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大平山・物見山・仙元山 [奥武蔵・秩父]

2016/02/27(土)

■第322回 : 大平山(179m)・物見山(286m)・仙元山(298m)


この冬もぼちぼち超低山は歩き納めになりそうなので、秩父エリアの里山をいくつか繋げて歩いてきました。
この日ピークに立った山々は、元々地味な山が多い低山の中でも地味度の高い山ばかりが揃っていて、最後に立ち寄った展望公園が唯一の見所だったかもしれないという、なんとも渋すぎる山歩きになっています。

 累積標高差(登り):659m / 距離:14.8km / 歩行時間:3時間20分 (休憩除く) 
(参考) 同コースの標準時間:4時間40分 

(往路)
古淵 05:58-06:21 八王子 06:32-07:26 高麗川
高麗川 07:28-07:53 小川町 08:06-08:13 武蔵嵐山

(登山行程)
武蔵嵐山駅 08:15
大平山   08:55-09:00
嵐山渓谷  09:10-09:25
小倉城跡  09:50-09:55
仙元山   10:20-10:25
物見山   10:35
大日山   10:50-10:55
青山城跡  11:15
仙元山   11:25-11:35
見晴らしの丘公園  11:50-12:10
小川町   12:40

(復路)
小川町 13:14-13:41 高麗川 14:00-14:42 八王子
八王子 14:50-15:02 橋本 15:04-15:15 古淵


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

武蔵嵐山駅で下車します。東武東上線のJR武蔵野線より外側のエリアを利用したのは、今回が初めてでした。
しばらくは、のんびりと車道を歩いて行きます。時折立っている道標の「嵐山渓谷→」に従って進む形になりましたが、道標は必要十分なだけ立っている訳ではなく、それだけを頼って進める状況ではありませんでした。
人家が少なくなってくると、前方には最初に登る大平山が見えてきました。
道が登り坂に変わる頃には、大平山がもう間近に迫っていました。距離的に近いのはもちろんのこと、低い山だけに標高差もすでに100mを切っていて、すぐ上にあるという感じの見え方です。
大平山への案内に従って車道を右折します。民家の庭先では梅の花がほぼ満開でした。


車道の終点が登山口となっていて、大平山周辺の案内図が立っていました。
案内図のすぐ先に道標が立っていて、そこから登山道が始まります。
良く踏まれた歩きやすい道が続きます。傾斜も概ね穏やかで、上部で少し急になる程度でした。
低い山だけに、登山口から10分もかからずに、頂上部の一角に着いてしまいました。
頂上とされている地点はもう少し先でしたが、実際にはこのあたりが最高点だったように思います。
展望もこの地点のほうが良かったようです。あずま屋に面した斜面が伐採されていたため、振り返れば都心方面を一望することができ、写真にはうまく撮れていませんが、肉眼では高層ビル群がぼんやりと見えていました。


あずま屋の前からはほんの1~2分で、大平山の頂上とされている地点に到着です。
登る途中では人とのすれ違いもあったのですが、頂上は無人でひっそりとしていました。
頂上には、雷電神社の小さな祠と、由来を記した解説板がありました。
あまり切り開かれたりしていないので、木立のただ中にあるという感じの、少々雑然とした雰囲気の頂上です。
でも自然に近い姿を残していることに、個人的にはむしろ好感が持てました。
展望も樹木の間から覗く感じでパッとしませんが、必要のない伐採をするよりは、このままで良いと思います。


あずま屋の前まで戻ったら、登ってきた道と分かれて、嵐山渓谷へ向けて下ります。
やや過剰に木段が設備された印象の、あまり快適には下れない道でした。
あっという間に登山道を下ると、嵐山渓谷の展望台とトイレがある広場に出ます。
展望台があるならと登ってみましたが、こんな時期なので寒々しい景色が眺められただけでした。
下流側には、嵐山渓谷の名所でもある冠水橋が見えています。でもこんな状況では、行ってみたところで景色にも変わり映えがなさそうなので、そちらには向かいませんでした。
その代わり、槻川の蛇行によって岬のように突き出ている所にある遊歩道を往復してみましたが、その道もずっとこんな様子でした。やはりここには紅葉か、せめて新緑の時期を選んで来るべきだったのでしょう。
遊歩道はこの広場が終点でした。しかし細い道がさらに先へと続いていたので、川岸まで下ってみます。
岸辺に出てみても、案の定、そこには冬枯れの冴えない景色が広がるばかりです。
槻川の流れは意外なほど穏やかで、ほかに人がいないこともあって、静けさだけを味わいに来た感じでした。


