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八溝山 [茨城]

2018/05/26(土)

■第384回 : 八溝山(1022m)


今回は1泊2日の行程で、茨城・福島県境にある八溝山に登ってきました。
少々遠出にはなるものの、時刻表の上では神奈川からの日帰りが成立する山なのですが、それには電車からバスへ短時間で乗り継ぐ必要があり、失敗のリスクも大きそうなので、より確実な2日間の行程で出掛けています。

(往路)
[前日] 市営斎場入口 15:00-15:10 相模大野 15:33-16:09 新宿
    新宿 16:17-16:37 品川 16:55-19:14 水戸(泊)
[当日] 水戸 06:22-07:45 常陸大子 07:55-08:31 蛇穴

(登山行程)
蛇穴バス停    08:35
日輪寺遊歩道入口 09:30
八溝山      10:05-10:15
日輪寺      10:25
日輪寺遊歩道入口 10:40
あずまや     11:10-11:20
蛇穴バス停    11:25

(復路)
蛇穴 11:30-12:05 本町 (→ 道の駅「奥久慈だいご」で時間調整)
常陸大子 13:51-15:08 水戸 15:31-17:30 日暮里
日暮里 17:35-17:56 新宿 18:03-18:43 相模大野
相模大野 18:53-19:05 大沼


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

冒頭に書いた通り、今回は1泊2日の行程としたので、金曜日のうちに水戸まで移動して朝を迎えました。
ちなみに、往路のJRの乗車券がこちら。最終目的地は常陸大子ですが、普通に常陸大子までの乗車券を購入してしまうと、全区間が東京近郊区間内のため、有効期間が当日限りとされて2日にわたっての使用ができません。
そこで、東京近郊区間外となる少し先の矢祭山までで購入すると(料金は同じ)、2日間有効の切符になって、水戸での途中下車が可能になるのでした(ただし、途中下車駅で分割するほうが割安になる場合もあります)。

常陸大子駅で路線バスに乗り換えます。07:55発という早いバスなので、朝一番の水郡線に乗ってきました。
なお、2本目の10:37発のバスを選ぶと、神奈川からでも時刻表の上では日帰りが成立するため、できる限り日帰りでというポリシーを貫こうかと、かなり迷いました。しかし、その場合は電車からバスへの乗り換え時間がたった5分しかなく(末尾の資料を参照)、単線かつワンマン運行の水郡線では遅延が決して珍しくなさそうですから、5分での乗り継ぎはギャンブルに近いと思われて、より確実な1泊2日の行程で出掛けてきたのでした。
乗客が私ひとりだけだったバスに30分ほど揺られて、八溝山への登山口である蛇穴まで来ました。
さて、今回はいろいろと冒頭にくどくどとした断り書きが多いのですが、もうひとつだけお付き合い下さい。
ここからの八溝山の登り下りは、標準的なコースタイムが約4時間なのに対して、いつもの私のペースで歩けば、3時間半ほどでここに戻って来られそうです。ところが、行き帰りのバスの組み合わせにより確保できる行動時間のほうは、3時間を切るか、5時間以上となるかのいずれかのパターンしか存在しないのでした(末尾の資料を参照)。さすがに後者では大いに時間を持て余しそうなので、頑張って前者にトライすることにしました。

バス道路をもう少しだけ先へと進むと、すぐに八溝山林道が右に分岐するので、そこに入ります。
上の写真にも写っていますが、林道の入口には、頂上にある八溝嶺神社の大きな鳥居が。
鳥居の傍らには、「八溝山道」などと彫られた石碑も。八合目にある日輪寺は7世紀後半の創建と伝えられ、鎌倉時代には坂東二十一番札所として不動の信仰を得るようになり、「八溝知らずの偽坂東」と言われるほど関東一円で響いた霊場だったらしいので、往時は多くの人がここから山道を登ったのでしょう。

その山道も、今は車道が取って代わり、頂上までクルマで行けてしまう状況で、私もはじめは車道を登ります。
かつての山道も部分的には残されていて、ほどなく道標が「八溝山旧登山道」と示すその入口が現れました。
山道に入れば、てっきり木陰を進めるものと思っていたら、しばらく上空が開けた日なたの道が続いたのが予想外。しかもそこを、3時間での下山を目指してハイペースで登っているものだから、結構汗だくになりました。
でもしばらくして、ようやく樹木が日差しを遮ってくれるようになると、以降は頂上までほぼずっと日陰の道が続きます。関東の最北部だけに空気は涼しくて、日差しさえ避けられれば割と快適に登れました。良く踏まれていた道も、傾斜が一定に抑えられていたほか、段差などの歩きにくい箇所がなく、とても歩きやすかったです。

