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岩櫃山・観音山 [上信越]

2019/04/29(月・祝)

■第406回 : 岩櫃山(802m)・観音山(530m)


今回の行先は群馬県東吾妻町の岩櫃山です。標高800mそこそこの低山ながら、上部には険しい岩稜が連なり、登山道も一部がその中を縫うように通されていて、スリリングな山登りができそうなのが楽しみでした。

山の南面には高さ約200mもの断崖絶壁が切り立っていて、中国の南画をも思わせるその荒々しい山容が、2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」のオープニング映像に登場していたのをご記憶の方も多いのではと思います。
そのことで一躍有名になったこの山も、放送から2年が経過、人出も落ち着いた頃合とみて出掛けてきました。
「真田丸」のオープニング映像にも登場した、岩櫃山南面の大絶壁

(往路)
古淵 05:36-05:58 八王子 06:08-06:54 高麗川
高麗川 06:58-08:27 高崎 08:53-09:56 郷原

(登山行程)
郷原駅     10:00
密岩通り登山口 10:25
岩櫃山     11:15-11:25
岩櫃城本丸址  11:55-12:00
平沢登山口   12:10
不動堂     12:30
観音山     12:45-13:00
不動堂     13:10
群馬原町駅   13:30

(復路)
群馬原町 13:46-14:36 新前橋 14:40-14:50 高崎
高崎 15:36-17:20 赤羽 17:26-17:41 新宿
新宿 17:57-18:28 町田 18:48-18:51 古淵


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

JR吾妻線を郷原駅で下車すると、同じ電車から降りたのは、私のほかには観光客風の男性1人だけでした。駅のすぐ北側には、岩櫃山の独特の山容が迫っています。
岩櫃山は、もちろん郷原駅のホームからも見上げることができました。

駅から10分ほど車道を歩いたところに登山者用の駐車場があって、そこが古谷登山口となっていました。
停められていた車は3台だけで、ちょっと安心。これから向かう、細くて険しい登山道では、人が多いと渋滞やすれ違い待ちが頻発して、思うようなペースで歩けない心配があったのですが、この台数なら大丈夫でしょう。
古谷登山口まで来ると、いよいよ岩櫃山南面の大絶壁を間近から見上げる形になっていて、迫力満点です。
引き続き車道を歩いていると、集落のあちこち花々が咲き乱れて、山里の遅い春を謳歌しているようでした。
車道区間だけで100mほど登ってしまい、一番奥にある民家のあたりで横道に入ると、間もなく登山口です。
登山口手前から見上げる岩櫃山です。この絶壁自体を登るわけではないとはいえ、こんなに険しく見える岩峰の上に、一体どうやって登るというのだろうか‥‥。

岩櫃山には5本の登山道があって、難易度はそれぞれで異なりますが、せっかく遠出してこの山を登りに来たのだから、その険しさを存分に体感しようと、登りのコースには最も急峻で中・上級者向けとされる「密岩通り」を選びました。ここがその登山口です。
登山道は最初から急勾配です。木段が断続的に現れて、段差の大きな箇所も少なくありません。
登山口から山頂までの標高差は約250mほどしかなく、その数字だけで考えると楽に登れそうな気になりますが、実はその間の水平距離が700mくらいしかないので、勾配は平均で約35%にもなるのでした。
ほどなく、岩場というほどではないけれど、クサリが下がる岩混じりの急斜面も出現します。
それにしても、序盤から容赦ない登りが続くので、時々立ち止まって呼吸を整えながらでないと登れません。
登るにつれて、足場も次第に悪くなっていきます。本格的な岩場が現れるのはまだまだ先のことですが、ここまでですでに、このコースが下りには向かないことが良く分かりました。

急斜面を登り切り、尾根に上がった所が六合目です(ちなみに郷原駅が一合目、古谷登山口が二合目で、登山道が始まる密岩通り登山口が三合目でした)。ここはこのコースでは貴重な平坦地で、ホッとできる場所でした。
登山道の険しさは、六合目より先が本番。七合目まで進むと、最大の難所「天狗のかけ橋」が待っていました。
「天狗のかけ橋」には迂回路があってそちらが先に目に入りますが、迂回路も決して楽な道ではなさそうです。
「天狗のかけ橋」は、両側が切れ落ちた細いアーチ状の岩場でした(分かりにくいけれど写真の下半分がそれ)。長さはほんの2~3mで、真っ直ぐに歩いてさえいればすぐに通過できそうなのに、ただでさえ狭い足場が結構凸凹していて、もし途中で身体がグラついてしまうと即落下なので、通る決心が固まるまで少々躊躇いました。
「天狗のかけ橋」を振り返りました。通ってしまえばほんの一瞬ですが、左右どちらかに落ちれば一大事になるだけの高さがあって、心臓がバクバクでした。なお微妙に登り傾斜だったので、下るほうが余計に怖そうです。

