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奈良山公園・寺家ふるさと村・三輪緑地・三輪七面山 [東京・神奈川(平野部)]

2022/04/23(土)

■第450回 : 奈良山公園・寺家ふるさと村・三輪緑地・三輪七面山(72m)


前回の山登りから5ヶ月も間隔が開いてしまったので、この日は足慣らしに軽く歩いてきました。近場なので街歩きの区間が大半を占めることにはなりましたが、それだけでは味気ないからと、途中には自然な感じの山道の箇所もそこそこ盛り込んで、山歩きの気分もそれなりに味わえるようにしたコースです。

そして、登山のブログで記事にするからと、立ち寄り先に山名を持つ地点も一応は含めてみたものの、さすがにそこは登り口からの標高差がごくわずかしかない、山とはほとんど名ばかりの場所。だから登山としての実態はほぼないに等しく、ゆえに普段着で特別な装備も持たずに出掛けてきたのでした。

 累積標高差(登り):375m / 距離:10.5km / 歩行時間:3時間0分 (休憩除く) 
標準タイムは不明(登山地図の収録範囲外) 

(往路)
古淵 10:35-10:41 成瀬 10:53-11:11 こどもの国駅

(登山行程)
こどもの国駅バス停 11:15
奈良山(奈良山公園) 11:25
鴨志田公園     12:00-12:05
寺家ふるさと村
  熊野池     12:10
  大池      12:30
  むじな池    12:40
  熊野神社    12:55-13:10
三輪緑地      13:40-13:45  (三輪の森ビジターセンター)
沢谷戸自然公園   14:15-14:25
三輪七面山     14:30-14:45
鶴川駅       15:05

(復路)
鶴川 15:11-15:17 町田 15:30-15:48 長久保


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

今回のスタートはこどもの国駅です。東急線に乗って来るのが一般的な駅ですが、20分に1本の電車は休日だけに混雑すると思われ、目的地を考えるとその車内も平静かどうかは疑わしく、用心して成瀬駅からの路線バスを利用して来たので、駅前のバスロータリーから歩き始めています(写真右端の三角屋根が東急線の駅舎)。
バスロータリーから1分も歩けば、すぐに奈良山公園の入口。でも、それを示す物がここには何もありません。
なので外周の道路をもう少し歩き、北西側の入口まで来たら標識があったので、ここから公園内に入ります。
最初に登る奈良山は、この通りほんの小さな丘に過ぎません(上の写真でも奥に写っています)。しかも、都市公園として整備されてしまっていて、どこまでが自然な地形なのかも不明なのですが、丘の上の散策路が案内図で「尾根道」と記載されていることから、元来の尾根地形がそれなりに残されているのではと感じています。
※「奈良山」という呼称はこの記事独自のもので、公園の案内図をはじめ公的な資料に「奈良山」という表現は一切見られませんし、そもそもこの小さな丘が「山」であること自体がほとんど認知されていないのか、ネット上でもここを「奈良山」とする記事はほぼ皆無です。ま、奈良山公園の中央にある山ですから、山名としては当然これが適当だろうとは思いますが‥‥。


多目的広場を横切って、奈良山への登り口に来ました。登山道(?)はほぼ木段の連続のようです。
最後に石段に変わったら、頂上はもうそのすぐ上でした。
小振りな円形に石垣が組まれた奈良山の頂上。その内側は敷石が敷かれて展望台っぽくなっています。
ただ周囲には樹木が多く展望は限られていて、最初に横切った広場を見下ろせる程度でした。
石垣の外側の、この切り株のあたりが奈良山の最高点だったでしょうか。標高は60mほどになるようです。