その後、一旦は車道に出てしまいますが‥‥。
次の大きなカーブのところから、再び山道が分岐していました。
するとその先は、やや草深い道に変わります。マイカー登山なら、普通はもっと上まで車で入るようなので、今ではバス利用の人にしか歩かれない道になってしまったのでしょう。この日はまだ誰も通っていなかったのか、時折クモの巣を突破しつつ進みました。道形も頼りなくて、このあたりは旧来の道なのか怪しかった印象です。

そして再び車道に上がると‥‥。
間もなく日輪寺への遊歩道が分かれて、その先には駐車スペースも見えてきました。ここからは周回コースを組んでいて、車道の少し先にある別の登山口から山頂を目指したあとで、この遊歩道を下ってくる予定です。
車道は頂上まで続いていますが、ここにある駐車スペースが、現在では実質的な登山口になっているようです。
もう少し車道を進んで、「八溝川湧水群を経て山頂」という大きな標識が見えてきたら、いよいよ登山道へ。

そこから先は、現在でも良く歩かれていて、ゆったりとした道幅のとても歩きやすい道でした。
しかも、このあたりまで標高を上げてくると、周囲には自然林が広がっていて、とても清々しい雰囲気です。
しばらく進むと、八溝川湧水群(八溝五水)のひとつ、「金性水」が現れました。八溝川湧水群は環境庁の「名水100選」に選定されていて、八溝五水のそれぞれの名前は水戸光圀公による命名とされています。
この「金性水」が、八溝五水の中で最も水量が豊富なようです。
さらに進むと、「八丁坂」という標識の立つこの地点から、長い木段が始まりました。左上に見えているのは、八溝五水の2番目となる「鉄水」の四阿で、屋根の下で地面から水が湧き出していました。
八丁坂の木段は、さほどきつい傾斜ではないものの、結構長く続くのがこたえます。しかも、下からずっとハイペースで登ってきていたところに、この長い木段ですから、もう肩で息をしながら登るようでした。
なお木段の途中には、八溝五水の3番目「龍毛水」への分岐がありましたが、先を急いでいたために立ち寄らず、同様に登山道から離れていたらしい4・5番目の「白毛水」「銀性水」への分岐もスルーしています。
八丁坂を登り切ったところで、日輪寺への車道を横断すると、頂上まではもうあとひと息です。
頂上直下の車道に出ると、鳥居をくぐった先に、神社の社殿が見えてきました。

八溝山の頂上部に上がると、まずは八溝嶺神社の立派な社殿の前に立ちます。
そして左手には、城をかたどった造りの展望台が。高さ16.5mの展望台からは、奥久慈や那須の山々のほか、日光連山や阿武隈山地などを一望でき、遠く富士山や太平洋まで望めることもあるようなのですが、果たして。
残念ながらこの日は、一応は晴れていたのに、遠くの景色は靄の中に霞んでいて、展望は楽しめませんでした。
それでも茨城県の最高峰だけに、360度どの方角もスッキリと開けていたことだけは、良~く分かりました。
眼下には、八溝嶺神社の屋根と、まだ踏んでいなかった山頂が見えています。すでに山頂よりも高い地点にいることで、高さ的には到達する意味合いが薄れてしまったとはいえ、やはり山頂を踏んでおかないことには‥‥。
ということで、展望台から降りてきて、三角点と山頂標識がある八溝山の山頂に立ちました。
ところで、山頂に近づくにつれて虫が増えてきていたのですが、特に山頂ではその数が多く、ちょっとでも立ち止まると途端に大量の小バエたちにたかられて、その鬱陶しいことといったら。
今回は行動時間を3時間としたため、元々長居するつもりはありませんでしたが、もしも5時間かけてゆっくり歩くパターンを選んでいたとしても、この状況ではとても山頂で落ち着いて過ごすことは無理だったでしょう。
そのためか、山頂で見掛けた数名の方々の中にも、どこかに腰を下ろして長居している人はいませんでした。

