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三石山 [富士山とその周辺]

2018/05/12(土)

■第383回 : 三石山(1173m)


今回の行先は富士山の西側に位置する三石山。山梨百名山の一座ながら、「山と高原地図」の収録エリア外で、「分県登山ガイド・山梨県の山」の収録からも漏れているという、地味な存在の山です。
知名度の低さもさることながら、駅から登山口までの交通機関がなく、電車利用で登る際に、身延駅から退屈な林道を延々と歩いて往復する必要がある点も、登山者が少ない一因となっていることでしょう。実際にこの日は、自分以外の登山者を1人たりとも見掛けることがないまま歩き終えています。

なお、今回は林道の往復を避けるため、往路は塩之沢駅近くの桜井集落から地形図の破線路を追いましたが、かなり荒れた道には不明瞭な箇所も多く、もはや満足に歩ける状況ではなかったので、一般には勧められません。

(往路)
古淵 04:59-05:21 八王子 05:35-06:19 大月
大月 06:23-07:12 甲府 07:16-08:37 塩之沢

(登山行程)
塩之沢駅  08:40
桜井神明社 09:10
819m峰   10:50
展望台   11:55-12:00
三石山   12:25-12:40
展望台   13:00
大崩    13:30
身延駅   14:35

(復路)
身延 15:07-16:03 甲府 16:10-17:16 八王子
八王子 17:20-17:43 古淵


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

最寄駅の始発電車を捕まえて、身延線の塩之沢駅で下車します。元々は立派な待合室がある駅だったのに、それが昨年秋に撤去されて、ホームには屋根付きのベンチがあるだけという寂しい風景になっていました。
駅の出入口もこんな具合で、ここだけを写したのでは、なんという駅なのか分からないという有様でした。

塩之沢駅から高台にある桜井集落までは車道が通じているので、普通にそこを歩けば良いのですが、九十九折りで登る車道は少々距離が嵩みますし、なによりあまり面白味がありません。そこで地形図を見ると、車道とは別の破線路が描かれていて、しかもその両端はGoogleマップのストリートビューで確認でき、廃れているようには見えなかったので(撮影が2014年と少し古いのが懸念材料でしたが)、そこを歩いてみることにしました。

ということで、しばらく身延線の線路沿いを南下して、ここで線路を渡ります。
そこには、危険なので近くの踏切を利用せよとの注意標識があるだけで、踏切にはなっていないのですが‥‥。
線路を渡った先で左を向くと、こんな具合に山道があります。ストリートビューで見る4年前の写真よりは草深くなっているように感じましたが、かといって全く歩かれなくなっているようにも見えませんでした。
その山道を登り始めて、すぐ小さな沢に出ると、そこにはちゃんと渡れる橋が架かっていて、いかにもかつての生活路という雰囲気でした。今なお現役として歩かれている感じもあり、安心して先へ進んだのでしたが‥‥。
その先は、進むにつれて藪っぽくなっていくとともに、路面も荒れ始めて、なんだか怪しい雰囲気に。
ゆったりとした道に出て、もう大丈夫かと思ったら、問題はこの後。崩壊気味の箇所がいくつもあり、出水による泥濘では靴が埋没しかけたりと、荒れ模様の道に難儀しました。地面には比較的新しい足跡が見られるので、全く歩かれていない訳ではないものの、通る人が稀なため、ほとんど手入れがされなくなっているのでしょう。

悪戦苦闘の末、どうにか桜井集落まで上がって来られましたが、この道を選んだのは失敗だったと思います。
歩いてきた山道を振り返った様子は、2014年撮影のストリートビューの写真とあまり変わっておらず、さも明瞭な道があるように見えますが、ほとんど顧みられなくなったらしい道は、すでに満足には歩けない状況でした。
集落内の道路を少し歩いたところに、桜井神明社があります。ささやかな境内で、少し息を整えていきました。
地形図では桜井神明社に三角点の記号が見られるので、探してみると、鳥居前の参道に埋められていました。
桜井神明社からさらに集落内の道路を上がっていくと、一番奥にあった墓地の先から山道に変わりました。

