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大岩山・羽根子山・高川山 [富士山とその周辺]

2019/05/18(土)

■第408回 : 大岩山(753m)・羽根子山(896m)・高川山(975m)


この日の行先は、前回の扇山・百蔵山と同じく、山梨百名山に名を連ね、秀麗富嶽十二景の1座でもある高川山です。2007年に登って以来の再訪になるという点も、前回と類似するケースとなりました。
今回は、大岩山や羽根子山から縦走する、いわゆるバリエーションルートで高川山を目指した結果、朝1番で歩いたこともあってか、比較的人気が高いはずの山なのに、人と会うことがほとんどなく静かに過ごせています。

 累積標高差(登り):896m / 距離:9.6km / 歩行時間:3時間40分 (休憩除く) 
(参考) 同コースの標準時間:4時間40分 

(往路)
古淵 04:59-05:21 八王子 05:35-06:19 大月
大月 06:23-06:29 初狩

(登山行程)
初狩駅    06:35
屏風岩山   07:25-07:30
大岩山    07:45-07:55
向峠(鍵掛峠) 08:05
カンバ沢ノ頭 08:50-08:55
羽根子山   09:00-09:05
高川山    09:30-09:45
中谷入登山口 10:25
道の駅 つる  10:45-11:00
禾生駅    11:10

(復路)
禾生 11:25-12:22 高尾 12:23-12:29 八王子
八王子 12:40-13:03 古淵


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

最寄駅の始発電車から乗り継いで、朝6時半に初狩駅に到着。この駅で同じ電車から降りたのは私だけでした。
線路をくぐった先で、高川山への道標が左折を示しているのを無視して右折すると、次の角にも高川山登山口の標識が。この先は現在ではバリエーションルートの扱いですが、かつては一般的な登山道だったのでしょうか。
その道に入ると、道の両脇に点在していた家並みはすぐになくなって、未舗装の砂利道に変わりました。
ほどなく別の砂利道に突き当たると、その先からは山道に変わるはずなのですが‥‥。
少し右にズレた位置で見つかったその山道は、予想外に草深くて(実際は、この写真から受ける印象よりも、道の存在がずっと明瞭に見えていましたが)、テープによる目印がなかったら、入るのを躊躇ったことでしょう。


はじめのうちは登山口同様、草深い道が続きます。朝露でウェアが濡れるという体験を久しぶりにしました。
ただし道は細いながらも明瞭で、ヤブっぽいところもなく、進むにつれて草丈が低くなって歩きやすくなってきます。クモの糸にも時折引っ掛かる程度で、不快な思いもほとんどせずにすみました。
尾根に乗ってからは、下草もなくなってスッキリとした道に変わります。
さほどきつく感じる登りのないまま、736mの三角点を通過すると、もう屏風岩山は目と鼻の先です。
三角点からわずかに下って登れば、屏風岩山手前の分岐点。右折して、すぐ先にある屏風岩山を往復します。


ゴツゴツした岩に覆われたピークに到着。ここが屏風岩山でしょう。近くに見えているのは鶴ヶ鳥屋山。
岩山の南西面は大きく切れ落ちていますが、縁に近付かなければ危険はありません。この岩壁を下から見上げた時に屏風のように見えるとすれば、きっとそれが山名の由来なのでしょう。
この頃はまだ比較的見通しが良くて、2つ上の写真の鶴ヶ鳥屋山のほかにも、滝子山などが見えていました。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します。
山名標は木の幹に括られた物と、地面に落ちている物の2つがあり、どちらも私製でほぼ同じような体裁の物でした。なお、登山地図ではここを「屏風岩」としていて、山名が付いた地点としては扱っていないようです。


先程の分岐点に戻ったら、今度は直進して大岩山へ向かいます。
大岩山へは、少し下ってから同じくらい登り返します。中間地点の鞍部付近だけ、植林の景色に変わりました。
その後、登り詰めた小ピークが大岩山かと思ったら、そこでは標識などそれらしいものが一切見当たりません。
そこで右を向くと、ほんの少し先に、今いる地点よりも僅かに高そうな場所が見えています。地面には進入禁止のサインがあるので、高川山へのコースからは外れる方向なのでしょうが、それを承知の上で行ってみました。
ほんの20~30秒ほどの移動で、一番高そうな地点に到達。展望も何もない場所ですが、ここが大岩山でしょう。
大岩山の最高点の近くには私製の標識がありましたが、小さいばかりか色も地味なため最初は見落としてしまい、もう一度改めて周囲を探した時に見つけています。
高川山へは、進入禁止のサインの手前まで戻って、この岩を越えて行きます。この付近には岩らしい岩がこれしかなかったので、さほど大きな岩ではなかったけれど、これが山名の由来なのかもしれません。
大岩山から下り始めると、間もなく尾根を左に外します。尾根からの降下点に道標などの明確な案内はないものの、道筋は明瞭で目印のテープもありましたから、破線路を歩き慣れた人なら見落とす可能性は低いでしょう。