下山を始めるにあたり、まずは時間を確認すると、帰りのバスまでの持ち時間が2時間55分ある中、登りは普段より少しだけペースを上げる程度の歩き方で、ほぼ目標通りの1時間半で来ていました。頂上に滞在していた10分を引いて、残りは1時間15分あり、これなら下りもそう急がなくても、十分に間に合いそうです。むしろ、あと10分くらいなら頂上にいても大丈夫そうでしたが、虫の多さゆえ、とてもそんな気分にはなりませんでした。
下り始めたら、頂上直下の分岐で、登ってきた右からの道を見送り、日輪寺を経由する左の道に入ります。
走るつもりはなかったのに、歩きやすい道が続いていたおかげで駆け下りるような具合になって、日輪寺まで10分で着いてしまいました。自然林に囲まれた雰囲気の良い道だったので、飛ばすのは少々勿体なかったけれど。
日輪寺は板東札所21番の古刹で、頂上にいた登山者よりも、この境内にいた参拝客のほうが多かったようです。
日輪寺からさらに下る山道は、ここにある入口が分かりづらくて、その所在をちょっと探してしまいました。
というのも、この半分草に埋もれて字も薄くなっていた私製の標識以外に、適切な案内が見当たらなかったようなのです。ただ、道案内が不親切だったのはここだけなので、私が何かを見落としていたのかもしれませんが。
しかも日輪寺から林道までの間は、大きな段差が繰り返し現れる道で、とても快適には下れませんでした(登るのも骨が折れるでしょう)。しかも、そうして急激に高度を落としたかと思えば、あとで100mもの大きな登り返しの末に林道に上がったりして、ちょっとちぐはぐな印象を受けています。元からこんな道だったのかしらん。

見覚えのある林道に戻ってきました。この時点で、帰りのバスの時間まであと50分あります。バス停からここまでは、登りでも55分で来ていたので、あとはもう余裕でしょう。
林道に出た後は、登ってきた道をそのまま引き返します。途中にある、往路で登りやすいと感じた山道の区間は、下りでも歩きやすくて、急ぐ必要がないのに早足で快調に歩けてしまい、順調すぎるペースで最初の分岐へ。
この鳥居をくぐって県道に出れば、もうバス停まであと2~3分で着いてしまうような距離です。
でも、バスの発車時刻は20分後ですし、バス停の周囲には何もなくて、早く行っても手持ち無沙汰になるだけだと分かっていたので、鳥居のそばにあったこの休憩舎で帰り支度などを調えつつ、時間調整をしていきました。

往路で乗客が私だけだったバスは、復路の車内もしばらくは私だけ。かなり走って市街地へ出た頃に、ようやく別の乗客を拾いましたが、その方が割と短い区間の利用で降りてしまうと、車内は再び私だけに戻りました。
このバス路線は、すでに日曜・祝日の運行がなくなっていて、バス利用で八溝山に登れるのが土曜日(または平日)に限られているのですが、こんな状況で、よくぞ土曜日の運行をこの日まで存続してくれていたものです。
帰りのバスは、終点の常陸大子駅まで乗らずに、少しだけ手前の「本町」で降ろしてもらいます。
というのも、このバス路線のさらに不便なところが、JR水郡線への乗り継ぎを全く考慮していないらしいダイヤなのです。文末の資料をご覧になればお分かり頂けると思いますが、駅発の便が概ね水郡線から乗り継ぎしやすい時刻に発車するのに対して、なぜか駅行きの便は、大半が水郡線の発車時刻とはかけ離れたタイミングで駅に着いてしまうのです。今乗ってきた便などは、駅へ行ってもなんと1時間50分待ちという酷い有様で、しかも駅前には長い時間を過ごせるような場所も全くありません。そこで、ある場所へ寄り道することにしたのでした。

訪れたのは道の駅「奥久慈だいご」。常陸大子駅から徒歩10分、本町バス停からだと7~8分の距離にあります。
館内のレストランで食事をしたり、売店で土産物を買ったりしながら、ゆっくりと1時間ほど過ごしました。写真はレストランで注文した「つけけんちんそば」。けんちん汁でそばを食べるのはこの地域の郷土食だとかで、具だくさんのけんちん汁が美味しかったです。
最後は、少しだけ余裕を持って常陸大子駅へ。早い時間に帰途に就いたため、水戸からの常磐線は特急に乗らず、普通列車にのんびりと2時間揺られても、それでも明るいうちに帰宅できています。1泊2日にして宿泊費はかかりましたが、その代わりに交通費は最小限で済ませられたかな。
(最後に参考資料です)

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三石山 [富士山とその周辺]