頂上から「尾根道」を南下して行くと、以降は土の道を歩けるようになります(ただし傾斜のある箇所はほぼ木段になっていました)。この山にはピークが複数あって、軽く下ったらすぐに登り返しが待っていました。
先程の頂上より少し低い感じの2番目のピークは、展望も何もなくてただの分岐点といった風情でした。
その先で、少し下ったらまた登りに変わる、ということがもう1度繰り返されます。
3番目のピークは2番目と同じくらいの高さだったようで、分岐点になっていて展望がない点もそっくり。
3番目のピークのさらに南側には三角点に似た感じの物が。でもここには三角点をはじめとするいかなる基準点の設置もなく、過去の地形図を調べてみても遡れる範囲では何も見つからずで、素性は不明のままです。
3つのピーク(歩いた順に北峰・中央峰・南峰と呼べるかな?)を過ぎると、あとはもう下るだけでした。
南側の登り口に下ってきたところです。「尾根道」を歩いていたのは10分ほどだったでしょうか。
公園の敷地自体も、そのすぐ先が境界のようで、近くにあった入口から公園の外に出てしまいます。


そこからは30分ほどの車道歩き。乗ってこなかった東急こどもの国線の踏切を渡ります。
すみよし台交差点を右折。しばらくは交通量の多い2車線の道が続き、きちんと歩道があって安心して歩けるものの、楽しさが感じられる道ではなくて、仕方なく歩いているという感覚でした。
消防署のある十字路を左折して、階段道で鴨志田の住宅街に上がれば、次の目的地は間もなくです。


鴨志田公園に到着です。この日は立ち寄り先のほぼ全て(私有地の三輪七面山を除けば全部)にトイレがある、余計な心配をする必要のないコースで、この公園も入口に綺麗なトイレがあって利用させて頂きました。
ここから鴨志田公園に入り、中を通って行きます。
ここは広場やグラウンドが主体の公園で、気持ち良く歩ける場所は少ないのですが‥‥。
広場とグラウンドの間がちょっとした森になっていて、少しだけ緑の中を歩くことができました。
小さな公園なのですぐ反対側に出たら、畑を挟んだ先に、次に向かう「寺家ふるさと村」の森が現れました。
上の写真で水田の先に写るT字路に出て左を向いたところ。左前方に見える緑の斜面は、熊野池の堰堤です。


「寺家ふるさと村」のエリアに入ると、最初に熊野池の横を通ります。本来は農業用の溜め池らしいのですが、釣り堀としても活用されていて、この時も多くの釣り人の姿が見られました。
「寺家ふるさと村」には、雑木林を縫って散歩道が続く「ふるさとの森」があって、その入口が駐車場脇に。
まずは階段道で尾根筋まで登ります。この階段が見事に水の通り道で滑りやすく、かなり気を遣いました。
「寺家ふるさと村」の案内図です(上の写真に写っていたものを正面から)。
    ※下の写真は縮小版で、大きな写真は こちら です。
    ※下の写真にマウスを乗せると、案内図上に歩いたコースを重ねて表示します。


尾根に上がれば、雰囲気はまるで山の中。道もいろいろあって、分岐での案内も概ねしっかりしていました。
ただ、所々にぬかるんだ箇所があって(雨は前日の朝までだったのに)、引き続き足元には注意が必要です。
道沿いの随所にベンチが置かれ、要所には休憩舎も。コンディションの良い日を選べば、心地良く過ごせそう。
森の東端へ向かうと、メインエリアから遠ざかる方向で歩く人も少なくなるのか、少し道が細くなりました。
大池への下り口(右折方向)に来ました。直進方向にも道は延びていましたが‥‥。
この先は未整備とのこと。尾根上に続く踏み跡を追って、大池へ遠回りで向かえないこともないようですが、ここまでの道でも足元がやや不安定だったこの日の状況では、余計な冒険は考え物かもしれません。
なので変な色気を出すのは思いとどまって、大人しく整備された階段道で大池へ下ることにしました。
沢筋に下りると、ぬかるみの酷い箇所があり、普段使いの靴だったこともあって、足の置き場を選びました。
大池の畔まで出れば、舗装された道に迎えられて歩きにくさからは開放されました。
大池も農業用の溜め池です。こちらは厳重なフェンスが周囲に張り巡らされていて、池畔には近付けません。
一方、回れ右をすれば、水田が連なる景色が広がる中に、農作業に携わる人たちの姿がありました。
私が山歩きを趣味としているため、今回訪れた「寺家ふるさと村」では、「ふるさとの森」の中に続く散歩道を中心に歩いていて、ご覧の通りこの記事に載せる写真も山道のものが大半となっています。
しかしここには、宅地化が進んだ横浜市内にありながら、雑木林の丘に挟まれた谷戸に細長く伸びる水田とそれを潤すため池という、「昔ながらの横浜の田園風景」が色濃く残されていて、そんな里山の景観と機能を今に伝えるため、横浜市によって保全されているのが「寺家ふるさとの森」であるらしい。
ですから、「寺家ふるさとの森」を代表する景色は、むしろ上の写真のような田園風景になるのでしょう。