その後はやや足元の悪い下りが続いたのち、鞍部にある向峠を通過、反対側の尾根に取り付きます。向峠は峠越えの道が交差する十字路で、交差する道にも私製の道標による案内がありました。近ヶ坂峠への道は、明瞭なのに入口が通せんぼされていましたが、通過困難になっているのか、単なる誤進入防止なのかは分かりません。
向峠にあった私製の標識は「向峠(鍵掛峠)」となっていました。現在の登山地図はここを「向峠」とした上で、少し南にある別の峠を「鍵掛峠」としていますが、少し古い版を見るとここが「鍵掛峠」だったりするので(現在の版の鍵掛峠の地点には地名の表記がない)、年代によって地名の認識のされ方に変化があるようです。
向峠からの登り返しは、途中から傾斜が少し急になるものの、あまり長くは続きません。
稜線に上がった所で、近ヶ坂峠からの尾根道に合わさりますが、かつて行先を案内していたらしい道標は、地面に転がっていた(写真右下)ばかりか、字もかすれて解読不能で、何も道案内がない分岐点になっていました。
あとは高川山から南西に派生している尾根を、その元までたどるだけですし、しばらくは1本道なので、進路の見極めは容易です。とはいえ、道が格段に明瞭になったわけではなく、相変わらず細い道の箇所が大半でした。
尾根上では時折、見頃のツツジが目を楽しませてくれます(ツツジは高川山まで散発的に点在していました)。
久しぶりに大きめのヘビに遭遇。しかも、なかなか登山道上から退散してもらえず、少し手を焼きました。


尾根上で小さなアップダウンを繰り返していた道は、しばらくすると急登に変わります。
急登を登り詰めたピークがカンバ沢ノ頭。ほとんど展望のない地味なピークでした。
カンバ沢ノ頭にも私製の標識がありました。


カンバ沢ノ頭から短く下って登り返した羽根子山は、狭くて、あまり居心地の良くないピークでした。
羽根子山には公的なものではなさそうながら、「つる山友会」なる団体が設置した立派な標識がありました。
前日までの天気予報では、時間が経つほど晴れてくることになっていたのに、実際は逆で、どんどん雲が厚くなってきている感じです。次に向かう高川山こそ、すぐ近くまで迫っていたのでクリアに見えていましたが‥‥。
屏風岩山から眺めた西側の山々は、すでに多くが雲の中。三ツ峠山も、見られたのはこの通り中腹まででした。


羽根子山からは、高川山が見えている左手に進路を取って、ロープが設置された急坂を下ります。直進する尾根にも踏み跡はありましたが、その入口には明確な通せんぼのサインがありましたし、羽根子山で高川山が見える方角を確認できていれば、地図を見ながら歩いている人が道を間違えることはなさそうです。
羽根子山と高川山との鞍部を過ぎると、やがて左に下る道が分かれます。ここには私製の道案内がありました。
その後はまっすぐに高川山を目指すのではなく、途中で進路を左に変えて斜面を一旦トラバース、ここで2007年にも歩いたはずの、初狩駅からの一般登山道に合流しました(この地点に羽根子山への案内はなかった模様)。
一般登山道だけあって、このあと頂上までの短い距離の間にも、この日初めて見る自分以外のハイカーとすれ違ったりしています。そして、なんだかポツリポツリと雨粒を感じ始めたのが気になりつつ、登っていくと‥‥。


高川山に到着しました。まだ朝の9時半ということもあってか、先客は3人組の若者グループのみ。いつも賑わっているはずの山なので意外でしたが、スッキリしない天気でハイカーの出足が鈍かったのかもしれません。
そう、せっかく展望の良い頂上なのに、全天を覆う雲から雨粒がパラパラ舞っているような状況で、景色がほぼ何も見えないのが残念でした。どうやら、一番天気が悪い頃に登頂のタイミングが重なってしまったようです。
富士山がどの方角に見えるはずなのかも、この展望写真に教えられなければ全く分からないような状況で‥‥。
これらの写真なども、一体どの方角を写したものなのか、定かではなくなってしまいました(苦笑)。
高川山の頂上にいる間、雨は一旦は傘を差さなければ濡れるような降り方になったものの、木陰で休憩していた自分は影響を受けずにすみました。そして15分ほど経過して、雨がほぼ降り止んだ頃に頂上を後にしています。