以降はクサリ場の連続となりますが、クサリで登る岩場には手掛かり足掛かりとなる凹凸が豊富で、傾斜も極端に急にはなりません(垂直に近い岩壁になると、大抵はハシゴが設置されていました)。整備状況も良かったので、「天狗のかけ橋」を除けば大きな危険を感じることはなく、スリルを味わう程度の感覚で歩けています。
頂上部が見えてきました。最後はどうにかして、あの岩塔に登るようです。
岩の中にできた、こんなトンネルをくぐり抜けて進むことも。規模は違うけれど、妙義山の石門みたい。
ほどなく、先程から見えていた岩塔が目前に迫り、その基部をトラバースして反対側に回り込むと、険しかった「密岩通り」コースの中でも最大規模のクサリ場が現れて、最後の仕上げを慎重に登っていきます。なお、このクサリ場は全コース共通で、ほかの比較的穏やかなコースから登ってきても、ここだけは避けて通れません。

岩櫃山の頂上に到着しました。標識が立っている小さな岩頭が最高点です。頂上の全体写真は撮り忘れましたが、今立っているあたりが狭いながら平坦地になっていて、10人くらいまでなら居合わせても大丈夫そうでした。
小さな岩頭のてっぺんに埋設されていた三角点は、その場所の狭さゆえか、金属製の丸いタイプのものでした。
岩櫃山の頂上からは、360度すべての方角をぐるりと見渡すことができて、展望盤も設置されていました。
まず南側を見てみると、すぐ近くにある榛名山が存在感を示していました。
その榛名山をアップにしてみました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
続いて西側の展望です。天気が緩やかな下り坂だったこの日、西側は雲が多くて、浅間山はその雲の中でした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
それに対して北側はまだ見通しが良く、雪を抱いた谷川岳など上越国境の山々を眺められました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
そして東側を見ると、小野子三山の後方で赤城山が霞んでいました。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します。
この時頂上にいたのは私だけでしたが、東隣にあるもうひとつの岩塔には、何人かの登山者の姿がありました。
このあと、その東隣の岩塔から、4人くらいのグループがこちらに移動してくるのが見えたので、それを潮時に頂上を後にします。彼らとは2つの岩頭の鞍部ですれ違い、短いクサリを登って、今度は私が東隣の岩塔へ。

東隣の岩塔から頂上を振り返りました。見えているクサリとハシゴを登り、先程まで私が立っていた場所です。
東隣の岩塔を過ぎると、その先にはもう険しい場所はなく、比較的穏やかな登山道に変わります。
しばらく下ったあたりに2つの分岐点があり、「沢通り」と「赤岩通り」を見送って「尾根通り」に入ります。
2つの分岐点では標識によって案内の仕方がまちまちで、地図を見ないと道を間違えそうで注意が必要でした。
「尾根通り」は途中で岩場コースと迂回路に分かれます。岩場コースを選んでみたものの、途中に現れた岩場はたいしたことがなく、写真も撮らずに通過していたら、じきにまた道が合流してしまいました。

東に延びる尾根を中腹まで下ってくると、岩櫃城本丸址に出ます。往時の建物は何も残されておらず、建物の土台らしい形跡や竪堀などの地形が遺構として見られるのみですが、すぐ下の駐車場から遊歩道を15分も登れば着く場所ですし、真田氏ゆかりの地ということもあってか、多くの観光客の姿がありました。
立派な標柱と、岩櫃城の由来を記した解説板がありました。
一段下がった場所にはあずまやが建っていて、中には登山者ノートが備え付けられていたようです。

本丸址を過ぎれば、あとは穏やかな遊歩道を下るだけ。この道なら軽装の観光客でも問題なく歩けるでしょう。
本丸址からは10分もかからずに、平沢登山口に到着。岩櫃山への登山は、ひとまずここまでとなります。
平沢登山口には、NHK大河ドラマ「真田丸」の放映年にできた観光案内所があります。人が多そうだったのでスルーしてしまいましたが、中に入れば岩櫃山や岩櫃城のジオラマなどが見られたようです。
少し下ったところには大きな駐車場も。大型連休中とはいえ、放映から2年が経った今もこれだけの車が停められているのですから、放送当時は相当な賑わいだったのではと思われます。
このあと、岩櫃山とセットで登ろうと思っている観音山を目指して、車道をさらに先へと進みます。ただ、観音山を訪れる人は少ないようで、駐車場を過ぎると、途端に人気(ひとけ)がなくなりました。