2018/05/12(土)

■第383回 : 三石山(1173m)


今回の行先は富士山の西側に位置する三石山。山梨百名山の一座ながら、「山と高原地図」の収録エリア外で、「分県登山ガイド・山梨県の山」の収録からも漏れているという、地味な存在の山です。
知名度の低さもさることながら、駅から登山口までの交通機関がなく、電車利用で登る際に、身延駅から退屈な林道を延々と歩いて往復する必要がある点も、登山者が少ない一因となっていることでしょう。実際にこの日は、自分以外の登山者を1人たりとも見掛けることがないまま歩き終えています。

なお、今回は林道の往復を避けるため、往路は塩之沢駅近くの桜井集落から地形図の破線路を追いましたが、かなり荒れた道には不明瞭な箇所も多く、もはや満足に歩ける状況ではなかったので、一般には勧められません。

(往路)
古淵 04:59-05:21 八王子 05:35-06:19 大月
大月 06:23-07:12 甲府 07:16-08:37 塩之沢

(登山行程)
塩之沢駅  08:40
桜井神明社 09:10
819m峰   10:50
展望台   11:55-12:00
三石山   12:25-12:40
展望台   13:00
大崩    13:30
身延駅   14:35

(復路)
身延 15:07-16:03 甲府 16:10-17:16 八王子
八王子 17:20-17:43 古淵


大きなマップで見る(Googleが運営するFirebaseのサイトに遷移します。※上に埋め込んだマップも同サイト上のものです)

最寄駅の始発電車を捕まえて、身延線の塩之沢駅で下車します。元々は立派な待合室がある駅だったのに、それが昨年秋に撤去されて、ホームには屋根付きのベンチがあるだけという寂しい風景になっていました。
駅の出入口もこんな具合で、ここだけを写したのでは、なんという駅なのか分からないという有様でした。

塩之沢駅から高台にある桜井集落までは車道が通じているので、普通にそこを歩けば良いのですが、九十九折りで登る車道は少々距離が嵩みますし、なによりあまり面白味がありません。そこで地形図を見ると、車道とは別の破線路が描かれていて、しかもその両端はGoogleマップのストリートビューで確認でき、廃れているようには見えなかったので(撮影が2014年と少し古いのが懸念材料でしたが)、そこを歩いてみることにしました。

ということで、しばらく身延線の線路沿いを南下して、ここで線路を渡ります。
そこには、危険なので近くの踏切を利用せよとの注意標識があるだけで、踏切にはなっていないのですが‥‥。
線路を渡った先で左を向くと、こんな具合に山道があります。ストリートビューで見る4年前の写真よりは草深くなっているように感じましたが、かといって全く歩かれなくなっているようにも見えませんでした。
その山道を登り始めて、すぐ小さな沢に出ると、そこにはちゃんと渡れる橋が架かっていて、いかにもかつての生活路という雰囲気でした。今なお現役として歩かれている感じもあり、安心して先へ進んだのでしたが‥‥。
その先は、進むにつれて藪っぽくなっていくとともに、路面も荒れ始めて、なんだか怪しい雰囲気に。
ゆったりとした道に出て、もう大丈夫かと思ったら、問題はこの後。崩壊気味の箇所がいくつもあり、出水による泥濘では靴が埋没しかけたりと、荒れ模様の道に難儀しました。地面には比較的新しい足跡が見られるので、全く歩かれていない訳ではないものの、通る人が稀なため、ほとんど手入れがされなくなっているのでしょう。

悪戦苦闘の末、どうにか桜井集落まで上がって来られましたが、この道を選んだのは失敗だったと思います。
歩いてきた山道を振り返った様子は、2014年撮影のストリートビューの写真とあまり変わっておらず、さも明瞭な道があるように見えますが、ほとんど顧みられなくなったらしい道は、すでに満足には歩けない状況でした。
集落内の道路を少し歩いたところに、桜井神明社があります。ささやかな境内で、少し息を整えていきました。
地形図では桜井神明社に三角点の記号が見られるので、探してみると、鳥居前の参道に埋められていました。
桜井神明社からさらに集落内の道路を上がっていくと、一番奥にあった墓地の先から山道に変わりました。