その山道は、標高が低い間は一貫して明瞭です。今では山仕事の人が時折使う程度でしょうけれど、深く抉れているさまから、かつては日常的に良く歩かれていた道なのではないかと思われます。
とはいえ、あまり歩かれなくなった道には、しばしば荒れた箇所が現れます。溝状に抉れた中は、落ち枝などの散乱で歩きにくいことも多くて、次第に道の両脇にある歩きやすい地面を選んで歩くことが増えていきました。
ここで道が尾根の左右に分かれたので、直感で左を選んでみたら、右のほうが正解だった模様。進むにつれて不明瞭になった左の道から、適当なところで尾根を乗り越して、右斜面に続いていた明瞭な道に復帰しています。
明瞭な道は、ここで尾根筋から外れて右へ向かいます。一旦はそちらに導かれましたが、その先も平坦なまま進みそうな気配が窺えたので、大崩集落へのトラバース道だと判断して、尾根上に続く踏み跡に乗り換えました。
地形図の496m標高点を過ぎたあたりには、珍しく平坦な区間も。しかし楽に歩ける距離は短く、すぐに登りが再開すると、特段の急登ではないのに、荒れた路面の歩きにくさゆえ、足の疲労がどんどん進むのを感じました。
さらに登ると、深く抉れた道はたびたびこんな具合に。こうなるともう、道からは外れて歩くしかありません。

ほどなく、行く手を人工的な斜面に遮られて、踏み跡が不明瞭になりました。そしてその人工物を右から回り込んでみたら、それが失敗だったようで、やがて道が途絶えてしまいます。仕方なく、踏み跡のない斜面を適当に登っていたら、こんな木段が現れて明瞭な道に復帰したのですが、その明瞭な道がどこから来たのかは分かりませんでした(手前で右から回り込んだ人工物は、反対側(左)から回り込めるようには見えなかったのです)。
木段を上がるとそこには林道があって、山道の続きは、左に少し進むとすぐに見つかりました。
  ※下の写真にマウスを乗せると、進路を表示します。
林道から再び山道に入ると、すぐに大きな石碑(何かの供養碑?)を見ます。読めないほどに意匠化された字が書かれていて詳細は不明ですが、頻繁に人が訪れているのか、林道と石碑の間だけは道がすこぶる明瞭でした。
その後は次第に踏み跡が不明瞭に。境界標を目印に進める箇所もありますが、適当に歩くことも多くなります。
最後は踏み跡のほとんどない中を、ひたすら高みを目指す感じで、819mピークまで登ってきました。三角点の場所も分かりづらくて、近くの樹木に巻かれたピンクテープの目印がなかったら、見逃していたかもしれません。
さて、819mピークに着いたらひと息入れるつもりでしたが、地面が荒れていて歩きにくかったり、踏み跡が錯綜する箇所でウロウロしたりしていたからか、珍しく事前の見積もりよりも時間が掛かっていました。しかもこの場所は殺風景で居心地も悪く、長居する気分になりませんでしたし、ここを過ぎるとしばらく平坦な道が続いて楽に歩けることも分かっていたので、写真撮影と水分補給だけしたら、先へ進んでしまうことにしました。

819mピークの先は、緩斜面が続くこともあってか、しばらくは踏み跡が不明瞭な状況が続きます。そこで時々コンパスで方位を確認しながら進んでいると、ほどなくピークを巻いてきたらしい明瞭な道に合わさりました。
明瞭な道は、間もなくヤブに突入します。でも、さほど濃いヤブではなく、足元の道は明瞭でしたし、それほど長い距離でもなかったのが救いで、あまり苦労もせず、嫌気がさす前にヤブから抜けられてホッとしました。
ヤブを抜けた先で、ほぼ平坦な道を進んでいくと、やがて大崩集落から登ってくる一般登山道に合流しました。
そこからは、一般登山道だけに、良く踏まれた歩きやすい道に変わって、要所には道標も立っていました。
しかも、地形図をはじめ各種ガイドブックでは尾根筋を直登するようにコースが書かれているのに対して、実際にはじわじわと登っていくような道が斜面に付けられて、傾斜がかなり緩やかに抑えられていました。
一本調子で変化には乏しいものの、傾斜が穏やかな道だけに、かなり疲れてきた足でも、あまり苦しい思いをせずに歩けています。このあと上部ではやや急な斜面に入り、ジグザグに折り返す道を登って尾根筋に出ました。

尾根に上がると、はじめは緩やかな尾根道が続いていて、間もなく道の脇に埋められた三角点を見ます。
三角点の脇を通過すると、そのすぐ先が「展望台」でした。
「展望台」では、道の両側が少しずつ開けていて、東側には富士山が見られました。
そして西側には南アルプスが(一緒には写せませんでしたが、少し左に動くと間ノ岳まで見えていました)。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します。