車道をしばらく歩いたところに、観音山への近道があります。なぜか最近の案内図には書かれていない道なのですが、入口にはきちんとした道標が立っていたので、特に不安を感じることもなくその道に入りました。
しかし、その道をたどった先にあったのは洞窟みたいな所。これはどう見ても行き止まりだなぁ。。。
仕方なく来た道を戻りましたが、おかしなことに、いくら探しても分岐道の見落としはなく、一本道で間違いなさそうなのです。そこで今度は洞窟の奥まで行ってみたら、「石門」と書かれた標識を発見。これってもしや?
まさかと思いながら岩穴の下を覗き込むと、ハシゴとクサリが続いていましたが、この下りが結構なクセ者でした。その最大の要因はこの穴の小ささにあります。ハシゴに移る前に斜面に正対したかったのに、狭い上にハシゴの位置も微妙でうまく身体を反転させられず、その後も大きなザックを背負ったまま下るのが一苦労でした。
通り抜けた石門を下から見上げていますが、ここは登りでないと厳しく、かつ軽装でなければ難儀するでしょう。最近の案内図にこの道が書かれなくなっている理由も、そのあたりにあるのではと感じています。
さらに、上の写真を撮った時に立っていた所まででクサリは終わったのですが(岩場がそこまでだったからでしょう)、その先で土の地面に変わってもまだ急坂は続いていて、しかもサラサラに乾燥した落ち葉が厚く積もっているものだから、もう完全に滑り台状態。この直後に見事にスッ転んだばかりか、その場で尻餅をついただけでは終わらずに、2~3mほど滑り落ちたのでした。あんなに派手に尻餅をついたのは、一体いつ以来だっただろうか。落ち葉の上だったから特に怪我はなく、ウェアもほとんど汚れなかったのは幸いでしたけれど。。。

その後も続く滑り台のような坂道を慎重に下って、不動滝まで来ればひと安心でした。
滝から少し登り返した所には不動堂。周囲に人の気配はなく、不動滝の水音だけが響いて厳粛な雰囲気でした。

観音山への登山道は、不動堂の脇から始まっていました。
観音山の斜面には多数の洞窟があって、登山道もそのいくつかの近くを通ります。
随所に大岩がゴロゴロと転がり、足元の悪い所もありますが、岩櫃山と比べると全てが他愛もなく見えました。
途中には金を掘ったといわれる洞窟も。
中腹に分岐点がありましたが、南大岩窟を回るコースは整備不良で荒れているらしく、通行止めでした。
岩場ではクサリを何度か見掛けたものの、さほど険しい箇所はなく、使わずに済むことが少なくなかったです。

観音山の頂上に到着です。登山口からの標高差がほんの100mほどしかなく、登っていた時間も15分という短さでした。この山にも、かつて柳沢城という山城があって、岩櫃城の支城だったと考えられているようです。
頂上には、上の写真の観音像(それが山名の由来でしょうか)のほか、小さな社がいくつかありました。
観音山の頂上ではツツジが見頃を迎えていました。
展望はほとんどなく、かろうじて東側に十二ヶ岳や小野子山を眺められる程度でした。

観音山からは、下るのもあっという間。10分もかからずに登山口に戻ってしまって、あっけなかったです。
あとは駅まで車道をひたすら歩きます。
最後は群馬原町駅で帰りの電車を待ちました。町の中心駅だけあって、この駅は利用者が多かったです。

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独鈷山 [上信越]

2019/04/20(土)

■第405回 : 独鈷山(1266m)


この日は信州・筑摩山地の独鈷山へ出掛けてきました。標高はさほど高くないながらも、独立峰で360度の展望が楽しめて、立地的に北アルプスをはじめとした名だたる高山をぐるりと見渡せる眺めが圧巻の山です。
さらに登山口の「千本桜の里」では桜も満開、3週連続で大展望+お花見の両方を満喫する山行となりました。
満開の桜が本当に千本くらいありそうだった、独鈷山登山口・宮沢地区の「千本桜の里」

(往路)
古淵 04:45-04:54 長津田 05:04-05:34 渋谷
渋谷 05:43-06:08 東京 06:28-07:53 上田
上田駅前 08:42-09:41 宮沢(霊泉寺入口)