大池の次はむじな池へ。上の写真で見えている道路でなら楽に行ける場所ですが、大池の堰堤の奥から‥‥。
再び森の中に入りました。山歩き再開に向けた足慣らしゆえ、少しでも長く山道を歩きたかったのです。
とはいえ、むじな池までは大した距離もなく、ちょっと登ったらすぐ下るだけになってしまいましたけれど。
途中に特別な景色もないまま、むじな池の池畔へ。ここも溜め池で、熊野池や大池と比べてやや小振りです。
池畔はやはりフェンスに囲まれていました。景観的には残念ですが、安全対策上は仕方がないのでしょう。


むじな池から、次は熊野神社を目指して、石畳風の散策路を登っていきます。
尾根近くまで上がると、頭上に橋が現れました。熊野神社には、その橋を通って行けそうな感じなので‥‥。
橋の下を一旦くぐり抜けたのち、ここで石畳風の散策路から外れて、まずはすぐ上にある橋を目指します。
その橋は「くまの橋」という名前でした。
「くまの橋」を渡って、ちょっとした広場に入ると、もうその先を案内する道標はなく、そこは一見行き止まりのようでした。確かに最新の案内図でも、この広場と熊野神社との間に、何も道は描かれていません。
でもかつてはそこに道があり、今でもいくらか歩かれている様子なので、私でも通れる道ならと期待して来てみたのです。良く見ると、写真左の赤いコーンが置かれた先に、木柵に沿って踏み跡が続いているようです。
木柵沿いの踏み跡は、いくらも進まないうちに不明瞭になってしまいましたが、不明瞭になる少し手前のこの地点で、木柵の切れ間(写真左端)から木柵の向こう側へと延びる、さらに薄い踏み跡を見つけました。
方角は合っていますし、ほぼ尾根筋に続くのも好感触なので、その薄い踏み跡を追って行くと、さすがに木柵から先はほとんど人が入らないらしく、草を払いながら進む具合に。もっと季節が進んでいたら藪だったかも。
一旦鞍部に下ったのち、その先のピークに上がりました。地図読みが正しければ、この向こうが神社のはず。
読み通り、すぐ下に神社がありました。このあと、少しだけ不安定な急斜面を下ることになりましたが‥‥。


熊野神社は、創建年代等は不詳ながらも、往古より祀られてきた歴史ある神社らしい。社殿が綺麗で新しそうに見えるのは、2001年に不審火で全焼してしまい、翌年に再建されたものだからだとか。
社殿の右手が小さな広場になっていて、ぐるりと回ってみたものの、特に何があるわけでもなく‥‥、
広場の隅で、木立の中にひっそりと、「村社熊野神社昇格記念碑」なるものが建っていただけでした。
神社で軽く手を合わせ、ひと休みしたら、参道の急な石段を下ります。
下り終えた石段を振り返ったところです。
少し離れて立っていた案内図は少々古いらしく、先程突破してきた神社までの踏み跡が、道として描かれていました。ただし、その道を隠すようにテープが貼られていたので、通れない旨の注意書きがされていたっぽい。
    ※下の写真にマウスを乗せると、その踏み跡の部分を拡大表示します。
熊野神社への参道にはスロープもあって、その出口となっているT字路に出たら、「寺家ふるさと村」の巡回は終了です。そして水田を挟んだ向こう側に、次に向かう三輪緑地の森が見えていて、このあとそちらへ。