嵐山渓谷を離れて、次は仙元山へ。渓谷沿いの遊歩道が整備中で通れなかったので、ここは林道を歩きました。
一旦車道に出ると、正面にはこれから歩く尾根が見えていて、ちょうど道路の延長線上にあるのが、この日2つ登るうち低いほうの仙元山でした。このあと、すぐ先のT字路を左に折れて、その尾根の末端に取り付きます。
割と最近設置されたらしい「小倉城跡入口」の道標に従って、山道に入ります。ここから小倉峠までは、現在の登山地図に赤破線で描かれた区間ですが、道標が整備されていたので、一般登山道に昇格しても問題なさそう。
やや急な斜面を直登するので少しキツく感じますが、数十mほどの標高差ですぐに尾根に乗ってしまいます。
尾根道に変わると、登山道の傾斜も落ち着いてきて、歩きやすくなりました。
軽く登り詰めたところが、小倉城跡となっている136mピークで、発掘調査が行われたためか、周囲は広範囲に切り開かれています。明るくて気持ち良く過ごせる場所だったので、切り株に腰掛けて小休止していきました。
城跡の碑と解説板です。このほか、離れた場所にあるいくつかの遺構にも簡単な説明書きが添えられていましたが、全体的には雑然としていて、今後さらに整備されるのではないかという印象を持ちました。
城跡から小さく下った所が、十字路状の小倉峠です。
直進する尾根道と、交差している峠越えの道の計4本は、いずれも良く歩かれているようでした。
ところでここまでは、最初に登った大平山も、つい先程の小倉城跡のピークも、麓からの標高差が100mにも満たなくて、山に登ったという実感には乏しいというのが正直なところでした。
でもここからは少しばかり標高も上がり、いくつかのピークを縦走していくことにもなります。それでも最高点が300mに達しなかったりして、低山ぶりは相変わらずながらも、きっちりと山を歩く感じにはなりそうです。


次に登るのは仙元山で、この日の最後に向かう最高点の仙元山と同じ名前なのが紛らわしいピークとなります。
しばらくは緩やかな傾斜が続いて楽に登れますが、このあたりは道標に書かれた目的地名の表記に統一性がなかったり、道案内のない分岐があったりして、登山道にも少し分かりにくい部分がありました。
しかも途中から登山道の様子がガラリと一変して、今回のコースで一番の急登が現れます。
息を切らして登り詰めたピークには、いくつかの石碑や祠などが立っていました。
山名標はなかったものの、ひときわ大きな石碑に「仙元大日神」と刻まれていたので、ここが仙元山で間違いないでしょう。樹林に囲まれて展望こそありませんが、上空が少し開けた明るい場所で、気持ち良く休めました。


仙元山を過ぎると、尾根は小刻みな起伏を繰り返しますが、大きな登り下りや急な傾斜が現れることはなく、軽快に歩ける場所が大半でした。そんな中を進んでいると、登山道脇の樹木に何かが括り付けられています。
どうやら、このあたりが物見山の頂上らしいのですが、かつて物見をしたために頂上部が平坦になっているのか、登山道上はもちろん登山道の両側を見回しても、最高点の場所がハッキリしないようでした。
「物見山」と書かれた私製の標識類は計3点あって、中にはQRコードを印刷した物も。私は機器がなくてアクセスできませんが、ヤマレコの情報(2014年6月時点)によると、表示されるのは標高等の基本的な情報らしい。


物見山の先も小さなアップダウンが続きます。
252.6m四等三角点のピークでは、久しぶりに景色が開けて、展望が楽しめる所にベンチが置かれていました。
このピークには「大日山」という山名があるようです。
開けていたのは西側で、東武鉄道主催の「外秩父七峰縦走ハイキング大会」のコースとなっている山々を眺めながら、ベンチで少し息を整えていきました。  ※下の写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します。


その後も穏やかな登り下りを繰り返します。時間の経過とともに、この日は気温がかなり上がりましたが、森が結構深くて日差しが遮られることも多く、最後まで「陽だまりハイク」という感じにはなりませんでした。
ほどなく城跡の標識が現れるようになって、青山城跡のピークの一角に入ったようです。
登山地図によると、青山城跡のピークには城山という山名があることになっています。城跡の解説板の後方が頂上に当たるようだったので、踏み跡を追ってそこに立ってみましたが、山名標の類は見当たらないようでした。