高川山からは禾生駅へ下ることにして、中谷入コースを目指します。一般登山道の歩きやすいことといったら。
分岐点にはもちろん道標完備です。ここで、2007年に歩いた大月方面への道を見送って右折します。
その後はジグザグ道の下りが続き、大きな九十九折りが道の傾斜を緩和していて、とても歩きやすかったです。
かなり下ったあたりで、古宿コースを右に分けて中谷入コースへ。
しばらくダラダラした下りが続いたのち、断続的に舗装された路面が現れたあたりで、前方に単独行の先行者を発見。結局この日、山の中で見掛けたハイカーは、その人を合わせて計5人という少なさでした。


中谷入コースの登山口まで下ってきました。
中谷入コースの登山口を振り返っています。
車道を歩き始めたら時折日が差してきました。とはいえその後も曇ってしまう時間も多く、少なくとも午前中いっぱいはスッキリしない天気が続きましたが、やはり高川山に登頂した頃が一番空が暗かったかなと思います。
最初の人家が現れた時、その後方に同時に見えてきたのは、リニア見学センターと、リニア中央新幹線の実験線です。興味はあるので一度は行ってみたい場所ですが、それはまた別の機会に。
防音防災フードに覆われたリニア中央新幹線の実験線は、登ってきたばかりの高川山の直下を貫いています。
リニア見学センターを脇目に見て進んで行くと「道の駅 つる」があります。時間が合えば昼食でもと思って、ここを下山先に選んだのでしたが、予定を大きく上回るペースで歩けた上、天気の悪かった高川山頂上での休憩も短時間で切り上げたことで、禾生駅に直行するかどうかで帰宅時間に1時間半もの差が出るタイミングになりました(富士急線の電車の間隔が1時間開いていて、1時間後の電車だとJR線への乗り継ぎも悪いのです)。そこで昼食は後回しとし、早い電車で帰ることにして、道の駅ではトイレ&着替え休憩だけにしています。
ゴールの禾生駅に到着。ちょうど次に来るのがJR線への直通電車だったので、乗り換えが少なくて快適でした。

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都留アルプス [富士山とその周辺]

2019/02/23(土)

■第400回 : 都留アルプス(蟻山(658m)・長安寺山(654m)・古城山(583m)


この日は都留アルプスを歩いてきました。山梨県都留市のほぼ中央に連なる標高500~700m級の山々を繋いだコースで、地元山岳会の発案によって2017年に整備された、比較的新しいコースです。

当初は雨が降ると予報されていた日に(予報が変わったのは前日)、早朝の7時前に歩き始めて10時過ぎには下山していたことも重なってか、自分以外の登山者に全く会わないまま歩き終えていますが、このコースの存在もまだ広くは知られていないのでしょう(例年ならば積雪が考えられるという、時期的な影響もあったのかも)。

 累積標高差(登り):807m / 距離:10.0km / 歩行時間:3時間20分 (休憩除く) 
標準タイムは不明(登山地図の収録範囲外) 

(往路)
古淵 04:59-05:21 八王子 05:35-06:19 大月
大月 06:33-06:49 都留市

(登山行程)
都留市駅 06:55
蟻山   07:35-07:40
白木山  07:50
長安寺山 07:55
天神山  08:20
713m峰  08:55-09:00
697m峰  09:50
古城山  10:10-10:15
東桂駅  10:30

(復路)
東桂 10:43-11:15 大月 11:22-12:06 高尾
高尾 12:11-12:17 八王子 12:20-12:43 古淵


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

富士急行線の都留市駅からスタート。昨夜までぐずついていた天気が、朝には回復しているという予報だったのを受けて早出してきたのに、上空はどんよりとした雲に覆われていました。
市街地を少し歩いて、ひまわり幼稚園の裏手から、「都留アルプス」の道標に従って登り始めます。
はじめは、谷村発電所の導水管に沿って、ジグザグに登ります。このことは予め知っていたのだけれど‥‥。
それが、こんな舗装された道だとは思いませんでした。なんだかちょっと味気ない登りです。