水田の向こう側の道路に出ると、すぐに水車小屋。ここはまだ「寺家ふるさと村」のエリア内ですが‥‥。
水車小屋とは隣り合わせの位置に三輪緑地の入口があって、ここからはその緑地内を巡ります。
こちらは地面が乾燥していてぬかるんだ箇所がなく、快適に歩いて行けます。
三輪緑地のほぼ中央にある4差路に出ました。計画時点では、ここからまず右の道に入って緑地の東部をひと回りし、正面の道からここに戻ってきたら、最後に左の道で緑地の西部を抜けて行く、という予定でした。
右の道に入ると、そこからは尾根歩きとなり、道には「市境界」と書かれた石杭が連なっていました。ここまで神奈川県横浜市(青葉区)内を歩いてきましたが、ここで東京都町田市とを隔てる尾根に出たようです。
ほとんど起伏のない尾根道なので、そろそろ疲れかけてきた足でも快調に進むことができました。
三輪緑地の東端で道標に従って左折したら、そこから完全に町田市のエリア内へと入っていきます。
道が左手にあるピークをわずかに巻いて進むのに対して、ピークに寄る踏み跡もあったので登ってみました。
そこはベンチが1つあるだけの、特段の展望もない地味なピーク。でも三輪緑地の最高地点だったようです。
元の道に戻るとあとは下りに変わって、三輪の森ビジターセンターの前に出ます。風がある外のほうが涼しく過ごせそうだったので、建物前のベンチで少し休んで行きましたが、中に入ればトイレが利用可能でした。
ビジターセンターを過ぎると一旦車道に出たのち、沢沿いの道で再び森の中へと向かいます。
が、森に入る前にこんな状況に。普段使いの靴が無事のまま突破できそうになく、さらに地図によれば道がずっと沢筋を進むため、ここが通れてもそれだけで終わらない可能性も大きそうで、前進をスッパリ諦めました。


そんな訳で、三輪町の住宅街を抜ける形で、予定コースの一部をショートカットしてしまうことに。
信号機のある交差点の近くで二車線の道路に出たら、ここで予定通りのコースに復帰です。
さらに住宅街を縫うように進んで、沢谷戸自然公園の北東側の入口へ。ここからは公園内を歩きます。
公園の東側は、運動広場と雨水調整池が面積の大半を占めています。広場の先ではツツジの色彩が鮮やか。
運動広場の脇には、木陰をのんびりと歩ける道も。
広場の先に見えていた斜面に来ると、ツツジは満開には及ばないけれど、咲き揃っている所はやっぱり綺麗。
ツツジの斜面を登って、南側の入口へ。大きなモニュメントが並ぶ、沢谷戸自然公園の表口っぽい構えです。
公園の西側には、遊具の置かれた一角や芝生広場などがあって、子供を連れた家族の姿が多く見られました。
芝生広場の奥の山が、次に向かう三輪七面山なのですが、公園内から直接向かう道はなさそうです。でもそんなことより、ここにきて疲労感が急に強まり、最後の登りに備えて、広場の脇のベンチで少し足を休めました。
沢谷戸自然公園を西側の入口(写真右半分)から出て来て振り返りました。何も案内は見当たらないけれど、事前の調べで、写真左端の階段が最終目的地の三輪七面山への道だと分かっていて、今からそちらへ。


ということで、ここで三輪七面山について簡単にご説明を。

そこは戦国時代に、沢山城または三輪城と呼ばれる、小田原北条氏の出城があったとされる場所です。曲輪・櫓台・土塁・堀切などといった様々な遺構がはっきりと残された、価値のある重要な史跡らしいのですが、歴史史料がほとんど見つからないことから詳細は今なお不明で、謎の多い城とも言われているとか。その主郭とされる一番高い一角に、のちに七面大明神が祀られ、三輪七面山と呼ばれるようになったようです。