青山城跡から一旦下ったら、この日の最高点に向けての登り返しとなります。決して緩やかではなかったものの、長く続くわけでもないので、特にキツく感じることもなく、この日2つめの仙元山に到着しました。
仙元山の頂上も樹林に囲まれた地味な地点でしたが、北西側の一角だけは開けていました。
眼下に小川町市街を見渡し、左のほうにはちょうど1年前に登った金勝山が見えています(その背後でうっすらと見えているのは、陣見山から鐘撞堂山への稜線)。条件が良ければ、さらに遠くの榛名山や浅間山まで見られるようなのですが、気温が高い上にお昼近い時間にもなっていて、そこまでの眺めはありませんでした。
頂上を通り過ぎて1段下がった所には、この展望台が建っていました。
期待せずに登ってみたら、やはり展望台からの眺めも今ひとつに終わります。西側はこの通り樹木の間から覗く具合でしたし、さいたま副都心が見られるらしい反対側も、近くまでしか見えないのでパッとしませんでした。


仙元山からは、見晴らしの丘公園に直行したかったのに、遊歩道の標識に従って進んでいたら、休憩所の前に出てしまいました。公園に直行する道は、積極的には案内されていなかったようです。
休憩所からは、心安らぐような里山風景が眺められました。見えているのは、ちょうど最初に登ってきた大平山の方角なのですが、大平山自体はその前にある寒沢山あたりに隠れてしまっているようです。
休憩所のすぐ下まで林道が延びてきていて、見晴らしの丘公園にはその林道を歩いて向かいます。


見晴らしの丘公園に到着しました。ここまでは車に乗って来られますし、ローラーすべり台があったりして、この寒い時期にもかかわらず、そこそこの人出がありました。
公園には大きな展望台があって、朝乗った東武東上線の車窓からも良く見えていました。
展望台に登れば、仙元山で隠れている南側を除いた、広範囲の眺望を楽しめました。ただ、すでに書いているように遠望がきかず、見えているのが近くの山々にとどまっていたのが残念です。空気が澄んでいれば、浅間山・榛名山・赤城山・男体山・筑波山などまで見渡せるとのことで、さぞかし壮観なのでしょう。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
ローラーすべり台は人気があるようで、展望台にいる間だけでも、何人もの人が滑り降りて行きました。


見晴らしの丘公園からの下り口は、なぜか道標による案内が全くありません。公園全体の案内図を見て、ようやく休憩所の脇の道がそれらしいと分かったものの、この点は少々不親切に感じました。
その道は、下り始めは木段が多くて煩わしかったのですが、途中からは割と普通の坂道に変わってくれました。
公園までの間に、仙元山からかなり標高を落としていたので、登山口まで下るのに10分もかかりませんでした。
すぐに車道に出ると、向かい側には休憩舎やトイレがありました。
最後は車道歩き。最初に歩いた武蔵嵐山駅からの車道がのどかな雰囲気だったのとは対照的に、こちらは交通量の多い幹線道路もあったりして(そこを避けると遠回りになってしまう)、のんびりとは歩けませんでした。
ゴールの小川町駅に着きました。
八高線が昼間になると1時間に1本を切るダイヤなので、電車が来るまでちょっと待たされましたけれど。

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城峯山 [奥武蔵・秩父]

2015/05/03(日・祝)

■第304回 : 城峯山(1037m)


今回の行先は2回目の登頂となる秩父の城峯山です。
7年前の初回は東側から往復していたので、今回は南から登って北へ下るという縦断コースで歩いてきました。

偶然にもこの日は城峯山の山開きに当たっていて、城峯神社で神楽が奉納されている様子など、普段なら見られないものが見られたので、少し得をした気分でした。
また、登り下りともにマイナーなコースを選んだため、こんな日でも静かに歩くことができたのですが、展望が最大の魅力の山なのに空が霞んでいて、遠望がきかなかったのが残念でした。

 累積標高差(登り):974m / 距離:13.3km / 歩行時間:4時間0分 (休憩除く) 
(参考) 同コースの標準時間:5時間30分 

(往路)
古淵 06:33-06:55 八王子 06:59-07:35 東飯能
東飯能 07:54-08:49 西武秩父 09:00-09:46 万年橋

(登山行程)
万年橋バス停 10:00
中郷登山口  10:50
城峯神社   12:45-12:50
天狗岩    12:55-13:00
城峯山    13:10-13:40
石間峠    13:45
宇那室バス停 14:45

(復路)
宇那室 15:20-15:31 支所前→神泉総合支所 15:52-16:37 本庄
本庄 16:45-17:39 大宮 18:22-19:16 八王子
八王子 19:27-19:49 古淵