発電所の作業路でもあるらしい道を、導水管の落ち口の高さまで登ったところに、富士山展望台への分岐がありました。こんな空模様では何も見えないことが分かりきっていますが、一応は寄って行くことに。
分岐から1分も歩くと、ちょっと小高くなった場所が現れて、どうやらそこが展望台のようです。
案の定、「富士山展望台」なのに肝心の主役が不在です。展望写真も空しく見えて、すぐに引き返しました。


元の道の続きに戻ると、ようやく山道を歩けるようになりました。
「都留アルプス」の道標が割と短い間隔で道案内をしてくれて、相当の手間を掛けて整備した様子が窺えます。
「都留アルプス」最初のピークとなる蟻山に着きました。どの方角も見通しが良くて、かつて狼煙台があったという解説板の説明も頷けます。でも現在は元々さほど広くない頂上部の大半が電波塔に占有されて、手狭な場所となっている上に、見通せる方角も限られていました。それに、「蟻山」の標識も見当たらないようです。
天気はまだ回復する兆候すら見られず、どの方角を向いてもこんな景色ばかりでした。
短い休憩を取ったのち、蟻山を後にすると、なぜか一段下がった場所に「蟻山」の標識がありました。


エスケープルートの多いコースだけに、その後はしばしば分岐点を通過することになりますが、要所にはしっかりと道標が設置されていて、道案内は万全だったと感じています。
2番目のピークとなる白木山は、なだらかな尾根の途中といった具合の、あまり山頂っぽくない場所です。
白木山は大した展望もなく、蟻山で少し休んでから時間も経っていないので、通過するだけになりました。
次の長安寺山へは、プラスチック杭の階段道を登ります。ほぼ送電線に沿って進むこの登山道は、送電線巡視路と重なっているらしい区間が多く、この先でも同じような巡視路仕様の階段が何度も現れるのでした。
長安寺山も、雰囲気は先ほどの白木山と似ていて、あまりパッとしないピークです。
標識だけがポツンと立っていたのも、白木山と同様でした。他に何もないので、ここもスルーしてしまいます。


長安寺山から先へ進むと、すぐに「パノラマ展望台」への分岐があって、それらしい場所がもう見えています。
分岐点からほんの数十秒で「パノラマ展望台」に到着です。都留市駅側から歩いてきた場合、ここで初めてベンチを見ることになるので、ここを休憩地点にするのが良さそう。
未だ天候回復の気配はなく、ここからの眺めも残念なものに終わりました。来る時間が早すぎたのでしょうか。


展望台から元の道に戻ると、その後は一気に高度を落とし、山の麓あたりまで下った頃に分岐点に出ました。
だから分岐点で左を向くと、もう市街地がほぼ同じような高さに迫っていました。
一方、右には水路橋が見えていたので、近くまで行ってみます。橋の中を通っているのは、登りしなに見てきた谷村発電所へ通じる水路で、「都留アルプス」の登山道はこの水路沿いを進むコースにもなっているのでした。
水路橋の説明を読んでいたら、最後に気になる一文が。
  『★橋の下の中央で手をたたくと「鳴り龍」が聞ける。』
手を叩いてみたら、その余韻がちょっと面白かったです。2つの橋脚が近距離で隣接しているその間で手を叩くと、反射音が橋脚間を瞬時に往復しながら減衰していくので、あたかも一連の断続音っぽく聞こえるのでした。


登山道に戻って軽く登り返して行くと、ほどなく鉄塔が建つピークがあります。てっきりそこが天神山だとばかり思っていたら、周囲をいくら探しても山名標が見当たりません。
その代わり、そこを過ぎて一旦軽く下り、同じくらい登り返すと、何やら前方に標識らしき物が。もしや‥‥。
やはり、それが天神山の標識でした。なぜこんな、およそ山のてっぺんっぽくない場所が選ばれたのだろう?
天神山の先で、再びガクンと下ると、目の前に再び水路橋が現れました。
ここでも水路橋と同じくらいの高さまで下るので、橋を横から眺めて通過していきます。


水路橋の先で、谷村第一小学校の学校林に入ります。「友愛の森」と名付けられた林内には東屋が建っていたほか、近くには多数のベンチもあり、ここが、このコースで腰を下ろして休憩できる最後の地点となりました。
東屋を少し過ぎたあたりで、道の左側になにやら標石を見掛けました。
地形図では何の表示もない地点なのに、標示杭には「大切にしましょう三角点」とあります。帰宅後に国土地理院のサイトで調べると、この地点にあるのは「図根点」となっていて、三角点の補助的なものなのでしょうか。
その後は割とダラダラとした登りを続けていくと、広く伐採されたエリアに入りました。そこでは大々的に桜の植樹が進められていたので、将来は桜と展望の両方を楽しめる場所になりそうです。
伐採地からの展望はこんな具合。見えているのは、都留文科大学前駅を中心とした町並みです。