(登山行程)
宮沢(霊泉寺入口)バス停 09:45
千本桜の里       09:55
独鈷山         11:15- 11:35
西前山コース登山口   12:25
前山寺         12:55-13:10
前山寺バス停      13:15

(復路)
前山寺 13:45-13:54 塩田町 14:03-14:23 上田
上田 15:12-16:14 大宮 16:27-16:59 新宿
新宿 17:09-17:45 相模大野 18:05-18:20 南警察署前


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上田駅で北陸新幹線から路線バスに乗り換えます。駅前には真田幸村の銅像が立ち、駅ビルや路線バスの車体には六文銭のデザインがあしらわれるなど、真田色が強く演出されていました。
2017年に焼山沢から美ヶ原に登った際にも利用した鹿教湯温泉行きのバスに乗って、宮沢(霊泉寺入口)で下車します。バスは途中で人が入れ替わりつつ、常に4~5人ほどの乗客があり、ここで下りたのは私だけでした。
バス停から独鈷山の方角を見たところですが、独鈷山は山麓からはスッキリとは見られないようです。
  ※下の写真にマウスを乗せると、独鈷山の位置を示します。

宮沢バス停から少し戻るように歩くと、すぐに登山口を示す大きな標柱と、千本桜の里への案内がありました。
小さな集落の中を登っていき、家並みが途切れた先で高台に上がると、桜並木が始まりました。
ここを左折して、千本桜の里に入ります(というか、すでに桜並木が千本桜の一部だったような気もします)。
上の写真にも写っていますが、左折地点には「子」の文字が添えられた小祠があり、中にはねずみの置物が供えられていました。ここからの登山道では、十二支の小祠が順番に現れることになります。

千本桜は満開で、ちょうど咲き揃った直後くらいの頃合に当たったようです。
桜の木は本当に千本くらいありそう。それにしても不思議なのは、これほど見事なのに、自分以外の見物客が誰もいないことです。ウェブでは積極的な広報をほとんど見なかったので、あまり知られていないのかも‥‥。
おかげで、こんなに華やかな景色をひとりで静かに鑑賞できるという、滅多にない機会に恵まれました。なお翌日は「独鈷山千本桜祭り」の開催日で、その準備中らしい方々の姿があったので、きっと賑わったことでしょう。
「きんさん」「ぎんさん」の名札が付いた桜もありましたが、ほかとは品種が違うのか、ほとんど蕾でした。
それにしても、これだけの景色を独り占めしているなんて、なんと贅沢なことでしょうか。
一番奥まで進んだところから、千本桜の里を振り返りました。

千本桜の里のエリアが終わると、すぐ先に動物除けの柵があるので、扉部分を開閉して通り抜けます。
その先にも舗装された道がもう少し続いて、山道に変わる地点に、十二支の三番目の小祠「寅」がありました。
山道は、ほぼ沢に沿って進みます。いくらも歩かないうちに、すぐにまた四番目の小祠「卯」がありました。
その後も十二支の小祠は、短いスパンで次々と現れます。こちらは私の干支でもある、五番目の「辰」の小祠。
沢のすぐ近くを通ったり、何度か沢を横切ることもありますが、この日に限ると靴を濡らす心配は不要でした。
登り始めて30分もしないうちに、もう終盤に入ろうかという「未」が現れてしまう始末。十二支の小祠の間隔は、登山道の序盤と中盤以降では全然違っていたので、どのくらい進んだのかの目安には全くなりませんでした。
次の「申」の小祠のあたりまでは、穏やかな傾斜が続いて、急に感じる箇所はほとんどなかったのですが‥‥。

「申」の小祠を過ぎると、途端に勾配が急になりました。元々が沢沿いの斜面にへばりつくような細い道なので、急坂になると即、足元に注意を払う必要が出てきます。
中には、ロープがなければ通りにくいような箇所も出てきて、滑落注意の標識も見掛けました。こうして階段状になっていても、良く見る木段と違うのは、段と段の間もずっと坂になったままで、水平に立てる場所が全くないのです。登るのもきつかったですが、下る時は余程気を付けないと、勢い余って転げ落ちてしまいかねません。
急勾配なばかりか、ザレた地面の上に落ち葉が乗って滑りやすく、登りでも時々足を取られそうになりました。
急坂区間をようやく抜けたあたりで、久しぶりに「戌」の小祠が現れると、これが最後に見た小祠になりました(このあと着いた頂上では、あるはずの「亥」を見つけられなかったのです)。