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西武秩父駅からバスに50分ほど揺られて、万年橋バス停から歩き始めます。
吉田元気村行きのバスは全員が座れる程度の乗客数でしたが(万年橋では、私のほかに男性2人と女性2人の2組が下車)、その前に乗った西武秩父線は羊山公園の芝桜がお目当ての観光客を満載していて全く座れず、西武秩父駅でも三峯神社行きのバス停には長蛇の列ができていました。やはりGW中はどこに行っても混みますね。
最初は車道歩きが小1時間続きます。登っているのを意識させられない程度の緩い坂道が続くので楽に歩けますが、この時間はまだ良く晴れていて、日差しの下で舗装道路を歩くのは少々暑苦しかったです。
25分ほど歩いたところにあった「石間沢口観光トイレ」。
万年橋バス停から中郷登山口までの間にあったトイレは、この1箇所だけでした。
石間沢口観光トイレを過ぎると、間もなく漆木登山口への分岐道が分かれます。ここを入ると少し早く城峯山に着けますが、もう少し先にある中郷登山口から登るほうが山道を長く歩けるので、この分岐は見送ります。


バス停から45分ほどで、中郷登山口への分岐に到着しました。
ここから脇道に入って、もう少しだけ道路を歩きます。
山里の民家では、立派な鯉のぼりが空を泳いでいました。今なお暦ごとの行事が大切にされている様子を見ると嬉しくなりますし、庭では四季折々の花々がきれいに整えられていたりして、季節感にも溢れていますよね。
鯉のぼりの民家を過ぎると急坂に変わりますが、ほんの数分で中郷登山口に出ました。
ここから、いよいよ山道に入ります。


中郷登山口から始まる南尾根コースは、10年ほど前に整備されたらしい比較的新しいコースです。
2013年版の登山地図でも赤破線で記載されているので、少々心許ない道を想像していたところ、良く踏まれている感じの明瞭な道で安心しました。
はじめのうち、登山道脇の所々には畑地が現れて、作業道ともたびたび交差します。
登山道は道標がしっかり案内してくれることが多かったですが、中には道標のない分岐もありました。
良く歩かれているのは作業道としても使われているからのようで、畑地が点在するエリアを抜けると、道が細くなってしまいました。斜面が崩れかけていて、少々歩きにくい箇所の通過もあります。
畑地エリアを抜けてしばらく進むと、今度は植林帯に入ります。
このあたりは、林業の作業道を兼ねているようで、再び道がハッキリして歩きやすくなりました。
送電線巡視路も時折絡んできて、何度か鉄塔への道が分岐します。道標が行先を「鉄塔」と示していて、行けば何かあるのかもと気になりましたが、まだ歩き始めで先々の時間が読めていないので、ここは自重しました。


植林帯では単調なジグザグの登りがしばらく続きます。
倒壊した作業小屋の脇を通過します。すでに標高をかなり上げていますが、林業全盛の頃は、山の上のほうまで盛んに作業が行われていたのでしょうね。
きちんと建っている作業小屋もありました。こちらは比較的新しそうなので、今でも使用されているのかも。
この分岐点で、下で見送ってきた漆木登山口からの道が合わさります。この地点の標高は773mと書かれていて、当面の目標である城峯神社までの標高差が200mを切りました。バス停からは550mほど登ってきた計算で、ここで短い立ち休憩を入れていますが、ベンチがあると有り難かった。。。


この地点で分岐する道は、行先として鉄塔のほか「白岩」という具体的な地名まで書かれていましたが‥‥
上の写真の分岐標識を拡大しました。白岩への指示標には「×止めろ 迷う」とマジック書きされ、下山時は「絶対右」と書かれていたので、白岩を目指した人が道に迷うことが何度かあったのでしょう。


その後も植林帯の道が続きます。比較的新しく整備されたコースなので、自然が多く残されていることを期待していましたが、前からある作業道を繋いで登山コースにしただけのようで、見所は思いのほか少なかったです。
また、このあたりでは小刻みなアップダウンが何度か繰り返されて、急な登り下りに少し消耗させられました。
登りもそろそろ終盤に差し掛かり、914m峰の手前まで来ると巻き道が分岐していました。
ここは登り返しを覚悟の上で尾根道を選択しましたが、巻き道は入口が不明瞭で少し怪しげな雰囲気でした。
860m圏の小ピークに立って振り返ると、武甲山が今にも消えそうなほどに霞んでいます。頂上に着く頃には見えなくなっているかもしれないと(結果的には見えていましたが)、とりあえずカメラに収めておきました。
914m峰の手前はロープが下がる急斜面が長く続いて、かなり苦しい登りでした。この日はロープを頼らなくても問題なく登り下りできる状況でしたが、路面が乾いていない時はロープの出番になりそうです。