私有地となっている現在も、地主さんが丁寧に手入れをしているのか、遺構の保存状態は良好で、ご好意により七面大明神までの参道部分に限って立ち入ることができるので、私もひとり静かに参拝させて頂きました。

さて、階段を上がると山道に変わり、沢谷戸自然公園との境界らしいフェンス沿いを、緩やかに登ります。
しばらく進んで頂上が近くなると、何やら注意書きが賑やかな一帯に差し掛かりました。
  『 ここは私有地です / 犬の散歩はお断りします / 七面山 山主 』
  『 団体の方は / お戻り下さい / 三輪七面山 山主 』
  『 お山にワンちゃん / 入らないでね 』
さらに右上隅の解説板に
  『 ここのお山は、七面様と称し三輪七面山(御祭神七面大明神)
    古くから地元の守護神として崇拝され広く親しまれています / 静かに見守って下さい 』
  『 テレビ等の取材は / お断りします / 七面山 山主 』
まとめると、「犬の散歩お断り」「団体での立ち入りお断り」「静かに参拝を」「取材お断り」です。
この記事をご覧になって興味を持たれた方も、ここを訪れる際には節度ある行動をお願いしたいと思います。

そんな一帯を抜けた先が、三輪七面山の頂上部でした。
鳥居をくぐってさらに進みます。
2番目の鳥居は、その先の少し窪んだ場所にあって、どうやらそこは城の主郭を囲む堀切だったらしい。
石段を登った七面大明神で、軽く手を合わせていきました。
参道以外はほぼ立入禁止ですが、七面大明神の北東側の裏手だけは少しだけ入れるようになっていて‥‥
平坦地が広がるそこが城の本丸だったと思われ、一段高くなっていた七面堂の場所は櫓台だったのでしょう。
参拝を終えたら元の道を戻ります。地形図によれば参道の左手(往路なら右手)に三角点があるようですが、柵の外にあって近付くことは叶わず、少々離れているのか参道からでは何処にあるのかも窺えませんでした。
注意書きが連なる一帯を抜けるとT字分岐があって、先程は左の道から登ってきていました。でも直進方向も通行が制限されていないようですし、鶴川駅に向かうにも方角的に好都合なので、帰りは直進してみることに。
すると、緩やかに下って住宅前の細道へ。こちら側も、登り口に三輪七面山への案内などはないようです。
ついでに、拾い物の図面を拝借して、三輪七面山の地形を紹介しておきます。
この場所が舌状台地の先端にあたり、東側と南側に急な断崖が迫る、山城を構えるには格好の条件下にあって、自然地形を活かした天然の要塞だった様子がご覧頂けるかと思います(ただし、この図は一般的な地形図より等高線が密に書かれていて、実際はこの図から受ける印象ほど高低差のある地形ではありません)。
また頂上部の「74.1」との記載から、当記事では三輪七面山の標高を74mとしました(三角点の標高は72m)。
   ※下の写真にマウスを乗せると、歩いたコースを表示します(赤:登り / 緑:下り)。
  【注意】立ち入りが許されているのは私が歩いたコースのみで、赤や緑の線がない場所には入れません。


細道から2車線の車道に出てきたのは、上三輪公園に隣接する交差点の近くでした。
住宅街を抜けたのち、鶴見川沿いの道へ。神奈川県横浜市→東京都町田市と歩いてきたこの日は、このあたりで神奈川県川崎市(麻生区の飛地)に入っていて、東京・神奈川の都県境あたりをウロウロしていた感じ。
ゴールの小田急線鶴川駅。最後にまた東京都町田市に戻っていたのでした。
このあと乗った小田急線では、2駅間だけなのでソーシャルディスタンス確保のため立っているつもりだったところ、あまりに疲れていて、車内が空いていたのをいいことに思わず着席してしまいます。
そこそこアップダウンがあるように組んだコースだったとはいえ、その運動量なんて山登りとは比べるまでもない程度だったのに、想定外の疲労感にすっかり体力が衰えていたのを実感して愕然としました。
こんな体たらくで、また以前と同じように山を歩くことができるのだろうか。

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