「戌」の小祠を過ぎると、空が近く感じられるようになって、ほどなく分岐点に着きました。
分岐点を通り過ぎて振り返ったところです。ここは宮沢コースと沢山池コースの分岐点になっていました。
もう少し登って頂上直下に達すると、そこは下る予定の西前山コースとの分岐点になっていました。

結局、登山道では全く人を見掛けることなく、独鈷山の頂上に到着しました。ここに写っているのがほぼ全てという手狭な場所ですが、先客も2人組の女性ハイカーだけだったので、窮屈な思いはせずにすんでいます。
三角点は標識や石祠の裏側にありました。
独鈷山の素晴らしいところは、なんといっても展望でしょう。さほど標高は高くないながらも独立峰で360度ぐるりと見渡せますし、北アルプスはその全域を望めるほか、八ヶ岳や浅間連峰などの錚々たる山々に囲まれて、立地的にも好条件なのです。しかもこの時期、それらの山々が積雪で白く輝いて、それはもう見事な眺めでした。
その雄大な展望を、南側から時計回りに紹介します。南側には八ヶ岳や美ヶ原などが見えていました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
美ヶ原の右には北アルプス南部の名峰がずらりと。西側に少しだけあった樹木のために、北アルプスの眺めが北部と南部で分断される形になっていたのが唯一残念な点でしたが‥‥。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
そして北アルプス北部は、日本海に近いあたりまで全部見えていて圧巻でした。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
こちらは長野県北部の、新潟県や群馬県との県境稜線の山々です。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
東側は少し霞んでいて、西上州とかの山々はあまり鮮明ではなかったけれど、これでぐるりと1周しました。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
ここからはアップの写真を、やはり南側から時計回りで。まず最初は八ヶ岳方面です。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します。
美ヶ原は王ヶ頭の周辺だけに絞ってみました。
お次は北アルプス南部。名峰がこれだけ並ぶと壮観です。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
続いて北アルプス北部。いやはや、物凄い眺めです。
  ※下の写真は縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
こちらは頸城山塊の山々。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します。
そして四阿山(右)と根子岳(左)。
最後は浅間連峰です。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します。
南側の眼下には、登山口にあった千本桜の里が、桜が満開の様子がしっかりと分かるように見えていました。
しばらく、先客のお2人と私だけという状況が続いた頂上ですが、存分に展望を楽しんだ頃、平井寺コースから2人のハイカーが現れたので、それを潮時に下山を始めることにしました。

頂上直下の分岐点まで引き返したら、西前山コースへと入ります。
登ってきた宮沢コースも上部は急坂でしたが、この西前山コースの上部はそれ以上に急峻でした。ほとんど崖に近いような急斜面が何度か現れて、しかもザレ場で地面が脆かったりするので、もし補助ロープがなかったらとても下れません。それ以外にも緊張するような局面が続いて、当分はあまり写真を撮る余裕がありませんでした。
登山道には、登りの人向けに、頂上までの所要時間を示す標識が10分ごとに立っていました。
急峻なエリアを抜けても、ザレた地面の急坂が続くので、しばらくは気を抜くことができません。
かなり下って植林帯に入ると、足元が滑ることはなくなって気分的には楽になります。しかし勾配は思っていたほどには緩まず、相変わらずグイグイと下っていくので、踏ん張り続けている足への負担が大きかったです。
さらに下ると、次第に道幅が広がってきますが、それでも傾斜はそんなに緩みません。
ここで路面が舗装に変わって、ようやく傾斜が緩やかになり、のんびりとした気分で歩けるようになりました。

こちらのコースでも、下る途中ですれ違ったハイカーは1人だけでした。最後に動物除けの柵を通過すると、間もなく集落の家々が見えてきます。
西前山の集落に入りました。
集落内を少し歩いていき、十字路に出たところには「独鈷山登山口」の標柱が立っていました。ここからは、「信州の鎌倉」とも呼ばれる塩田平を少し散策していきます。

前山寺に向けて少し進むと、「あじさい小道」なるものがあったので、車道を歩くよりはと入ってみました。
「あじさい小道」を進んでいくと、ほどなく塩野池の近くを通ります。遠くに見えているのは四阿山と根子岳。
塩野池の畔が少し桜並木っぽくなっていたので、結局車道に出てきてしまいました。
塩野池から見た、塩田平の山々。左に大きく見えている、池面に映っている山が女神岳で、右端あたりに見えているのは子壇嶺岳です。
塩野池の少し先にある「塩田の館」のあたりでも、桜が満開でした。ところで、独鈷山で会ったハイカーは5人だけでしたが、このあたりでも観光客をほとんど見掛けず、閑散とした雰囲気でした。