914m峰から一旦下って、同じくらい登り返すと、城峯神社へ通じている林道に出ました。
神社の方向からは、少し前から囃子が聞こえてきているので、何かしらの行事が開かれているらしいです。
林道は、城峯神社とほぼ同じ高さの所を通っていて、神社へは緩やかな下りに変わります。
神社の駐車場まで来ると、多くの車が停められていたほか、その先にある神社のあたりが少し賑わっている様子が分かるようになりました。また駐車場の脇では、ヤマザクラの咲き残りを楽しむことができています。
神社の手前では、城峯山キャンプ場の中を突っ切っていきます。
GW中ということもあってか、キャンプ場の人出も多くて、テントがいくつも張られていました。


城峯神社の神楽殿では、漆木神楽が奉納中でした。先ほどから聞こえていたのも、この神楽囃子だったのです。
ただ、この時はそれ以上のことは何も分からず、単に神社の祭礼に当たったと考えていたので、毎年5月3日が城峯山の山開きだと知ったのは、帰宅後に調べていた時だったのでした。
城峯神社は、創建が平安時代まで遡るともいわれる歴史ある神社。立派な拝殿を持っているほか、参道の杉並木も実に堂々としたもので、本来なら深い山中にあって荘厳とした雰囲気を放っていた筈だと思われます。
ところが今となっては、神社との境界がどこなのか分からない程に接近して建設されたキャンプ場のおかげで、境内からも参道からもチャラついた物がどうしても目に入り、その雰囲気が著しく損われているのが残念です。
それはともかく、せっかく来たので、城峯神社でお参りしていきます。
拝殿に隣接する社務所には関係者の方が多く詰めていましたが、山開きに関する行事は午前中に行われていたようで、正午をとっくに過ぎたこの時間、参拝する人は稀になっていました。


ここまで順調で時間に余裕が持てていたので、城峯神社での参拝を終えたら、天狗岩に寄り道していきます。
神社から城峯山と逆方向に進むと、ひと登りでちょっとした岩峰に出ました。これが天狗岩のようです。
岩峰上は人ひとり立つのがやっとという狭さ。
祠の写真も接写になってしまい(これ以上離れると落ちます!)、全体を入れられませんでした。
西側を望むと、朝のうちバスの車窓から眺められた両神山はすっかり霞んで、近くの山しか見えていませんでした。これでは頂上からの展望も期待薄でしょう。(この写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します)
振り返ると、この日初めて、これから向かう城峯山をスッキリと眺められました。


最後の100mほどを登り詰めると、ようやく城峯山の頂上が見えてきました。
さほど広い頂上ではありませんが、午後1時を回っていることもあってか、人は少なくて静かな雰囲気でした。
山開きに合わせて登ってきた人たちも、あらかた下ってしまった後だったのでしょう。帰りのバスの時間にはかなりの余裕があるので、ここで少しゆっくりと過ごしていきます。
頂上のスペースの半分ほどは電波塔が占めています。
ただ、普段なら邪魔者にしか感じない電波塔も、ここでは許せる存在なのですが、その理由はこのすぐあとで。
立派な標識の隣には、三角点についての解説板が立っていました。
そう、城峯山に設置されているのは一等三角点なのです。割と最近に新調されたらしく、標石もきれいでした。
展望に期待できないことは分かっていますが、一応、電波塔にも登っておきましょう。
この電波塔は、手すりのある8角形の層が展望台になっていて。そこまで階段で登ることができるのです。
展望台からは360度の展望が楽しめます。中央に展望図があり、8方向それぞれに山名付きの展望写真が設置されていて、見てみると日光連山・谷川連峰・八ヶ岳・浅間山などそうそうたる名前が並んでいました。空が澄み渡っている日に来れば、それは見事な眺めなのでしょう。
でもこの日の眺めといえば、すぐ近くで向かい合う武甲山ですら辛うじて見えている程度で(左端)、少し離れた山となると、方角によっては全く見えませんでした。確か、前回来た時もこんな感じだったような‥‥。
こちらは、北西側に見えていた群馬の山々です。(この写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します)


城峯山を後にしたら、神流湖のある北麓へと下ります。
そのコースは「関東ふれあいの道(将門伝説を探るみち)」として整備されているのですが、なぜか登山地図には載っていません。ですから登山地図を見て計画を立てる限り、このコースを選ぶ人はいないことになります。
そうでなくても、城峯山の登山道のうち、唯一首都圏側からのアクセスが不便なコースとなるため、そもそも需要があまり多くなさそうなので、どの程度歩かれているのかを少し心配していました。