都留文化大学前駅への分岐点まで来ました。都留アルプスには、その全長にあたる「がっつりコース」のほかに、家族で楽しめる「ファミリーコース」や登山初心者向きの「一般コース」の設定もあって、最も短い「ファミリーコース」はここから下山となります。実際のところ、楽しく歩けるコースはここまでだったような‥‥。
というのも、そこから先になると、ゴール間近の古城山に着くまでは見所らしい見所がなく、変わり映えしない景色の連続で、歩くこと自体が好きな人でないと退屈するのではと心配になるような状況だったのでした。
しかも、713mピークの手前には、少々急な登りが現れたりもして、ややタフなコースに変わります。
急坂を登り詰めた地点の道標には、手書きで「713M地点」と書き加えられていましたが、それは誤りです。さほど難しい地図読みではなく、地形図を見て歩いていれば誰でも気付けそうなことなのに、なぜ間違えた?
正しい713mピークは、この松林の中だったようです。このコースで最も標高の高い地点にしては、何もなさすぎて残念な景色ですけれど。


713mピークを過ぎると、間もなく尾崎山への分岐点に出て、都留アルプスの続きは案内通り右折になります。
その後はあまりパッとしない景色の中を、ウネウネと曲折を繰り返しながら下っていきます。あまりに頻繁に進行方向が変わる上に、地形的な特徴にも乏しいので、地形図を見ていても現在位置が分からなくなりました。
ただ、道標は過剰に感じるくらいに立っていて、道に迷う心配はありません。やがて、運動部の部活系らしい声やら物音やらが間近に聞こえてくるようになると‥‥。
楽山球場のすぐ脇を通過していきます。
ほどなく、楽山球場への分岐点に出ました。「一般コース」の場合はここまでなので、さらに先へ進むのは「がっつりコース」を選んだ人だけとなります。実はこの先にもまだ、結構大きな登りが控えていたりするので、ここまで来た時点で体力の残りに不安があれば、無理せずここからコースを外れた方が良さそうに思われました。


分岐点を過ぎると、薄暗くて殺風景な植林帯に入り、沢状の地形(この日は枯れていて水流はありませんでした)に沿って、長い登りが始まりました。はじめのうち、傾斜は穏やかでしたが‥‥。
しばらく登って沢から離れると、所々で景色が開放的になる一方で、傾斜はきつくなります。疲れが溜まってきた終盤での急な登りは、なかなか苦しいところ。それはそうと、今頃になって晴れてきたけれど、もう遅いよ!
その後もどんどん登らされて、一体どこまで行くのかと思ったら、鉄塔が立つ697mピークでようやく登りが収まりました。そこには「尾崎山」を示す道標も立っていて、分岐点にもなっているようです。
それにしても、都留アルプスのコースマップでは、コースの後半部分がまるで何事もなく歩けるかのようにあっさりと書かれているのに、実はそこに、コース中でも最大規模の登りが2つも潜んでいたことになります。
さらに先程の713mピークといい、この697mピークといい、コース中で最も高い2地点に名前がないことも残念に感じました。確かに、どちらもピークとしては中途半端で、名付けるほどの地点でもないのですが‥‥。


697mピークからの下りは、気持ちの良い雑木の尾根道になりました。傾斜もほどほどで歩きやすいです。
最後はやや急な下り坂になって、一旦森から抜けます。ここまで来れば、あとは古城山への登りを残すのみ。
しかし、その最後の登りがまた、ほんの短いものですが傾斜はすこぶる急でした。ここがコース中で一番の急登だったと思われ、あまりの急斜面に、プラスチック杭の階段も崩壊気味です。
急登を登り詰めると、最後のピーク、古城山に到着です。
山頂の南側には住吉神社が鎮座しています。
急だったとはいえ、短い登りだっただけに、麓との標高差は小さくて、町並みがすぐ下に見えていました。


神社の境内で少し息を整えたら、最後は住吉神社の参道を下っていきます。
少し下って、奥からくぐってきた鳥居を振り返りました。
参道の途中には獣害防止の柵があって、扉を開閉して通過します。
こちら側の登山口となっている参道の起点まで、山頂からほんの数分で下ってしまいました。


