登山行程)
高尾山口駅 05:45
霞台    06:30
高尾山   07:15-07:30
一丁平   07:55
小仏城山  08:15-08:30
小仏峠   08:45
小仏バス停 09:20

(復路)
小仏 09:40-10:01 高尾 10:06-10:14 八王子
八王子 10:20-10:43 古淵


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最寄駅の始発電車から乗り継いで、高尾山口駅に2番電車で到着。まだ5時台の静かな駅前から歩き始めます。
自宅周辺は、夜明け前の出発時点でも蒸し暑かったのに対して、ここまで来ると多少は空気が違っていて、いくらか涼しさが感じられました。それでも、歩き始めたらすぐに汗をかかされてしまったのですが‥‥。
ケーブルカーの駅前も閑散としています。駅舎には東京オリンピックのエンブレムが掲示されていました。

はじめは6号路の車道を進み、山道が始まるところで6号路を左に見送ったら、車道をさらに直進します。
東京高尾病院の前を過ぎて、建物の裏手に回ったところから、山道が始まります。このコースも数年前からは「山と高原地図」に載るようになっていました。
少し登ると、石仏広場の前で、琵琶滝からの道を合わせます。
その先で、高尾山界隈の山道で一番険しいと思われる区間に入りますが、岩が露出した路面が少々ワイルドに感じられる程度の、登山者にとってはありふれた景色なので、面喰らうとすれば観光客くらいのものでしょう。
とはいえ、短い距離で高尾山までの標高差の大半を登ってしまうため、それなりの傾斜があります。蒸し暑い中での急な登りに、汗が大量に噴き出してきて止まらず、扇子を広げて扇ぎながらでないと登れませんでした。
岩が露出した一帯を抜けると、道の様子は穏やかになるものの、あまり傾斜は緩みません。
その後は木段が断続的に現れて、さらに高度を稼いでいきます。

最後に石段を登ると、霞台の展望台に出て1号路に合流します。湿気が高いからか、都心方向は霞の中でした。
まだケーブルカーが動いていませんから、1号路を行き交う人は稀で、霞台の十一丁目茶屋も開店前でした。
霞台からは、少しだけ1号路を進みます。このあたりはほとんど平坦で、ほどなく「たこ杉」の脇を通過。
浄心門の前まで来たら、門をくぐって直進する1号路を見送り、右に分かれる4号路に入ります。

4号路を歩くのは、高尾山に最初に登った2005年以来。ですから途中に吊り橋があるということ以外は何も記憶がなかったのですが、はじめは緩やかに下っていく一方だったのですね。
夏の盛りだからか、緑が濃くて道が狭く感じる箇所もあります。
結局吊り橋までは、ほぼずっと下りでした。緩い下り坂だったので、そんなに大きくは下っていないのですが。
4号路名物の吊り橋を渡ります。両側とも間近まで木々が生い茂っていて、橋の上から見る景色は今ひとつ。
吊り橋を渡った対岸から、登り返しが始まりました。
4号路は途中で「いろはの森コース」と交差していて、それが単純な十字路ではないやや変則的な交わり方をしているので、道標をきっちり確認して4号路の続きへ。
その後も登りが続きますが、先程の霞台まででかなり登ってきていたので、もう大きな登りはありません。
山頂直下の2階建てトイレの脇で、再び1号路に合流。もう山頂は目と鼻の先です。

高尾山に到着しました。朝7時過ぎの山頂はまだ人が少なくて静かです。
なので山頂の標識も最高点にある三角点も、全く人が入らない写真を撮ることができています。
雲が多かったこの日は、富士山はもとより、比較的近くにある丹沢の山々すらほとんど眺められませんでした。