城峯山から一旦東へ下って、5分ほどですぐに車道に出たところが石間峠です。
石間峠には大きめの休憩舎とトイレがありました。
石間峠からは、少しだけ車道を歩きます。
ここで再び山道に入るのですが、道標の立つ位置が車道から離れすぎていて、うっかり見落とすところでした。


道標はいい加減くたびれていますし、下りはじめの木段(写真左下で草に埋まりかけている)もボロボロです。
山道は、予想通りに先が思いやられる感じで始まって、このあとは案の定、もう誰にも会いませんでした。
その先に続いていた道も、少々草深くなっていて、やはり、ほとんど歩かれていないんだな、という印象です。
とはいえ、「関東ふれあいの道」だけに不明瞭になることはなく、迷わずに歩けるのは安心しましたが、結構立派なクモの巣が道を塞いだりしていて、この日ここを歩いたのは、私が最初で最後ではないかと思っています。
ほどなく沢沿いまで下ると、ベンチが2脚並んで置かれているのを見ます。でもせっかくのベンチも、どちらも苔が生えて、土砂や落ち枝が積もっているなど、もう長いこと使われている形跡が全くなさそうでした。
その後はしばらく沢沿いを下ります。「関東ふれあいの道」の案内では「沢沿いの山道は趣がある」と書かれていたのに、なんだか雑然とした雰囲気の沢で、そんなに気持ち良く歩ける感じでもなかったです。
沢から離れて植林帯に入ると、あとは単調な道が続きますが、ここからはクモの巣を気にせずに歩けました。
車道に迎えられた時、山歩きが終わるのを名残惜しく感じるよりも、ヤレヤレといった気分が先に立ちました。


あとは車道を少し歩くだけ。引き続き、私のほかには人も車も全く通らない道でした。
ゴールの宇那室バス停に着きました。バス停の手前に建っているのは、トイレと休憩舎です。
バス停は、分岐道とのカーブの内側という、なんか中途半端な場所に立っていました。
ここまでの下りで見掛けた人が皆無だったので、休憩舎もどうせ貸切だろうから、ゆっくりパンでも食べながらバスを待とうかと思っていたら、あいにく近所の人たちらしい先客が。しかも喫煙者だったため同席するのも避けたいという最悪の状況で、仕方なく少し離れた場所に移って、残った時間を過ごす羽目になりました。
最初に乗った町営バスは乗客が私だけで、この神泉総合支所で別の路線バスに乗り換えて本庄駅に向かいます。
ここは路線バスの折り返し点となっていて、待合室とトイレがあるので、待ち合わせ時間を快適に過ごせます。
この時は折り返すバスが早めに着いていたので、運転手さんと少し会話をしながら発車時刻を待ちました。

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金勝山・官ノ倉山・石尊山 [奥武蔵・秩父]

2015/02/28(土)

■第302回 : 金勝山(263m)・官ノ倉山(344m)・石尊山(330m)


今回は外秩父の低山へ。「外秩父」という呼び方は、東武鉄道の「外秩父七峰縦走ハイキング大会」によって定着してきた感がありますが、秩父盆地の北東側でJR八高線の西側までのエリアを指すようです。
その大会のコースで起点となる官ノ倉山は、七峰の中でこれまでに唯一登ったことがなかったので、八高線の線路を挟んで対峙する金勝山と合わせて巡ってきました。

 累積標高差(登り):546m / 距離:11.3km / 歩行時間:3時間0分 (休憩除く) 
標準タイムは不明(登山地図の収録範囲外) 

(往路)
古淵 05:36-05:58 八王子 06:08-06:55 高麗川
高麗川 06:58-07:36 竹沢

(登山行程)
竹沢駅  07:40
金勝山  08:15
浅間山  08:30-08:35
勝呂踏切 08:45
三光神社 09:05
官ノ倉山 09:35-10:00
石尊山  10:05-10:15
八幡神社 11:05-11:15
小川町駅 11:30