あとは車道を歩いて、東桂駅へと向かいます。
この頃にはすっかり晴れ渡っていて、三ツ峠山をスッキリと眺められました(このあと富士急行線の車窓からは富士山も拝めています)。この時間から歩き始めていれば、展望台からの景色も見応えがあったことでしょう。
ゴールの東桂駅に到着。この日は都留市駅からここまで、自分以外の登山者と全く会わず、静かに山歩きができています。マイナーなコースでは時々あることですが、一般向けに整備されたコースなので少し意外でした。

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三石山 [富士山とその周辺]

2018/05/12(土)

■第383回 : 三石山(1173m)


今回の行先は富士山の西側に位置する三石山。山梨百名山の一座ながら、「山と高原地図」の収録エリア外で、「分県登山ガイド・山梨県の山」の収録からも漏れているという、地味な存在の山です。
知名度の低さもさることながら、駅から登山口までの交通機関がなく、電車利用で登る際に、身延駅から退屈な林道を延々と歩いて往復する必要がある点も、登山者が少ない一因となっていることでしょう。実際にこの日は、自分以外の登山者を1人たりとも見掛けることがないまま歩き終えています。

なお、今回は林道の往復を避けるため、往路は塩之沢駅近くの桜井集落から地形図の破線路を追いましたが、かなり荒れた道には不明瞭な箇所も多く、もはや満足に歩ける状況ではなかったので、一般には勧められません。

 累積標高差(登り):1245m / 距離:16.5km / 歩行時間:5時間35分 (休憩除く) 
標準タイムは不明(登山地図の収録範囲外) 

(往路)
古淵 04:59-05:21 八王子 05:35-06:19 大月
大月 06:23-07:12 甲府 07:16-08:37 塩之沢

(登山行程)
塩之沢駅  08:40
桜井神明社 09:10
819m峰   10:50
展望台   11:55-12:00
三石山   12:25-12:40
展望台   13:00
大崩    13:30
身延駅   14:35

(復路)
身延 15:07-16:03 甲府 16:10-17:16 八王子
八王子 17:20-17:43 古淵


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

最寄駅の始発電車を捕まえて、身延線の塩之沢駅で下車します。元々は立派な待合室がある駅だったのに、それが昨年秋に撤去されて、ホームには屋根付きのベンチがあるだけという寂しい風景になっていました。
駅の出入口もこんな具合で、ここだけを写したのでは、なんという駅なのか分からないという有様でした。


塩之沢駅から高台にある桜井集落までは車道が通じているので、普通にそこを歩けば良いのですが、九十九折りで登る車道は少々距離が嵩みますし、なによりあまり面白味がありません。そこで地形図を見ると、車道とは別の破線路が描かれていて、しかもその両端はGoogleマップのストリートビューで確認でき、廃れているようには見えなかったので(撮影が2014年と少し古いのが懸念材料でしたが)、そこを歩いてみることにしました。

ということで、しばらく身延線の線路沿いを南下して、ここで線路を渡ります。
そこには、危険なので近くの踏切を利用せよとの注意標識があるだけで、踏切にはなっていないのですが‥‥。
線路を渡った先で左を向くと、こんな具合に山道があります。ストリートビューで見る4年前の写真よりは草深くなっているように感じましたが、かといって全く歩かれなくなっているようにも見えませんでした。
その山道を登り始めて、すぐ小さな沢に出ると、そこにはちゃんと渡れる橋が架かっていて、いかにもかつての生活路という雰囲気でした。今なお現役として歩かれている感じもあり、安心して先へ進んだのでしたが‥‥。
その先は、進むにつれて藪っぽくなっていくとともに、路面も荒れ始めて、なんだか怪しい雰囲気に。
ゆったりとした道に出て、もう大丈夫かと思ったら、問題はこの後。崩壊気味の箇所がいくつもあり、出水による泥濘では靴が埋没しかけたりと、荒れ模様の道に難儀しました。地面には比較的新しい足跡が見られるので、全く歩かれていない訳ではないものの、通る人が稀なため、ほとんど手入れがされなくなっているのでしょう。


悪戦苦闘の末、どうにか桜井集落まで上がって来られましたが、この道を選んだのは失敗だったと思います。
歩いてきた山道を振り返った様子は、2014年撮影のストリートビューの写真とあまり変わっておらず、さも明瞭な道があるように見えますが、ほとんど顧みられなくなったらしい道は、すでに満足には歩けない状況でした。
集落内の道路を少し歩いたところに、桜井神明社があります。ささやかな境内で、少し息を整えていきました。
地形図では桜井神明社に三角点の記号が見られるので、探してみると、鳥居前の参道に埋められていました。
桜井神明社からさらに集落内の道路を上がっていくと、一番奥にあった墓地の先から山道に変わりました。