登山口からゆっくりと30分ほどかけて、前山寺まで歩いてきました。
入山料を払って、境内に入ります。
前山寺は空海により812年に開かれたとされる古刹です。入ってすぐの所には、本堂と鐘楼堂があります。
奥の一段高くなったところにあるのは、国の重要文化財の三重塔です。
まずは本堂を参拝していきます。萱葺の屋根が見事で、重厚な印象の建物でした。
美しい三重塔は、室町時代の建立と推定されているようです。この寺も参拝者は数えるほど、落ち着いた雰囲気の中でゆったりと過ごせたので、とても良かったです。
参拝を終えたら、塩野池から来たときに通らなかった参道を歩きます。
参道やその周りでも、何本もの桜が満開でした。
ということで、この日の締めくくりに、前山寺の参道脇で桜を愛でていきます。

前山寺の入口にある冠木門を、くぐって出てから振り返りました。
前山寺バス停は、冠木門のすぐ隣にありました。利用したのは「信州の鎌倉シャトルバス」という、塩田平の散策向けの観光路線なのですが、私が乗った便は乗客がほかにいませんでした(便数が多いわけでもないのに)。
この日は独鈷山でも前山寺でもあまり人を見ませんでしたし、このあと上田駅から乗った新幹線もガラガラで、なぜこんなに人出が少なかったのかが不思議です(混雑を嫌う私にとっては極めて好都合だったのですが)。来週末から10連休なので、そこで出掛ける予定の人たちが2週連続の外出を避けたとか、そんなところでしょうか?

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笠ヶ岳(志賀高原) [上信越]

2018/07/21(土)

■第387回 : 笠ヶ岳(2075m)


この日は志賀高原の笠ヶ岳に登ってきました。
連日の猛暑はこの日も衰える気配がなく、さほど標高が高くない志賀高原での登山はコンディション的に厳しそうに思われたので、行程が短めの山を選びましたが、せっかく新幹線を利用しての遠出になるので、登山後はそのまま自然探勝コースに入り、木戸池・長池・蓮池などの数々の池や田ノ原湿原などを巡り歩いています。

(往路)
古淵 04:45-04:49 町田 05:09-05:49 新宿
新宿 05:57-06:16 東京 06:28-08:06 長野
長野 08:51-09:36 湯田中 09:40-10:21 熊の湯

(登山行程)
熊の湯バス停  10:30
笠峠(峠の茶屋) 11:30
笠ヶ岳     11:55-12:05
笠峠(峠の茶屋) 12:15
笠岳バス停   12:55-13:00
木戸池     13:15
田ノ原湿原   13:25
三角池     13:40
長池      13:55
蓮池      14:15-14:25
蓮池バス停   14:30

(復路)
蓮池 14:51-15:21 湯田中 15:34-16:22 長野
長野 16:45-18:08 大宮 18:13-18:44 新宿
新宿 18:49-19:25 相模大野 19:45-20:00 南警察署前


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

長野駅から私鉄とバスを乗り継いで志賀高原に上がり、熊の湯ホテルの前にある熊の湯バス停で下車しました。
熊の湯ホテルの(ほぼ)全景です。
ホテルの裏手にあるスキーゲレンデに向かうと、リフトの管理事務所が入る建物の脇に、笠ヶ岳へのコース案内が出ていました。道順を示す4地点の写真に説明文が添えられていて、親切で分かりやすかったです。

コース案内に書かれていた通り、第4ペアリフトに沿って、スキーゲレンデを登り始めます。
リフト乗り場を過ぎてすぐの所には、道標も立っていて、そこが正しいコースだと教えてくれます。
それは良かったのですが、スキーゲレンデですからそれなりの斜度があり、そこを登るのはなかなか苦しかったです。気温は恐れていたほど高くはなく、風も爽やかに吹いていて、普通に歩く程度なら快適な状況だったのに、日なたが続く中での急な登りに、もう暑くて仕方ありませんでした。
リフトの中間降り場が迫ってくると、その少し上に、登山道への入口に立つ道標が見えてきました。が、ここを境に傾斜が一段とキツくなり、その道標までの短い登りが地獄のような暑さになって、大汗をかかされました。
あまりに苦しいので、とてもひと息には登り切れません。呼吸を整えがてら途中で振り返ると、志賀草津道路を挟んだ向かい側に、2年前に登った志賀山・奥志賀山(写真中央)や鉢山(写真右)が眺められました。
さらに右を見ると、同じく2年前に登った横手山が、じきに雲に巻かれようか、という按配で見えていました。