(復路)
小川町 12:14-12:39 高麗川 12:55-13:32 八王子
八王子 13:40-14:02 古淵


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

JR八高線の竹沢駅からスタート。小川町からさらにひと駅、高崎寄りに進んだところにあり、無人駅でした。
最新の地形図には、竹沢駅の北西側から金勝山へ至る破線路が描かれていて、当初はそこを歩く計画でしたが、入口がうまく見つかりません。取り付きと思われるあたりには人家と畑地が広がっていて、私有地内をウロウロしながら詮索するのも気が咎めたので、その計画はすっぱりと諦めています。
その代わり、竹沢駅の裏手から真北に向かう車道を歩き、最後だけ適当に詰めて東武竹沢駅からの登山道に出ようと、その車道に入ったあたりでふと脇道を見た時、人家の手前にある気になる階段を発見してしまいました。
階段の先に続いている山道は、送電線巡視路でした。果たしてどこまで続いているのでしょうか。
期待もむなしく、ほんの1分か2分で鉄塔に出てしまうと、巡視路もここで終わっていました。単に鉄塔までを往復するためだけの道だったらしく、鉄塔の奥を窺っても踏み跡すらないので、万事休すかと思いました。
しかし、引き返すしかないだろうと思いつつも、鉄塔の奥をもう1度良く見てみると‥‥
「踏み跡」とまでは言えませんが、かつて人が歩いた痕跡のようなものが微かに残っているようです。
細い尾根なので進路は分かりやすく、ヤブもなくて歩きやすいので、その痕跡を追ってみることにしました。
すると別の尾根に乗って、明瞭な踏み跡に合わさりました。実はこれこそ、当初歩く計画だった尾根なのです。ちゃんと地形図通りに道が存在していたようなので、入口がどこにあってどうなっていたのか気になります。
踏み跡を追っていくと、ロープを跨いだ先で整備されたエリアに出ました。金勝山の一帯は、埼玉県立の社会教育施設「小川げんきプラザ」の敷地となっていて、遊歩道が張り巡らされているのです。


遊歩道に入ったら、あとは案内に従って進むだけです。木段を登り詰めていくと、まずは前金勝山に出ました。
一旦下って登り返したところが金勝山です。そこそこ展望はありますが、樹間から覗く形なのでスッキリした眺めではなく、しかも空が白っぽく霞んでいて遠望がきかないので、展望写真は撮りませんでした。
さらに、この日は気温こそさほど低くないものの、とにかく冷たい北風が強くて、吹きっさらしの山頂でじっとしていると寒くて仕方がないため、ほとんど休憩もせずに先に進んでしまいました。
いくつもの小さなピークが狭い範囲に密集する金勝山では、どの方向への移動でも木段の登り下りが現れます。
次に越えていくピークは裏金勝山。ここでは、小さなピークのすべてに、いちいち名前が付けられていました。


さらに木段を登り下りしていくと、行く手に小川げんきプラザの本館が見えてきました。
建物の裏手に回ると北側が開けていて、遠くに何か見えていました。この縮小写真では分かり難いのですが‥‥
うっすらと見えていたのは日光連山です。肉眼ではもう少し見やすかったのですが、写真だと厳しいですね。
小川げんきプラザの本館前に回ってきましたが、さすがに8時過ぎではまだ早過ぎるのか、全く人の気配がなくてひっそりとしています。結局、金勝山を登り下りしている間、ほかのハイカーを1人も見掛けませんでした。


その後も木段の登り下りを続けて、今度は西金勝山を越えていきます。
ようやく最後のピーク、浅間山に着きました。ここは最高点(写真右上)から一段下がった場所にベンチがあって、風に吹かれることなく落ち着いて過ごせたので、この日最初の小休止を取っています。
ここまで木段ばかりが多い道を歩いてきましたが、浅間山からの下りになると、初めて普通の山道が現れます。
低い山だけに、気持ちの良い山道は長くは続かず、ほどなく林道に迎えられました。


八高線の線路沿いまで下りてきたら、勝呂踏切を渡って反対側に出て、今度は官ノ倉山を目指します。
国道254号線を少しだけ北上して、信号のある交差点を「吉田家住宅」への案内に従って左折します。
人家が点在し農地が広がるのどかな景色の中を進み、次に道標がある四辻をさらに左折します。
すると、左手の採石場に沿った道となり、しばらくは荒涼とした景色が続いて、この区間は少々退屈でした。
再び人家のあるエリアに入れば、この三光神社の前で、竹沢駅方面からの登山ルートに合流します。


舗装道路と分かれて、未舗装の道に入ると、まもなく天王池が現れました。
天王池の奥で霞んで見えているのが、次に目指す官ノ倉山です。
天王池を過ぎると山道が始まって、しばらくは沢沿いを緩やかに登っていきます。
最後に沢の源頭部を詰めるあたりは、地図では登山道がジグザグに書かれています。
稜線が近付いてくると、スプレーで「十二曲」と書かれた樹木を見た先から、その折り返しが始まりました。
ジグザグを描いているのに、それでも大きな段差があるなどそこそこ急で、ここは少し苦しくなる区間でした。
稜線に上がったところで一旦は穏やかな道になりますが、頂上直下は見上げるような急登になりました。