その山道は、標高が低い間は一貫して明瞭です。今では山仕事の人が時折使う程度でしょうけれど、深く抉れているさまから、かつては日常的に良く歩かれていた道なのではないかと思われます。
とはいえ、あまり歩かれなくなった道には、しばしば荒れた箇所が現れます。溝状に抉れた中は、落ち枝などの散乱で歩きにくいことも多くて、次第に道の両脇にある歩きやすい地面を選んで歩くことが増えていきました。
ここで道が尾根の左右に分かれたので、直感で左を選んでみたら、右のほうが正解だった模様。進むにつれて不明瞭になった左の道から、適当なところで尾根を乗り越して、右斜面に続いていた明瞭な道に復帰しています。
明瞭な道は、ここで尾根筋から外れて右へ向かいます。一旦はそちらに導かれましたが、その先も平坦なまま進みそうな気配が窺えたので、大崩集落へのトラバース道だと判断して、尾根上に続く踏み跡に乗り換えました。
地形図の496m標高点を過ぎたあたりには、珍しく平坦な区間も。しかし楽に歩ける距離は短く、すぐに登りが再開すると、特段の急登ではないのに、荒れた路面の歩きにくさで、足の疲労がどんどん進むのを感じました。
さらに登ると、深く抉れた道はたびたびこんな具合に。こうなるともう、道からは外れて歩くしかありません。


ほどなく、行く手を人工的な斜面に遮られて、踏み跡が不明瞭になりました。そしてその人工物を右から回り込んでみたら、それが失敗だったようで、やがて道が途絶えてしまいます。仕方なく、踏み跡のない斜面を適当に登っていたら、こんな木段が現れて明瞭な道に復帰したのですが、その明瞭な道がどこから来たのかは分かりませんでした(手前で右から回り込んだ人工物は、反対側(左)から回り込めるようには見えなかったのです)。
木段を上がるとそこには林道があって、山道の続きは、左に少し進むとすぐに見つかりました。
  ※下の写真にマウスを乗せると、進路を表示します。
林道から再び山道に入ると、すぐに大きな石碑(何かの供養碑?)を見ます。読めないほどに意匠化された字が書かれていて詳細は不明ですが、頻繁に人が訪れているのか、林道と石碑の間だけは道がすこぶる明瞭でした。
その後は次第に踏み跡が不明瞭に。境界標を目印に進める箇所もありますが、適当に歩くことも多くなります。
最後は踏み跡のほとんどない中を、ひたすら高みを目指す感じで、819mピークまで登ってきました。三角点の場所も分かりづらく、近くの樹木に巻かれたピンクテープの目印がなかったら、見逃していたかもしれません。
さて、819mピークに着いたらひと息入れるつもりでしたが、地面が荒れていて歩きにくかったり、踏み跡が錯綜する箇所でウロウロしたりしていたからか、珍しく事前の見積もりよりも時間が掛かっていました。しかもこの場所は殺風景で居心地も悪く、長居する気分になりませんでしたし、ここを過ぎるとしばらく平坦な道が続いて楽に歩けることも分かっていたので、写真撮影と水分補給だけしたら、先へ進んでしまうことにしました。


819mピークの先は、緩斜面が続くこともあってか、しばらくは踏み跡が不明瞭な状況が続きます。そこで時々コンパスで方位を確認しながら進んでいると、ほどなくピークを巻いてきたらしい明瞭な道に合わさりました。
明瞭な道は、間もなくヤブに突入します。でも、さほど濃いヤブではなく、足元の道は明瞭でしたし、それほど長い距離でもなかったのが救いで、あまり苦労もせず、嫌気がさす前にヤブから抜けられてホッとしました。
ヤブを抜けた先で、ほぼ平坦な道を進んでいくと、やがて大崩集落から登ってくる一般登山道に合流しました。
そこからは、一般登山道だけに、良く踏まれた歩きやすい道に変わって、要所には道標も立っていました。
しかも、地形図をはじめ各種ガイドブックでは尾根筋を直登するようにコースが書かれているのに対して、実際にはじわじわと登っていくような道が斜面に付けられて、傾斜がかなり緩やかに抑えられていました。
一本調子で変化には乏しいものの、傾斜が穏やかな道だけに、かなり疲れてきた足でも、あまり苦しい思いをせずに歩けています。このあと上部ではやや急な斜面に入り、ジグザグに折り返す道を登って尾根筋に出ました。