展望台まで来れば、もう三石山までの距離は短くて、標高差も100mを切っています。しかしここから頂上までの間には、いくつものアップダウンがあって、すんなりとは登らせてもらえませんでした。途中にはロープやクサリが下がる急な斜面もあり、登る分にはそれらを使わなくても済みそうな程度でしたが、疲労の蓄積から急登では足が前に出なくなりつつあったので、使えるものは最大限利用して、腕力にも頼って登ったりしています。
三石山の頂上に到着しました。山梨百名山の標柱を見るのは久しぶりでしたでしょうか。
西側に少し下ったところには、三石明神の社殿があります。
三石明神へ下っていくと、その先には山名の由来となったらしい3つの巨石がありました。
三石明神は、社殿もその周囲も小綺麗になっていて、今でも地元の方々に信仰され手入れされている様子です。
三石山は、山梨百名山の標柱が立つ地点が頂上ではなく、南東側にさらに10mほど登ったところが最高点です。しかしその方向を見るとこの通りで、道のない斜面をヤブを漕いで進むしかなさそうですし、そうして登り詰めても何もない場所らしいので、かなり疲れていたこともあって、今回は最高点に拘らないことにしました。

三石山の頂上を後にしたら、しばらくは来た道を引き返す形です。基本、下りになるとはいえ、この展望台まではアップダウンが何度もあるため、ここが最後の頑張りどころでした。
展望台を過ぎると、ようやく下るだけの道を楽に歩けるようになります。この地点で尾根を外れてジグザグへ。
傾斜が緩やかで登りやすかった道は、下るのも実に快適で、塩之沢からのヤブ道(直進)から登山道(左折)に出たこの地点まで、登りでは45分かかったところを25分であっという間に下ってきました(時間は展望台から)。
そのすぐ先が椿草里への分岐点です。椿草里への道は登る時に横切っていますが、そこそこ明瞭な道でした。

分岐点を過ぎると、あとは深く抉れた道でやや急に下るようになります。落ち葉が厚く溜まったフカフカな感触の道は、あまりにフカフカ過ぎて、足を取られて歩きにくいほどでした。
やや急な下りは短いもので、ほどなく景色が開けると、集落上部にある畑地の脇に出ました。
少しだけ畑の間を歩いたら、すぐに民家と車道が見えてきて、登山道はそこで終わりになります。
車道に出た地点を振り返っています。ここで犬に吠えられる心の準備をしていたのに、この時は静寂でした。
上の写真の地点からわずかに下ると大崩集落の登山口で、ここには何台分かの駐車スペースもありました。

大崩集落から身延駅までは、5km近く車道を歩きます。その往復を避けて、往路は別の道を選んだのでした。
上下に分かれた大崩集落の、下のほうの集落まで下ってきたところです。長い車道歩きの間、景色に変化があったのはここだけで、ここを過ぎると延々と同じような景色ばかりが続く、退屈この上ない道のりでした。
退屈さもさることながら、大崩の下の集落を過ぎても、あまり傾斜が緩みません。車道なので大した傾斜ではないものの、舗装された硬い路面を下る衝撃が結構響いたのか、楽なはずの下りなのに足の疲労が加速しました。
見事に沿道に何もない中をひたすら歩き続け、ようやく景色が変わったのが中部横断自動車道の工事現場です。
建設中の橋を仰ぎ見ながらやり過ごすと、久しぶりに見る民家が現れて、すぐ先で身延の町並みに入りました。
結局この日は、最初から最後まで登山者を全く見ませんでしたし、車道でも車とのすれ違いがなかったので、大崩側から三石山を往復したのは私ひとりだけだったのでしょう(ただし三石山は、バリエーションで思親山などから縦走してくることも可能なので、私のあとにそうして別方面から登頂した人はいたかもしれません)。
大崩の登山口から1時間少々で、身延駅に到着です。少し手前のコンビニで食料を調達したり、駅前の栄昇堂で「みのぶまんじゅう」を購入したりしたので、歩いていた時間はほぼ1時間キッカリだったかと。長い距離を歩きましたし(しかも登りは歩きにくい道でした)、標高差も割と大きかったので、久しぶりに結構疲れました。

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