ここが登山道の入口で、ようやくキツかったスキーゲレンデから離れられます。
山道が始まると、そこからはほぼ平坦な道に変わりました。小さなアップダウンは随所に出てくるものの、煩わしく感じるほどではなく、楽に歩けます。
しかも大半が木陰の道で、風の通りも良い箇所が多く、先程までかいていた汗がスーッと引いてくれました。
途中には何箇所か、目指す笠ヶ岳を木立の間から望める場所がありました。頂上部が険しそうな鋭鋒で、特に左側は切り立った崖に見えますし、そうでない側もどこも勾配はキツそう。一体どこをどう登るのでしょうか。
しばらくほぼ平坦だった道も、笠峠までの残り半分ほどの距離は登り主体に変わります。登り坂には足場があまり良くない上に段差の大きな箇所も多く、かつ風の通りも悪かったので、ここで再び大汗をかかされることに。

笠峠に着きました。頂上までの標高差が200mを切ったこの地点を車道が通っていて、ここから登山を始めれば、1時間以内で登り下りできてしまいます。ここに着くまで誰にも会わなかったので、多くの人はマイカーでここまで入り、頂上までの短い登山道を往復しているのでしょう。なんだか物足りなさすぎる気もしますが‥‥。
笠峠に建つ峠の茶屋越しに笠ヶ岳を見上げました。こちら側から見える斜面は森で覆われていて、あまり険しい印象は受けませんが、ここから上がすべて急斜面になることに変わりはありません。

その急斜面に取り付くと、案の定、道は大半が階段状でした。はじめはまだ傾斜が穏やかだったのですが‥‥。
木段の形状が変わるこのあたりから、段差が大きくなり始めます。腿上げがキツイことといったら。
休み休み登りながら、ひと息つく合間に振り返ると、ガスがすぐ下まで迫っていました。早いとこ登らなきゃ?!
その後は登るにつれて勾配が増す一方で、あまりの苦しさに、吹き出てくる汗の量も半端ではなくなります。
しまいには、階段なのに、ほぼ垂直になって吃驚! こうなると、ほとんど真上に登る感覚で、過去に登ったどの山でも、ここまで急な階段は見たことがありません。段差も激高で、足だけで登るのはキツすぎるため、下がっているロープを掴み、腕力にも頼ってどうにか登ります。呼吸の乱れ方が、もう尋常ではありませんでした。
そして頂上直下は岩場になりました。特別な険しさはなく、普通に2本足で登れる程度のものですが、足が悲鳴を上げつつあったので、引き続きロープも使いながら、腕力併用で登り詰めていきます。

最後は汗まみれになりながら、笠ヶ岳の頂上へ。大岩がゴロゴロと転がる手狭な頂上は、このとき無人でした。
上の写真で祠が祀られて写っている、一番高い岩にも登っておきました。三角点より1mくらい高かったかな。
上空の雲には隙間があるものの、周囲には雲が多くて、360度あるはずの展望はパッとしません。近くにある志賀山・奥志賀山のほかは、鉢山の後方に赤石山が辛うじて霞んでいる程度で、志賀高原の核心部は雲の中でした。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します。
さらに右を向くと、登り始めた頃には見えていた横手山も、やはり雲に隠れていました。

頂上を独占して10分ほど経った頃、単独行の男性が現れたので、それを潮時に下山を始めます。登る時にほぼ垂直に見えたこのあたりは、下る途中で見下ろしても、やはりほとんど垂直に見えました。
25分かけて登った道も、ほとんど水平距離がなく、ただ高度を落とすだけに近いので、下るのはあっという間。ものの10分で笠峠に戻ってきました。
笠峠からの下り方には少々迷った結果、同じ道を戻るのも味気ないので、やや退屈な気もしましたが車道を選びました。登ってきた山道が必ずしも歩きやすい所ばかりではなかった上、アップダウンも結構あったからです。
この頃には日が陰るようになっていたことも、車道を選んだ理由のひとつ。山道より風の通りも良くて快適でしたし、傾斜も緩やかで、アスファルトの堅い路面を歩き続けていても、足への負担をあまり感じませんでした。