尾根に上がると、はじめは緩やかな尾根道が続いていて、間もなく道の脇に埋められた三角点を見ます。
三角点の脇を通過すると、そのすぐ先が「展望台」でした。
「展望台」では、道の両側が少しずつ開けていて、東側には富士山が見られました。
そして西側には南アルプスが(一緒には写せませんでしたが、少し左に動くと間ノ岳まで見えていました)。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します。


展望台まで来れば、もう三石山までの距離は短くて、標高差も100mを切っています。しかしここから頂上までの間には、いくつものアップダウンがあって、すんなりとは登らせてもらえませんでした。途中にはロープやクサリが下がる急な斜面もあり、登る分にはそれらを使わなくても済みそうな程度でしたが、疲労の蓄積から急登では足が前に出なくなりつつあったので、使えるものは最大限利用して、腕力にも頼って登ったりしています。
三石山の頂上に到着しました。山梨百名山の標柱を見るのは久しぶりでしたでしょうか。
西側に少し下ったところには、三石明神の社殿があります。
三石明神へ下っていくと、その先には山名の由来となったらしい3つの巨石がありました。
三石明神は、社殿もその周囲も小綺麗になっていて、今でも地元の方々に信仰され手入れされている様子です。
三石山は、山梨百名山の標柱が立つ地点が頂上ではなく、南東側にさらに10mほど登ったところが最高点です。しかしその方向を見るとこの通りで、道のない斜面をヤブを漕いで進むしかなさそうですし、そうして登り詰めても何もない場所らしいので、かなり疲れていたこともあって、今回は最高点に拘らないことにしました。


三石山の頂上を後にしたら、しばらくは来た道を引き返す形です。基本、下りになるとはいえ、この展望台まではアップダウンが何度もあるため、ここが最後の頑張りどころでした。
展望台を過ぎると、ようやく下るだけの道を楽に歩けるようになります。この地点で尾根を外れてジグザグへ。
傾斜が緩やかで登りやすかった道は、下るのも実に快適。塩之沢からのヤブ道(直進)から登山道(左折)に出たこの地点まで、登りでは45分かかったところを25分であっという間に下ってきました(時間は展望台から)。
そのすぐ先が椿草里への分岐点です。椿草里への道は登る時に横切っていますが、そこそこ明瞭な道でした。


分岐点を過ぎると、あとは深く抉れた道でやや急に下るようになります。落ち葉が厚く溜まったフカフカな感触の道は、あまりにフカフカ過ぎて、足を取られて歩きにくいほどでした。
やや急な下りは短いもので、ほどなく景色が開けると、集落上部にある畑地の脇に出ました。
少しだけ畑の間を歩いたら、すぐに民家と車道が見えてきて、登山道はそこで終わりになります。
車道に出た地点を振り返っています。ここで犬に吠えられる心の準備をしていたのに、この時は静寂でした。
上の写真の地点からわずかに下ると大崩集落の登山口で、ここには何台分かの駐車スペースもありました。


大崩集落から身延駅までは、5km近く車道を歩きます。その往復を避けて、往路は別の道を選んだのでした。
上下に分かれた大崩集落の、下のほうの集落まで下ってきたところです。長い車道歩きの間、景色に変化があったのはここだけで、ここを過ぎると延々と同じような景色ばかりが続く、退屈この上ない道のりでした。
退屈さもさることながら、大崩の下の集落を過ぎても、あまり傾斜が緩みません。車道なので大した傾斜ではないものの、舗装された硬い路面を下る衝撃が結構響いたのか、楽なはずの下りなのに足の疲労が加速しました。
見事に沿道に何もない中をひたすら歩き続け、ようやく景色が変わったのが中部横断自動車道の工事現場です。
建設中の橋を仰ぎ見ながらやり過ごすと、久しぶりに見る民家が現れて、すぐ先で身延の町並みに入りました。
結局この日は、最初から最後まで登山者を全く見ませんでしたし、車道でも車とのすれ違いがなかったので、大崩側から三石山を往復したのは私ひとりだけだったのでしょう(ただし三石山は、バリエーションで思親山などから縦走してくることも可能なので、私のあとにそうして別方面から登頂した人はいたかもしれません)。
大崩の登山口から1時間少々で、身延駅に到着です。少し手前のコンビニで食料を調達したり、駅前の栄昇堂で「みのぶまんじゅう」を購入したりしたので、歩いていた時間はほぼ1時間キッカリだったかと。長い距離を歩きましたし(しかも登りは歩きにくい道でした)、標高差も割と大きかったので、久しぶりに結構疲れました。

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