山頂の西側に一段下ったところのベンチで少し休んだら、「ここから奥高尾へ」の標識に従って先へ進みます。
鞍部まで下り、5号路を突っ切った先では、もみじ台には登らずに北側の巻き道へ。
北側の巻き道は道幅が広くて、林道のような雰囲気。以降はランナーの方々に次々と抜かれながら進みます。
しばらくして、もみじ台を経由してきたメインのコースと合わさると、小仏城山へ向けての登りが始まります。
緩やかな箇所も含めて坂道が全て階段状になっているのは、通行量の多いコースゆえに仕方のないことですね。
休憩舎やトイレがある一丁平を通過します。
さらに少し登ると一丁平の展望台に出ますが、やはり富士山や丹沢の山々は雲の中でした。
視線を少し左に移してもこんな具合で、雲の手前で見えているのは多くが名を知られていない地味な山でした。
朝のうちは曇りという予報だった割に、実際は結構晴れていて、日差しを浴びつつの登りは少々きつかったのですが、奥高尾に入ると湿気をあまり感じないカラッとした空気に変わっていて、蒸し暑さからは開放されました。

小仏城山に到着したのは8時過ぎ。2軒ある茶屋がちょうど営業を始めた頃合だったようです。
歩いてきた方向を振り返っても、見えているのは高尾山あたりまでがせいぜいでした。
まだ幾らかの余力は残っていたので、小仏城山から下山するか、景信山まで足を伸ばすかで少々迷いましたが、1ヶ月ぶりの山だけにあまり調子に乗らないほうが良さそうに思えたほか、猛暑の中で大量の汗をかいていたこともあって、大人しくここから下山することにして、小仏城山での休憩後は小仏峠へと下ります。

しばらく下って、小仏峠に着く直前、茶屋跡の廃屋がある地点の手前にある、以前は何もなかった広場に、多数のベンチが設置されていました。でも、この中途半端な場所にこんな大量のベンチ、需要あるのでしょうか‥‥。
小仏峠まで下ってきました。ここで奥高尾の縦走路からは外れて、さらに小仏バス停へと下ります。
が、小仏バス停への道に入ってみたら吃驚! 前回歩いた時はもっと道幅が狭く、路面が凸凹していたり所々に段差があったりする、歴とした登山道で、それゆえに少々歩きにくい箇所があったりもしたのですが‥‥。
この通り、何かしらの重機を通したらしい均一の道幅が続き、路面も平らに均された上に細かな砂利まで敷かれていて、もうほとんど林道同然。登山道を歩く趣など全く感じられない、退屈な道になってしまいました。
そして、そのことと関連があるかどうかは不明ですが、このような警告板が随所に立てられていました。ここで「道路」という表現に違和感を覚える方がいるかもしれませんが、この登山道の前身は古くからの甲州街道であり、現在も東京都道・神奈川県道516号(浅川相模湖線)に指定されている、歴とした「道路」なのです。
さらに下って行くとこんな光景が。なるほど、恐らくはどこかの茶店が、軽トラの荷台に載せてきた荷揚げ用の車両をここで下ろし、ここからはその車両を走らせて、道の体裁までそれに都合の良いように変えてしまったのでしょう。それが何らかの許可を得た上で行われたのなら軽々に批判できませんが、上記警告板の存在はそれが違法裏に行われたことを物語っているように思われ、もしもその通りならば、これは暴挙という以外ありません。
ところで私は、景信山の茶店が小型トラクターで荷揚げをしている現場に遭遇したことがありますが、その際は登山道に余計な負荷をかけないようトラクターを操作していたようでしたし、現に景信山への道は現在も登山道らしさを留めていると思いますので、そういう配慮をしない別の業者が現れた、ということになるのでしょうか。
それはともかく、もはや歩いていても何もつまらない道になり果ててしまったので、今後はこの道を歩くことに気が進まなくなってしまいました。これにはきっと、旧甲州街道の看板も泣いていることでしょう。

その後、沢沿いまで下るとさらに道幅が広がって、すっかり車道のようになります。このあたりは前からこうだったような記憶もありますが、とは言えここまで整然とした道だっただろうか、という気もします‥‥。
舗装された道路の終点まで来ました。一般車が入れるのはここまでです。
小仏バス停に到着。タイミング的には1本前のバスに間に合いましたが、汗だくのまま乗りたくなかったですし、20分間隔ですぐに次が来るので、前のバスの発車を見送り、帰りの身支度をして次のバスを待ちました。

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