官ノ倉山の頂上に着くと、単独行のご婦人(私よりもご年配だった様子)の姿があって、この日初めて見掛けたハイカーとなりました。少し会話させて頂いたのち、その方が出発してしまうと、頂上は独占状態になります。
見晴らしが良い頂上ですし、時間にも余裕があるので、長居して楽しみたいところなのですが、いかんせん北風が強く吹き荒れていて、寒くて落ち着かないのが難点でした。
西側に見えていたのは、「外秩父七峰縦走」のコースで官ノ倉山の後に向かう稜線です。2回に分けて8年前と5年前に歩いた稜線で、2年前にも再訪している堂平山を除けば、それぞれの山の記憶はやや薄れ気味でした。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
そして、大きく開けていた北側の展望がこちら。金勝山にいた頃と同様に、遠くが霞んでいるのが残念でした。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
赤城山のアップですが、元々ぼんやりとしか見えていないものを光学ズームで撮るので、写りは今ひとつです。
日光連山も、金勝山から撮った時のほうが、いくらかマシに写っていたでしょうか。
頂上南側の斜面の下にもベンチがあって、ここでは北風が完全にシャットアウトされていて快適に過ごせます。
しかも、たっぷりの日差しを正面から浴びているとポカポカと暖かくて、ここにいる間は天国のようでした。


官ノ倉山から一旦下って、すぐお隣にある石尊山に来ました。
10時を過ぎて、そろそろ人が増え始める時間なのか、ここでは何人かの人と一緒になっています。
石尊山は、その名前通り石尊信仰の山で、祠には私の地元にある大山阿夫利神社のお札が奉納されていました。
石尊山の頂上にはほとんど樹木がないため、官ノ倉山よりも広範囲のパノラマが楽しめました。
  ※下の写真は山名ガイドを入れた縮小版で、大きな写真(文字入れなし)は こちら です。
日光連山は、官ノ倉山で撮ったものと比べると、少しは分かりやすい写真になったようです。


石尊山を後にして下っていくと、間もなくクサリ場が現れました。
クサリ場を上から覗き込むとこんな具合で、岩の露出した斜面ですが、斜度は大したことがなく、階段状になっていて足場も豊富にあります。落ち葉が滑ることにさえ注意すれば、特にクサリを使う必要はなく、斜面に向き直ることもせず普通に進行方向を向いたまま下れる程度のものでした。クサリは降雨/着雪時用でしょうか。
低山なので、ここでも山道を歩ける時間は長くなく、次第に道幅が広がって林道のようになってしまいます。
北向不動尊への階段が分かれる地点は、ベンチなどが置かれた休憩スペースになっていました。
北向不動尊への階段はかなり急で、登りでも手すりに掴まりたくなる程でしたが、長さは最初から見えている範囲がすべてで、上のほうに写っている社まで登るだけでした。
なるほど、確かに北を向いているようです。ただ、慶応年間またはそれ以前のものとされていますが、頑丈そうな社がやや無粋に感じられたのが残念でした。なにしろ急斜面に建っていますし、このあたりだと積雪が多いこともあるので、補修時に耐久性が重視されたのだとしたら、それは致し方ないことだと思うのではありますが。


車道に出たら、竹沢駅に戻るほうが距離は短いのですが、国道歩きが長くなってしまって快適ではなさそうなので、細い道を紡いだ「ふるさと歩道」を歩いて小川町駅まで歩くことにします。「ふるさと歩道」はやや難解な道順をたどりますが、曲がり角には必ず道標が立っていて、道案内は万全でした。
「ふるさと歩道」は全てが車道歩きではなく、この橋の先では短い間ですが土の道を歩くこともできました。
それも、ちょっと森の中を抜ける程度だろうと思っていたら、結構ガッツリとした山道だったのが意外でした。
短い山道が終わると、あとは駅までずっと車道が続きます。下山後の足に、長い舗装道路歩きはさすがに堪えて、歩くのが辛くなってきたので、八幡神社の境内で少し足を休めていきました。
スタートが早かったこともあって、小川町駅に着いたのはお昼前。本数の少ない八高線だけに、電車の待ち時間が40分以上あったので、ホームの待合室でお昼のパンを食べながらマッタリして、電車が来るのを待ちました。

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