ずっと1本道だった車道を歩くこと約40分、やっと現れた交差点は、実は見覚えのある地点なのでした。
笠岳バス停が立つその地点は、先程バスに乗って熊の湯へ向かう途中に、車窓から見ていたのです。ここまで下ってくると、強い日差しが復活してきたので、ここで紫外線対策などをしつつ短い休憩を入れてから行動を再開します。ちなみに、今回の行程で、笠ヶ岳への登山に相当するのはここまでになるでしょうか。
少し歩いて国道292号線(志賀草津道路)に出たら、それを横断した先で草原の中に延びる小道に入ります。地図には載っていないこの小道の存在も、先程バスの車窓から見つけてあったのでした。
その小道は、すぐに熊の湯と木戸池を結ぶ散策路に合わさります。が、少々余計なアップダウンがある割に、特段の見所のない散策路だったので、決して安全ではないけれど、国道を歩いたほうが体力的には楽だったかも。

木戸池に到着しました。2年前に志賀山から横手山へと縦走した時のスタート地点だったので、ここを訪れるのは2度目です。でも前回は、ほとんど一瞥するくらいで出発してしまったので、今回はしっかり見ていきます。
本来は静かな池なのでしょうが、遠足に来たと思われる大勢の小学生たちがいて、この時は賑やかでした。
木戸池の畔は木道で歩けるようになっていて、周囲をぐるりと半周ほど巡ります。
到着地点から見て対岸に当たる地点まで回って来ると、木戸池越しに笠ヶ岳が眺められる景色に変わりました。

木戸池の畔を離れたら、三角池や長池などを経て蓮池へと続く自然探勝コースに入ります。ここからはきっと楽な道のりだろうと思っていたら、いきなり大きな登りが現れて、お散歩気分は吹っ飛んでしまいましたけれど。
でも、登り詰めたその先に、心が洗われるような景色が見えてきて、俄然、足取りが軽くなりました。この日に見た景色の中で、一番印象に残ったのがここだったかも。
目の前に現れたのは、田ノ原湿原。決して大きな湿原ではないけれど、柔らかな緑に包まれて気分が和みます。
湿原の中に入ると、お決まりのように木道が続いていました。
この日、湿原内で良く見られたのが、このヤナギランです。
ニッコウキスゲも少しだけ。咲き残りでしょうか。
湿原を真ん中付近まで歩いてくると、ベンチがあったので、行動食を摂りながら少し腰を下ろしていきました。
湿原の中央部では、ワタスゲがいっぱい見られました(白い小さな点が全部ワタスゲです)。
田ノ原湿原のワタスゲは、綿毛が小振りなものが多かったです。
湿原の反対側の入口あたりから、通ってきた湿原を振り返りました。

田ノ原湿原を過ぎると、またまた登りが現れました。笠ヶ岳は、登山としては軽めのはずだったのに、あまりの急勾配に足が想定外に疲れていて、これ以上の登りがキツくなっていましたし、登りになると暑さも堪えます。
そこへ畳み掛けるように、実はこの先も、池や湿原の間にはいちいちアップダウンが付いて回って苦しめられました。せっかく池や湿原で清々しい気分に浸れても、次の池や湿原に行く間にまた汗だくになる、という繰り返しが、ゴールの蓮池までずっと続いてしまったのです。ここを歩くなら、もっと爽やかな季節が良かったのかも。
次に巡った三角池は、池の周囲を3分の1周ほど回りました。
その先の日陰湿原では、再びワタスゲのお出迎えを受けます。
日陰湿原のワタスゲは、綿毛が立派に生えているものが多く、ワタスゲの綿毛をきちんと見るのは初めてだったので、これは嬉しかったです。願わくば、もう少し形が整っていて写真映りが良ければ‥‥。
上ノ小池は、その名の通りこぢんまりとした池で、木道もその一端をかすめる程度でした。
そして長池では、木戸池以来ずっとニアミス状態が続いていた、小学生の遠足と見られる大集団にここで取り込まれて、写真は取り損ねてしまいました。下の写真は長池公衆トイレ前で、その集団の一部をパスするところ。
こちらは下ノ小池。水際に近いあたりの水面は、ミツガシワに埋め尽くされていました。

最後は蓮池スキー場のゲレンデを下ってきます。ゲレンデには鮮やかな朱色のコオニユリが群生していました。
ゴールの蓮池に到着です。まず先にバス乗り場の様子を窺ってみたところ、まだ30分以上も早いためか、外のバス停にも建物内の待合室にも誰もいません。そこで‥‥
しばらく蓮池の畔で過ごしてから、バスを待つことにしました。この池は誰もいなくて静かだったなぁ。。。

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