その山道は、標高が低い間は一貫して明瞭です。今では山仕事の人が時折使う程度でしょうけれど、深く抉れているさまから、かつては日常的に良く歩かれていた道なのではないかと思われます。
とはいえ、あまり歩かれなくなった道には、しばしば荒れた箇所が現れます。溝状に抉れた中は、落ち枝などの散乱で歩きにくいことも多くて、次第に道の両脇にある歩きやすい地面を選んで歩くことが増えていきました。
ここで道が尾根の左右に分かれたので、直感で左を選んでみたら、右のほうが正解だった模様。進むにつれて不明瞭になった左の道から、適当なところで尾根を乗り越して、右斜面に続いていた明瞭な道に復帰しています。
明瞭な道は、ここで尾根筋から外れて右へ向かいます。一旦はそちらに導かれましたが、その先も平坦なまま進みそうな気配が窺えたので、大崩集落へのトラバース道だと判断して、尾根上に続く踏み跡に乗り換えました。
地形図の496m標高点を過ぎたあたりには、珍しく平坦な区間も。しかし楽に歩ける距離は短く、すぐに登りが再開すると、特段の急登ではないのに、荒れた路面の歩きにくさゆえ、足の疲労がどんどん進むのを感じました。
さらに登ると、深く抉れた道はたびたびこんな具合に。こうなるともう、道からは外れて歩くしかありません。

ほどなく、行く手を人工的な斜面に遮られて、踏み跡が不明瞭になりました。そしてその人工物を右から回り込んでみたら、それが失敗だったようで、やがて道が途絶えてしまいます。仕方なく、踏み跡のない斜面を適当に登っていたら、こんな木段が現れて明瞭な道に復帰したのですが、その明瞭な道がどこから来たのかは分かりませんでした(手前で右から回り込んだ人工物は、反対側(左)から回り込めるようには見えなかったのです)。
木段を上がるとそこには林道があって、山道の続きは、左に少し進むとすぐに見つかりました。
  ※下の写真にマウスを乗せると、進路を表示します。
林道から再び山道に入ると、すぐに大きな石碑(何かの供養碑?)を見ます。読めないほどに意匠化された字が書かれていて詳細は不明ですが、頻繁に人が訪れているのか、林道と石碑の間だけは道がすこぶる明瞭でした。
その後は次第に踏み跡が不明瞭に。境界標を目印に進める箇所もありますが、適当に歩くことも多くなります。
最後は踏み跡のほとんどない中を、ひたすら高みを目指す感じで、819mピークまで登ってきました。三角点の場所も分かりづらくて、近くの樹木に巻かれたピンクテープの目印がなかったら、見逃していたかもしれません。
さて、819mピークに着いたらひと息入れるつもりでしたが、地面が荒れていて歩きにくかったり、踏み跡が錯綜する箇所でウロウロしたりしていたからか、珍しく事前の見積もりよりも時間が掛かっていました。しかもこの場所は殺風景で居心地も悪く、長居する気分になりませんでしたし、ここを過ぎるとしばらく平坦な道が続いて楽に歩けることも分かっていたので、写真撮影と水分補給だけしたら、先へ進んでしまうことにしました。

819mピークの先は、緩斜面が続くこともあってか、しばらくは踏み跡が不明瞭な状況が続きます。そこで時々コンパスで方位を確認しながら進んでいると、ほどなくピークを巻いてきたらしい明瞭な道に合わさりました。
明瞭な道は、間もなくヤブに突入します。でも、さほど濃いヤブではなく、足元の道は明瞭でしたし、それほど長い距離でもなかったのが救いで、あまり苦労もせず、嫌気がさす前にヤブから抜けられてホッとしました。
ヤブを抜けた先で、ほぼ平坦な道を進んでいくと、やがて大崩集落から登ってくる一般登山道に合流しました。
そこからは、一般登山道だけに、良く踏まれた歩きやすい道に変わって、要所には道標も立っていました。
しかも、地形図をはじめ各種ガイドブックでは尾根筋を直登するようにコースが書かれているのに対して、実際にはじわじわと登っていくような道が斜面に付けられて、傾斜がかなり緩やかに抑えられていました。
一本調子で変化には乏しいものの、傾斜が穏やかな道だけに、かなり疲れてきた足でも、あまり苦しい思いをせずに歩けています。このあと上部ではやや急な斜面に入り、ジグザグに折り返す道を登って尾根筋に出ました。

尾根に上がると、はじめは緩やかな尾根道が続いていて、間もなく道の脇に埋められた三角点を見ます。
三角点の脇を通過すると、そのすぐ先が「展望台」でした。
「展望台」では、道の両側が少しずつ開けていて、東側には富士山が見られました。
そして西側には南アルプスが(一緒には写せませんでしたが、少し左に動くと間ノ岳まで見えていました)。
  ※下の写真にマウスを乗せると、山名ガイドを表示します。

展望台まで来れば、もう三石山までの距離は短くて、標高差も100mを切っています。しかしここから頂上までの間には、いくつものアップダウンがあって、すんなりとは登らせてもらえませんでした。途中にはロープやクサリが下がる急な斜面もあり、登る分にはそれらを使わなくても済みそうな程度でしたが、疲労の蓄積から急登では足が前に出なくなりつつあったので、使えるものは最大限利用して、腕力にも頼って登ったりしています。
三石山の頂上に到着しました。山梨百名山の標柱を見るのは久しぶりでしたでしょうか。
西側に少し下ったところには、三石明神の社殿があります。
三石明神へ下っていくと、その先には山名の由来となったらしい3つの巨石がありました。
三石明神は、社殿もその周囲も小綺麗になっていて、今でも地元の方々に信仰され手入れされている様子です。
三石山は、山梨百名山の標柱が立つ地点が頂上ではなく、南東側にさらに10mほど登ったところが最高点です。しかしその方向を見るとこの通りで、道のない斜面をヤブを漕いで進むしかなさそうですし、そうして登り詰めても何もない場所らしいので、かなり疲れていたこともあって、今回は最高点に拘らないことにしました。

三石山の頂上を後にしたら、しばらくは来た道を引き返す形です。基本、下りになるとはいえ、この展望台まではアップダウンが何度もあるため、ここが最後の頑張りどころでした。
展望台を過ぎると、ようやく下るだけの道を楽に歩けるようになります。この地点で尾根を外れてジグザグへ。
傾斜が緩やかで登りやすかった道は、下るのも実に快適で、塩之沢からのヤブ道(直進)から登山道(左折)に出たこの地点まで、登りでは45分かかったところを25分であっという間に下ってきました(時間は展望台から)。
そのすぐ先が椿草里への分岐点です。椿草里への道は登る時に横切っていますが、そこそこ明瞭な道でした。

分岐点を過ぎると、あとは深く抉れた道でやや急に下るようになります。落ち葉が厚く溜まったフカフカな感触の道は、あまりにフカフカ過ぎて、足を取られて歩きにくいほどでした。
やや急な下りは短いもので、ほどなく景色が開けると、集落上部にある畑地の脇に出ました。
少しだけ畑の間を歩いたら、すぐに民家と車道が見えてきて、登山道はそこで終わりになります。
車道に出た地点を振り返っています。ここで犬に吠えられる心の準備をしていたのに、この時は静寂でした。
上の写真の地点からわずかに下ると大崩集落の登山口で、ここには何台分かの駐車スペースもありました。

大崩集落から身延駅までは、5km近く車道を歩きます。その往復を避けて、往路は別の道を選んだのでした。
上下に分かれた大崩集落の、下のほうの集落まで下ってきたところです。長い車道歩きの間、景色に変化があったのはここだけで、ここを過ぎると延々と同じような景色ばかりが続く、退屈この上ない道のりでした。
退屈さもさることながら、大崩の下の集落を過ぎても、あまり傾斜が緩みません。車道なので大した傾斜ではないものの、舗装された硬い路面を下る衝撃が結構響いたのか、楽なはずの下りなのに足の疲労が加速しました。
見事に沿道に何もない中をひたすら歩き続け、ようやく景色が変わったのが中部横断自動車道の工事現場です。
建設中の橋を仰ぎ見ながらやり過ごすと、久しぶりに見る民家が現れて、すぐ先で身延の町並みに入りました。
結局この日は、最初から最後まで登山者を全く見ませんでしたし、車道でも車とのすれ違いがなかったので、大崩側から三石山を往復したのは私ひとりだけだったのでしょう(ただし三石山は、バリエーションで思親山などから縦走してくることも可能なので、私のあとにそうして別方面から登頂した人はいたかもしれません)。
大崩の登山口から1時間少々で、身延駅に到着です。少し手前のコンビニで食料を調達したり、駅前の栄昇堂で「みのぶまんじゅう」を購入したりしたので、歩いていた時間はほぼ1時間キッカリだったかと。長い距離を歩きましたし(しかも登りは歩きにくい道でした)、標高差も割と大きかったので、久しぶりに結構疲れました。

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